第4章 part8 帰還の2日目
――そこにあったのは、カフェのテーブルを囲む五人。体に傷一つない、いつもの姿。
「さすが。これが精神と魂を転移するシステム……これ自体が“魔法対局”という魂転移魔法術式か」
クロウは仮想空間の完成度と、そこで得た確かな実感に思わず感嘆した。
「クロウ! 大丈夫!?」
駆け寄るユイ。その瞳には、ずっと戦いを見守っていた不安の色がまだ残っていた。
「ユイ、大丈夫だよ。ほら、仮に瀕死になっても、あの通り」
クロウは苦笑するハーミットを指差した。
バツの悪そうに頭を掻くハーミット。その姿に、ユイもようやく笑顔を取り戻したのだった。
勝負の余韻を残したまま、仮想空間が消え、現実の学院のホールへと戻ってきた5人。
どこか疲労と安堵が混ざる空気の中、突然、背後からパチパチと軽快な拍手の音が響き渡った。
しかし、それは勝者を称える賛美の拍手ではない。
妙に揃ったその音に、全員の視線が自然と音の方へと向けられる。
そこにいたのは、今しがた仮想戦闘を観戦していた他の生徒たち――ではなかった。
彼らをかき分け、悠然と前に進み出たのは、学院長と4つの教科を担当する教師陣たちだった。
「4人とも、お疲れ様でした」
学院長は、微笑を浮かべたまま静かに声をかける。
その柔らかな口調とは裏腹に、何か含みを持った気配を感じ取り、ユイは小さく身を固くする。
「それではこんな所で立ち話もなんですから、移動でもしましょう」
学院長はゆっくりと片手を掲げると、パンッ!とひときわ大きな音で手を打ち鳴らした。
すると、5人の足元に淡い光の輪が浮かび上がり、複雑な紋様の魔法陣が即座に形成される。
「!」
光が一気に彼らを包み込んだかと思うと、視界が白く弾ける。
次に意識が戻った時には、そこはつい数時間前に入学式を行った学院のホールだった。
まるで何事もなかったかのように静かな空間に、5人は再び揃って立たされていた。
「学院長、これには理由が――」
ユイが慌てて事情を説明しようと一歩前に出る。
しかし、その言葉を学院長はひらりと手を挙げて制し、微笑のまま彼女を静止した。
「別にこの件を咎めようとは思っていませんよ。ただ一つだけ、お叱りをする部分があるとすれば……そう、ビクトリア嬢。あなたは、相手を見誤りましたね」
その指摘に、ビクトリアははっとした表情を浮かべ、すぐに目を伏せて静かに頭を下げた。
「はい……申し訳ありません」
言葉は短くとも、その悔しさと反省はありありと表情に滲んでいた。
その様子を、付与魔術の担当教師・ダレントンが煙草をふかしながら肩をすくめ、にやりと口角を上げる。
「いやぁ、初日に魔対か。血の気が多いんだか、バカなのかわからんねぇ」
その無遠慮な言葉に、学院長はピシャリと鋭い視線を向けた。
「ダレントン。今日は希望に胸を膨らませて入学した生徒たちです。言葉を慎みなさい」
「へいへい」
ダレントンは煙草を咥えたまま、悪びれもせず肩を竦めた。
その隣で、今度は筋骨隆々の男が片手を挙げる。魂復魔法クラスの担当教師、グリットだった。
「どうぞ、グリット先生」
学院長が促すと、グリットは眩しいほどの笑顔を浮かべ、がっしりとした体を揺らしながら語り始めた。
「ですがね、学院長。この魔対によって、もう上級生はもちろん、新入生たちの耳にも広まっていることでしょう。“今年の新入生はヤバいぞ”と!これは我々教師陣にとっては実に願ったり叶ったりなわけでして!」
歯を見せて笑うグリット。その瞳は少年のように輝いており、純粋に生徒たちの実力を喜んでいるのがわかった。
「特に、フェイ・ベリアブル!君の魂復魔法の才は本物だ。このヴァルハラで、いや神国でさえ、君以上の素材はなかなかいない。おそらく君が、神国へ最も近い人間と言っても過言じゃない!」
突然の賛辞に、フェイは目をぱちぱちと瞬きさせた後、照れ笑いを浮かべ、頬を赤らめた。
「えへへ〜、嬉しいですねぇ」
とんでもない称賛にも、どこか飄々とした口調で返すフェイの姿に、ユイも少しだけ肩の力を抜いた。
だが、その場にいたクロウは一人冷静だった。
この状況、これだけ自分たちの力を見せつけて、ただの労いで済むはずがない。
視線を学院長と教師陣に巡らせると、鋭く問いかけた。
「で、それを言うために私たちを呼んだわけじゃないのでしょう?」
その冷徹な目に、学院長はふふっと唇を歪め、愉しげに微笑む。
