第4章 part19 打ち明ける4日目
「ねぇ、クロウ」
「えっ」
女王像を仰ぎ見ていたクロウにユイは肩をぽんと叩いた。その顔は、なんだかイタズラを企む子供のように、ニヤッとしていた。
「クロウは…何かないかなー?」
「え、いや」
「私も気になりますねぇ、別にすごいのじゃなくていいんですよ?ちょっとです、ちょっと何かお話してもらえると嬉しいのです」
同じくフェイもニヤッと笑う。
2人はクロウを囲むように、ニヤニヤと近づいてくる。
「そ、そんな話せることあるかなぁ」
クロウは目を逸らし、母を見つめていた。明らかに焦っている様子だった。
「あるでしょー?というより気になるなぁ」
「ヴァルハラ学院に突如として現れた最強の黒髪美女、体術、魔術ともに過去に類を見ない最強の魔女。そんなふうに噂されいるの知っていましたか?そんなクロウさんのお話、私は気になります」
クスクスと笑うフェイはいつもの大人しさは無く、邪悪な笑みを持つ幼女と化していた。
「あ……いや……別に話したく無いとかではなく」
「へぇ〜、嬉しいなぁ〜」
「私もで〜す」
(なんでこんな嬉しそうなんだ、この2人……)
クロウは葛藤していた。
もう、すべてを明かしてもいいのかもしれない。
おそらく、この二人なら受け入れてくれる。
クロウ。それは仮の名前。
狂女王直属部隊《鴉部隊》隊長カゲハ――それが、彼女、いや彼の本当の姿。
任務に就いた当初は、こんな未来など想像もしなかった。
隊長としての自分。兵器としての自分。
そして、女王へと変貌しつつあるという事実。
それらを抱えたまま生きる自分の中に、ユイと共に過ごすうちに「別の何か」が芽生えていた。
兵器でも隊長でもない、自分自身としての何かが。
「わ、私は……」
口を開くクロウの声は震えていた。
ユイもフェイも、ただこの時は真剣に彼女を見つめ返している。
――学院で過ごしたかけがえのない時間。
カゲハにとって、考えもしなかった友達と呼べる存在。
「実は……私は……神国の――」
その瞬間。
カムイの街に、凄まじい魔力の奔流が走った。
「!?」
クロウの全身を緊張が駆け抜ける。
言葉は喉奥へ押し戻され、彼女の意識は即座に外へと切り替わった。
「クロウ?」
「どうしたんです?」
ユイとフェイはまだ気づいていない。
「二人とも、ちょっと待って……」
クロウは低く告げ、意識を研ぎ澄ませる。
街の至る所から魔力が収束し、膨張していくのがわかる。
空気が震え、肌を焼くような圧力が迫ってきた。
「……! 二人とも、伏せろッ!」
その叫びと同時に――
カムイの複数の地点で、凝縮された魔力が一気に弾けた。
ドゴォォォォォォォォンッッ!!!
轟音と共に衝撃波が街を揺さぶり、窓ガラスが次々と砕け散る。
ユイは悲鳴を上げてよろめき、フェイはとっさに机の下へ身を隠した。
「きゃっ!」
瓦礫と煙が辺りを覆い、遠くで人々の悲鳴が重なっていった――。
クロウは咄嗟に権能――《世界の掌握》を発動していた。
それは無意識の行動。
複雑な魔術式を組み上げる暇すらなく、ただ本能のように展開された。
塔の目の前で火柱が噴き上がり、衝撃波と熱風が襲いかかる。
一瞬で焦土と化すその威力を、ドーム状に広がった《世界の掌握》が三人を包み込み、防ぎ切った。
「……っ」
クロウは目を細める。
直径五十メートルはある火柱が、超高密度の魔力をまき散らしながら周囲を吹き飛ばしている。
(これは……クロウの魔術?でも、魔力を感じない……。それなのに、不思議と安心する……)
ユイは爆発の恐怖よりも、《世界の掌握》に守られている安堵感に包まれていた。
やがて爆発は収束し、静寂が戻る。
「……クロウ?」
ユイは街を見渡すクロウの背中を見つめた。
その姿はいつになく頼もしく、力強さに満ちているように思えた。
クロウの視線の先には、吹き飛ばされた塔の一角と、街のあちこちに広がる複数の爆心地。
今まさに都市全域で、同時多発的に破壊が起きているのが分かった。
『ピーッ! 緊急事態を検知しました。ヴァルハラ学院生徒保護システムにより、皆さんを安全な場所へ転送します!』
クラスカードから、結界術担当カオリ教授の声が響いた。
「!」
「クラスカードが……」
キラキラと光るクラスカードはそのカードに刻まれた転送術式を開始した。クラスカードを中心に金色の魔法文字が辺りを包み込み始める。
「ひ…避難できるんだよね…?」
「は、はい…とりあえずこれで安全な場所に……」
安堵するユイとフェイが光るクラスカードを手にした。
が、その時。
バキィッ!
