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第3章 part0 私

 ○○月○○日 ユーガ国


 砂と塵を含んだ風が、鉄格子の隙間からひゅうひゅうと鳴りながら吹き込み、薄汚れた部屋の中を舞い上げている。


 誰もそれに文句を言う者はいない。生きるための気力も、怒るための感情も、とうに削り取られていた。


 ここはユーガ国南東、廃墟と化した古びた宗教施設。すでに軍や国家の手も及ばぬ無法の地だ。


 誘拐されたのは総勢三百二十七名。あの旅客機──カゲハたち鴉部隊が砂漠のど真ん中で発見した残骸の、乗客たちのうちの生き残り。


 もはや救出の望みは薄く、生かして何をするのかすら分からない。ただ生と死の境を曖昧にしたまま、囚われ、数日おきに数十名ずつ名前を呼ばれて連れ去られていく。戻ってきた者など、一人もいなかった。


 昼は焼けるような熱気、夜は凍えるような寒気。湿気のない空気は喉を裂き、わずかな水を奪い、食糧もろくに与えられず、既に十数人が餓死した。


 それでも、人間は不思議なもので、どこかで誰かが声を上げると、それを聞く耳を残しているらしい。


「……月が綺麗ね」


 誰もが黙りこくる鉄錆の檻の中で、ひとりの女が静かに天を仰いだ。


 砂塵の向こう、満月が冷たく青白く光り、まるで異世界のもののようだった。


「あのね、皆」


 彼女の声は、ささやくように柔らかく、それでいて奇妙に力強い。


 まるでこの世の絶望を肯定するかのような慈しみを帯び、監禁されて一ヶ月余り、死すら身近になった者たちの耳にすっと染み渡る。


 月明かりに照らされたその顔は、若くも年老いてもいない。誰も名前を知らず、どこから来たのかも知らぬ。だが、ひと目見ただけで誰もが『母』を思い出す。そんな、不思議な存在感をまとっていた。


「お話でもしましょうよ。……だって、ここに来てまだ、一ヶ月と三日しか経ってないもの」


 その言葉に、乾いた喉を鳴らし、顔を上げる者が数名いた。


 誰も声を発しない。けれど、誰もがその女の言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける。


「こんなところだから、面白いニュースも噂話もないでしょう?だからね、私、みんなにちょっとだけ秘密を教えてあげる」


 女は小さく微笑む。どこか哀しげに、それでも嬉しそうに。


「私、実はね──女王なの」


 瞬間、重く沈んでいた空気が、かすかに震えた。


 誰もが目を見開くわけでもない。声を上げる者もいない。だが、確かにそこにいた全員の意識が、その言葉で現実へと引き戻された。


 女王。

 それは、世界の脅威に対抗する唯一の存在。選ばれし血統、魂の器を持つ者。


 こんな地獄のような監禁部屋の中で、そんな存在がいるなど常識では考えられない。


 だが、誰も否定しない。不思議と、その言葉に嘘はないと感じていた。


 ──まるで、彼女の纏う空気そのものが“女王の因子”の気配を含んでいるように。


 そして、誰もが知らなかった。

 その女の存在が、後にカゲハたちの運命と交差し、神国の地で再び“災厄”を引き寄せることを。


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