「クロウ、あなたは本当に疑い深いわね。でもそれも、悪くないわ。今回はただ、優秀な生徒を歓迎するって、それだけを伝えたかったの」
どこか芝居がかった微笑を浮かべ、学院長は肩をすくめる。
だが、その隣で不機嫌そうに唇を尖らせる女性教師の姿があった。クロウをきつい眼差しで睨んでいた。
五大元素魔法担当のレイムスだった。
「貴女のせいで!こっちは予定が狂ったの!」
その怒りの声に、場が少しざわつく。
「しょうがないって言えば、しょうがないんだけどねぇ」
そう言ったのは、若い女性教師。
結界術担当のカオリだった。どこか複雑な表情で、肩をすくめながらも、レイムスの言葉に頷く。
「学院にとっては、いいことなのよ、レイムス。それに昨今の貴女達の負担を今年は皆んなで均等に分け合えるじゃない?」
学院長が諭すように微笑むと、レイムスは渋々といった様子で腕を組んだ。
「それはそうですが……」
どうにも納得はできていない様子だった。
カオリもまた、困ったように笑ってみせる。
「それも〜、そうなんですけどぉ〜」
そして、それまで黙っていたクロウが、話の進まない様子に苛立ちを見せる。
「……負担?」
訝しげに尋ねると、学院長はようやく本題に入るとばかりに頷いた。
「そうなの。クロウ、ビクトリア、あなたたちが使っていた“付与魔術”、そしてフェイが使用していた“魂復魔法”――これは私たちの学院の中で、無くてはならない二大魔法なのよ」
学院長が軽く手を振ると、ホールの壁にふわりと光が集まり、空中に浮かぶ巨大なグラフが映し出された。光を自在に操る魔法だ。
「しかしね、ここ数年この教科は不人気教科の代名詞。生徒数は激減していたの」
グラフには五大元素魔法と結界魔法の割合がほとんどを占め、付与魔術と魂復魔法はごく僅か。まるで肩身の狭い存在だった。
「まあ、分かりやすいからね。魔法属性の極致を目指せる五大元素と、実用性抜群の結界術。そして……付与魔術は複雑理論に膨大な術式、魂復魔法は才能と莫大な魔力が必要。それにこんなムキムキ男の授業だ。生徒の心を掴めるはずもない」
悔しそうにグリットが鼻をすすり、目を潤ませる。
「……決めるのは生徒だ。実用であろうと、人気であろうとな。結局は、多数の流れに逆らえないのが幼い学生ってもんだ」
ダレントンは煙草をふかしながら肩を竦めた。
その煙草に目を留めたビクトリアが、ふと口にする。
「すごい……タバコに付与魔術をかけてる」
その言葉に、ダレントンはふっと口元を緩めた。
「なに、ただの味付けだよ」
そう言いながら吸い込む煙草の先が青、緑、黄色とカラフルに煌めく。ビクトリアは目を見張る。
「実用性なんて使う人間次第だ。今のは東大陸の極一部でしか採れないブレンドを、成分分析して付与したもんだ。結界術じゃ味付けはできん」
「……ダレントン、うるさい」
カオリはじとりと睨みつける。その様子に、ユイは思った。
(この2人、絶対仲悪い)
そう確信するのだった。
「そこでこの“魔対”──クロウ、フェイ、ビクトリア。貴女たちの戦い、本当に素晴らしかったわ」
学院長の声が場の静寂を破るように響いた。その顔には満足げな微笑みが浮かんでいる。
その言葉を聞いた瞬間、ハーミットは思わず眉をひそめた。だが、口には出さず、心の中で「俺は?」と小さく呟くだけに留めた。
彼の胸中に去来するのは、戦いに挑み力を尽くした者としてのわずかな承認欲求だったが、学院長の視線はあくまで三人の少女にのみ向けられている。
「血湧き肉躍る──まさに“私たちの時代”の魔対が、そこに蘇ったようだったわ」
そう言った学院長の目はどこか遠い過去を懐かしむように細められ、その口調には熱のこもった興奮すら感じさせた。
「……院長」
冷静な声が場を切り裂く。レイムスだ。彼女は学院長の言葉にわずかな棘を感じたのか、その双眸を鋭く細め、まるで釘を刺すような視線を向ける。
「ああ、ごめんなさいね、レイムス」
学院長は悪びれる様子もなく肩を竦め、軽く手を振ると、次の話題に移った。
「それでね。今回の魔対で、付与魔術と魂復魔法。この二つの魔法体系の有用性が、これ以上ないほど証明されたのよ」
手元の魔法術式に軽く指を走らせると、宙に映像が浮かび上がる。
そこには、激闘の最中、クロウに対して発動された魂復魔法の鮮やかな光と、それを受けて再び立ち上がるクロウの姿が映し出される。
そして続けざまに、ハーミットの身体に付与された強化魔法のエフェクトが、青白く身を包む様子が映る。