「え?」
クロウが自分のカードを握り潰し、粉々に破壊していた。
「クロウ! なにしてるの!?」
ユイが叫ぶ。これではクロウだけ避難できない。
「ユイ、君は安全な場所へ。フェイ、君はおそらく、魂復魔法での救護に追われるだろう」
「……わかってます。でもクロウ、あなたは……」
フェイの顔は不安で曇っていた。気持ちが事態に追いついていない。
クロウはふっと笑う。
「私は大丈夫。フェイなら、分かってるはずでしょ」
「それは……そうですが……」
「クロウ、ダメだよ! 一緒に避難しなきゃ! いくら貴女が強くても、これは……!」
光り輝くクラスカード、転送術式の光に包まれていくユイが、必死に手を伸ばす。
クロウはそれを制した。
「ユイ、私は大丈夫。“また明日ね”」
そう言って、背を向ける。
「クロウ!」
ユイは叫んだ。
胸の奥で、もう二度と会えない気がしたから。
そして――転送の光に飲み込まれるその刹那。
ユイはクロウの横顔を見た。
今まで見たことのない表情。
少し嬉しそうに、だがそれは“狂気”にも映る。
まるで――獲物を見つけた狩人のような、鋭くも
歓喜に満ちた顔だった。
「……ミランダ、レイ」
街のあちこちで黒煙が立ち上る光景を見下ろしながら、クロウは低く呼びかけた。
「はーい、隊長」
「……あいあーい」
返答とともに姿が現れる。
ミランダは女王像の影から、レイはクロウの横手から――ジジジッ、と空気を焼くような音を立て、透明から実体へと変じた。
「……気づかなかったな。ずっとそこにいたのか」
クロウは二人を一瞥し、すぐに視線を爆心地へ戻す。探知の術式を展開し、街全域に意識を広げていた。
「爆発の直後くらいから、ですかねぇ」
(――本当は最初から見てたけど)
ミランダは髪を指でくるくると弄びながら、あえて軽い調子で答える。
「私は最初からいたよー」
レイは唇を吊り上げ、からかうように言った。
「だってさ、お転婆な女学生たちが塔の上に登ってくるんだもん。びっくりしたよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべてクロウを覗き込む。
だが――クロウの顔は無表情に戻り、探知に全神経を傾けていた。
からかいなど、まるで存在しないかのように
「……完了した」
クロウの掌から展開された魔術陣が、淡い青白い光を放ちながら空間に浮かぶ。
そこには立体映像のように街の地図が投影され、赤黒い炎痕が三つ、脈動するように光っていた。まるで爆心地そのものが呻き声をあげているかのように。
「まずはミランダ。お前はここの爆心地に行け。現場の解析を頼む」
指先で北方を示すと、映像には建物の影が根こそぎ吹き飛び、地面すら抉れた凄惨な跡地が映し出される。
「……あちゃー。これは見事に焼け野原ですねぇ。了解、隊長」
ミランダは口元を歪め、楽しげとも不謹慎とも取れる笑みを浮かべた。だかその眼だけは、戦いに飢えるように鋭く光っていた。
「レイ。お前はすぐそこだ」
クロウはホログラムではなく、真下を指差す。塔の基部。先ほど三人を巻き込んだ爆発の爆心地のすぐ傍、ヴァルハラ学院の正門付近である。
「了解!」
レイは返事と同時に身体を震わせ、ジジジと空気が裂けるような音を響かせながら輪郭を霞ませていく。
「そして――私はここに行く」
最後に浮かんだ映像は、ドーム型の巨大建造物。黒煙に呑まれ、光景のすべてが焼き尽くされている。瓦礫の間に赤熱した魔力が揺らめき、まるで未だ心臓の鼓動のように不気味な脈を刻んでいた。
「データは魔導機に送信済みだ。だが気を抜くな。先ほどの爆発は、“黒衣”でも防ぎきれぬほどの濃度を持っていた。兆候を感じたら――即座に離脱しろ」
クロウの声は冷徹だった。しかし、言葉の裏には部下たちへの絶対的な信頼がにじむ。
「ふふっ……今の隊長ってさ、クロウ? それともカゲハ隊長?」
ミランダが唇を歪め、挑発めいた笑みを向ける。
「ミランダ、今それはいいでしょ」
レイが横から窘める。
クロウは二人を一瞥した。氷のように無表情な眼差し。
「……私は、何者でもない。今は“奴”の命令で動く兵士だ」
「!」
「!」
二人は一瞬息を呑む。けれど次の瞬間、どこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「「了解、隊長!」」
二人の声が重なり響く。
クロウ、ミランダ、そしてレイ。三人はためらいなく塔から飛び降りた。
クロウとミランダは途中で壁を蹴り、弾丸のように目標へと軌道を変える。その動きは獲物を狩る猛禽のごとく鋭い。
一方レイの姿は、ジジジと空間に溶ける音とともに消え失せ、虚空へと溶けていった。




