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第1章 part2 舞い降りる黒鳥

 東の海からの水平線に、ゆっくりとその巨体を現したのは、独裁武装国家アリサウズの誇る魔導戦艦だった。


 分厚い装甲に無数の砲門、空中を滑るように配置された魔導戦闘機。海面を抉る波の音と、低く唸る魔導エンジンの咆哮が、周囲の空気を震わせる。


 艦橋では、アリサウズの士官が双眼鏡越しに西の空を睨み、にやりと笑った。


「これで海上からの戦線は盤石だな。西側の馬鹿どもが正面で戦ってる間に、我らがこの海から神国を制する」


 通信兵が慌ただしく状況を報告する。神国親衛隊と西側連合軍の戦闘開始、西側は劣勢、戦況は神国有利──すべて予定通り。士官は満足げに頷き、指揮棒を握りしめた。


 だが、その瞬間だった。



 一人の若い甲板兵が、ふと空を見上げた。


特に理由はなかった。ただ、妙に胸騒ぎがしたのだ。青空に浮かぶはずのない、黒い点──いや、影が、遠くにひとつ、漂っている。


「……空に何か、」


 その言葉を最後に、信じられない衝撃が戦艦を揺さぶった。


 ドォンッ!


 空から突如舞い降りた、漆黒の機体。


 まるで巨大な猛禽が急降下するかのように、『鴉』が甲板へと激突した。


分厚い装甲も魔力障壁も意味を成さず、甲板は大穴を開け、機体の周囲に魔力の衝撃波が広がる。近くにいた兵士たちは悲鳴すら上げる間もなく吹き飛ばされた。



「て、敵襲──!!」



 アラームが鳴り響く。魔導兵器が急速展開し、砲口が『鴉』を狙う。しかし。


 赤い双眼がゆっくりと光る。鴉は翼も遠距離武器も持たない。武器はただ鋼の拳と両腕、そして常に周囲に満ちる魔力粒子の流れを纏っている。


 砲弾が放たれる。魔力弾が飛ぶ。だが、すべてが届く直前で弾かれ、霧散した。


 ドシュッ


 鴉の拳が振り抜かれる。直接触れていないにもかかわらず、空気を伝う衝撃と圧縮された魔力粒子が、範囲ごと機関砲座を押し潰した。艦橋の一部が吹き飛び、爆発音と黒煙が空へと上がる。


「ば、化け物か……!」


 指揮官の叫びも虚しく、鴉は舞う。甲板を走り、跳躍し、拳を振るい、手刀で装甲を引き裂く。逃げ惑う兵士を、その圧倒的な速さで捕らえ、片腕で握り潰した。魔導アーマー部隊が応戦するも、接触した瞬間に関節を逆折られ、内部から破壊される。



 30分後



 戦艦は血と火に染まり、もはや原型を留めていない。わずかに生き残った兵士たちは海へと身を投げ、狂ったように逃げ出していた。



 “蹂躙”

 


 一体の魔導スーツアーマーによる、一つの艦が潰されたのだ。


 だが、そのとき。周囲に3つの巨大な魔法ポータルが開く。


 絶望、恐怖、その心が満ちた兵士たちは、その光り輝くポータルに希望の光を見たのだ。


 ポータルから現れるのは、アリサウズの最高戦力、魔導戦艦〈アルグロス〉そしてその同型艦が2つ。


「増援だ! 助かったぞ!」


 歓喜の声が響く。


〈アルグロス〉を含めた3艦が無惨にも崩壊寸前の魔導戦艦を見据え、瞬間的に搭載された魔導兵器たちを発進させた。


 その先には血濡れの神国製魔導アーマー『鴉』が紅い眼を光らせていた。甲板に立ち、増え続ける標的たちを見据えている。


「…… なるほど、物量であればこの『鴉』に勝てると」


 アーマースーツを装着した“カゲハ”は薄ら笑いを浮かべる。

 この笑いはあまり見せないカゲハの顔の一つだった。


 この瞬間、上空から再び、ズドンッ ズドンッ と衝撃音が響く。


 その場にいた全員の表情が凍りついた。


 そこに降りてきたのは、1体ではなかった。計8体の『鴉』が、戦艦の甲板、主砲座、司令塔の上へと着地する。



 そして……海上に響く、悲鳴と爆発音。



人々の叫びが、再び始まりその風と波音に呑まれていく。



「……これが、神国の力なのか……」


 艦橋の士官の震える声が聞こえた。


 そして静寂。


 水面に落ちた血の色が、海にゆっくりと広がっていくのだった。





 魔導戦艦〈アルグロス〉艦橋内部


「馬鹿な……こんなちっぽけな奴らに、この戦力で、艦隊が──!」


 最高責任者である総帥グランスは、蒼白な顔で魔導水晶の映像を睨んでいた。


次々と燃え落ちる味方艦。空から降り続ける悪夢のような黒き影。


「何が……何が起きている!」


 砲撃を命じようにも、即座に無効化される。しかも常識が通じない。


鴉は全ての魔導攻撃を無効化し、砲弾も衝撃波すら魔力の揺らぎで掻き消す。


接近すればその肉体で叩き潰され、離れても遠距離魔法など意味を成さない。残されたのは恐怖のみ。



「……こ、この化け物を奪え……!」


 総帥は最後の賭けに出る。艦内の全兵士に、『鴉』捕獲作戦を発令。内部へ誘導し、閉鎖空間で拘束する算段だった。だが、それは叶わなかった。


 ズドンッ──


 轟音とともに艦橋の天井が破壊され、赤い双眸の影が現れる。


「まさか、ここまで来るとは……っ」


 恐怖に引き攣る総帥。その足元へ、黒い塊が降り立った。


 魔導スーツアーマー『鴉』──そして内部には漆黒の髪と瞳を宿した青年カゲハ


 無表情の中の僅かな嘲り。彼は淡々と、目の前の総帥を見下ろす。


「ここまで来たのは、そういう任務だからだ」


 ぼそりと呟くカゲハ。指を軽く振ると、周囲の鴉たちが艦橋を制圧していく。兵士たちは恐怖で武器を投げ捨て、総帥すら膝をついた。


「神国に仇なす者よ、この艦と共に消えろ」


 その瞬間、鴉の拳が振り上げられる。艦橋ごと総帥を包み込み、魔力粒子が凝縮し──


 ズガァァァン!


 艦橋上部が吹き飛び、煙と破片が空へ舞う。



「……くだらないな」


 カゲハは小さく吐き捨てると、『鴉』を跳躍させる。海上に残る最後の戦艦へと飛び移った。


 周囲には、すでに海上の光景とは思えぬ瓦礫と骸の山。


 そして神国軍の魔導アーマー部隊が海を制圧し、武装独立国家アリサウズの艦隊は壊滅した。



 戦闘は、終わったのだ。

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