筋力が倍増し、速度も瞬時に上がったハーミットが戦場を駆け抜けるその姿は、観る者の目を惹きつけた。
「さらにね。この魔対が終わった直後、学院の記録には付与魔術と魂復魔法のクラスへの変更届けが大量に提出されたの」
学院長の指示で映像はグラフに切り替わる。
そこには、クラス別の生徒数の推移が可視化されていた。これまで五大元素魔術に偏っていた受講生徒の割合が、今回の一件を機に劇的に変動し、付与魔術と魂復魔法へと一気に移行した様子がはっきりと記されている。
「ご覧なさい。最終的には全ての魔法体系の受講人数がほぼ均一になったわ。ほんの少しだけ付与魔術が多いくらいね」
グラフの棒は高低差をなくし、平坦なラインを描いている。
それを見つめる学院長は、満足そうに息をついた。
「これはね、今まで誰ひとりとして成し得なかった偉業よ。私はあなたたちの働きを心から礼讃し、評価します」
そう言いながら、学院長は柔らかな笑みを浮かべ、クロウ、フェイ、ビクトリアの三人に向けて手を差し出した。
「さあ、前にいらっしゃい。そしてあなたたちのクラスカードを出して」
クロウとフェイ、そしてビクトリアはそれぞれ制服の内ポケットから光沢のあるクラスカードを取り出し、一歩前に進み出る。
「あら、クロウは二枚なのね。付与魔術と魂復魔法……ふふ、優秀なあなたなら二つ受講しているのも納得だわ」
学院長は三枚のカードを横並びに浮かべると、魔術の光で一筋の線を引いた。
「これは合格ラインと呼ばれるものよ。本来なら一年間のクラス受講を完了した生徒に与えられる評価だけれど、あなたたちは既にその資格があると判断します」
「けれど、今回は貴女には一本だけ。優秀な貴女ならすぐ4本集められるわ」
そういうと、学院長はクロウのカードのうち付与魔術の方にだけ線を引いた。
「さあ、皆さん。今日は特別な一日だったわね。また明日からもよろしく頼むわ」
そう言うと、学院長は軽やかに両手を広げ、転送の術式を発動するために手を叩こうとした、そのとき。
「あ、あの!」
突然、ユイが声を上げた。その声に場の空気が止まる。
「あら、ユイ・津秋さん。今回の発端でもある貴女にもあげたいのだけど、ごめんなさい──今回はあげることはできないわよ?」
学院長は困惑しながらも、穏やかな声でたしなめるように言う。
「い、いえ!それは全然いいんです!欲しくて言ったわけじゃなくて!」
ユイは慌てて手を振り、必死に否定する。学院長は不思議そうに首を傾げた。
「では、どういうことかしら?」
「さっき、クラスを変えた生徒達がいたって言ってましたよね?」
「ええ、受講クラスは一度だけ変更が可能よ。今ここで希望する?」
ユイはコクンと頷くと、制服の胸元からカードケースを取り出し、中から四枚のクラスカードを取り出した。
その手元には、付与魔術、魂復魔法、五大元素、結界魔術の全てのカードが揃っていた。
「あの…これ……減らせたりしますか?」
淡い光を放つ四色のカードが宙に浮かび、光の粒がゆらゆらと揺れる。その光景に学院長は一瞬言葉を失い、硬直した。
「お……」
学院長の口から曖昧な声が漏れる。それに呼応するように、周囲も気まずい沈黙に包まれる。
「お……開きで」
絞り出すように学院長がそう告げた。
「え?」
ユイが間の抜けた声を上げた瞬間、学院長がパンと手を叩いた。途端に五人の身体が白い光に包まれ、転送の術式に呑み込まれていく。
気がつけば、そこは学院の中庭に併設された学生カフェ。
先ほどまで騒然としていた空間はすでに平穏を取り戻し、生徒たちも思い思いの時間を過ごしていた。
転送された五人のうち、誰もが言葉を発せずにその場に立ち尽くしていた。
ユイの手元では、四色のクラスカードが太陽の光に照らされ、キラキラと乱反射している。そのきらめきは美しいのに、どこか空しくも見えた。
「……。」
4人は、地面にキラキラと乱反射するその光を、何となくら見つめていた。そしてなんて声をかけて良いのか、わからなくもなっていた。
最初に気遣いの声をかけてくれたクロウも、助けてくれたフェイも、この件でやっかみをかけこの出来事のきっかけとなったビクトリアでさえ、今は気まずそうに視線を逸らし、沈黙を守るばかりだった。
ユイはただ、そっとカードを手で包み込んだ。
何も考えないように、遠くを見つめて思った。
(どうしようか…)




