第3章 part8 女王の蹂躙
カゲハは、“女王”となったおかげで自身の探知の能力が数多の世界の座標特定という形で能力の底上げがされていた。
「……よく頑張ったじゃないか」
その滅ぼした次元の数に少なからず感心するものの、それをこれから無に返すという偉業にいささか高揚していた。
そして、始まる最終決戦。
このカゲハがいる空間は、レ=イリスが最も好みとする空間であり、次元を移動するのに最適な虚数空間でもあった。
他の次元へ侵食する際、元の次元の存在は異物扱いされる。
それゆえに現地の生物を媒介に、魂と世界の座標を合わせる必要があった。
座標が揃う事で元次元からの力の供給が可能となり、その勢力を広げる事ができる。
逆に言うと、別次元から来る侵略者に対して、無限に広がる別世界の座標を特定できない限りその奔流は止める事ができない。
まさに“無限の軍勢”への対抗策は、最初に手を打つしか方法が無いのだ。
既に飢餓神レ=イリスはこの世界への座標を特定し、長きに渡りその軍勢が流れ出る入り口を死光体を通して広げていた。
そして手に入れた世界でも至高の魂と肉体。女王候補だった大四季 真里。
それをカゲハ達に阻止される形となるが、逆に女王という因子と絶大な魔力を持つカゲハを手に入れる事で、侵略が100年早まったと言ったもよかった。
そして今
その肉体と魂は、女王と成ったカゲハに粉々にされ、さらに次元の座標の中心点とも言える世界へ“彼女”を招いてしまった。
全て座標が集まるこの世界で、世界の掌握という空間掌握の能力は飢餓神レ=イリスにとっての最悪のシナリオであった。
この“異物”を排除する。
数十体の聖獣ウル=ティマ
数百人の飢餓神レ=イリス
次元から次元へ移り変わり、勢力を伸ばしてきた彼らに“女王”が立ちはだかったのだ。
「私は、狂女王直属部隊“鴉”、部隊長カゲハ……対象を殲滅する」
カゲハは目の前の軍勢を睨みつけた。
「!?」
ギギギギギ!ズパアアン!
数人のレ=イリスが急に一つの塊になり、爆散する。
「まだ力の入れ具合が慣れないな……」
まるで力を手に入れたばかりの幼児にように、カゲハによる能力行使は不安定であった。
だが、それも戦闘経験値が高いカゲハにとっては取るに足らない問題である。
「ギギギギギ!ギギギギギ!」
蟲達による怒りの叫びにより、レ=イリスの軍勢達による光の一斉射が始まった。
あの閃光の攻撃が、波の様に押し寄せる。おそらくこの一撃は、一つの国などあっという間に滅ぼせるほど猛攻だ。
カゲハの目の前を覆う光、辺り一面が全てを飲み込んでいく。
が、それはカゲハの前で静止した。
まるで、光がその場に“固定”されてしまったかのように、動かない。
そんな固定された光の波を手で撫でながらカゲハはレ=イリスの軍勢に歩きながら近づいていく。
「ずっと考えてた……」
聖獣ウル=ティマは剣を抜き、次々にカゲハへ切り掛かる。
「なぜお前達は“光”の魔法を使えているのか」
その剣はカゲハに当たらない。その剣筋はそのまま互いの体を両断していた。
次は巨弓の神獣達が遠方よりカゲハを狙う。
「神に近づけば“聖”の力を得るのか。それとも次元を超える力が、光の魔力による作用なのか」
放たれた光の矢は、向けられた方向から急旋回し射った神獣へ刺さる。
尚もカゲハはカツン、カツンと音を立てながらレ=イリスが居る方向へ歩み寄っていく。
「世界を逸脱する……それが“聖の魔力”の正体だ」
カゲハの手から火花の様に散る聖属性の魔力が生み出される。
「グガアア!!!」
魔獣のような叫び声をあげ、別の世界で乗っ取ったであろう肉体を駆り、飢餓神レ=イリスの猛攻が始まった。
パチンッ
と、カゲハは指を鳴らす。すると先程止めた光の波が方向を変えレ=イリスの集団へ返ってくる。
閃光に包まれる数十のレ=イリス。
光の荒波に飲み込まれ、四肢がその衝撃で爆散していく。
「……では、逸脱とは何か」
カゲハは“世界の掌握”による力で宙を舞った。
カゲハを取り巻く次元の裂け目からは常に光の矢が放たれているが、既にこの次元を掌握し始めているカゲハには一切当たらなかった。
「逸脱とは、世界と世界がすれ違う事で生まれる高質量の魔力であり、それは世界を生み出す力を内包する力の事である」
なぜカゲハは戦闘を続けながら言葉による説明を続けているのか。
それは“女王”になる事で発生したカゲハの解析能力がより上位に昇華した影響でもあった。
「そして、生み出す“聖”の力があればその逆もある」
カゲハは上空300メートルほどまで上昇。そして静止した。
次元の侵略者達は、あらゆる方向からそれを追い、滅ぼさんと力を溜める。
「全てを無に帰す無限の世界、私はそれを虚無領域と呼ぶ事にした」
上空で静止するカゲハの頭上に、黒い“穴”が開いた。
その瞬間、この世界にいる光の属性を持った飢餓神レ=イリス、眷属、死光体、神獣ウル=ティマですら恐怖の感情を覚えた。
「くっくっくっ……我ながら恐ろしさを感じるよ……座標を特定、空間の支配と操作を実行する“世界の掌握”にこんな使い方をさせてしまうなんて」
虚無の黒穴はどんどん広がっていく。
直径500メートル、空を覆い尽くすほどの大穴が漆黒の月の様に浮かんでいた。
既にそれはこの世界の全てを飲み込もうと大気を吸い出している。カゲハの長い漆黒の髪がバタバタと揺れている。
「“世界の掌握”による高質量の虚無領域。“私”は試さずにはいられない」
カゲハの手の上には、超質量に練り込まれた術式プログラムが球になり浮いていた。
カゲハは、イタズラを思いついた子供の様な顔で、それを虚無領域の穴へ放り投げた。吸い込まれていく術式、それに刻まれたのは《消滅の宣告》対象は“光”
虚無領域の発動と共に、宣告された“光”が《ホライゾン》へ強制徴収される。
虚無領域がその闇を広げ、漆黒の穴が空を裂くように口を開いた。
そこからは空気すら吸い込まれ、空間が軋む音が響き渡る。まるでこの空間の法則そのものが引きずり込まれていくかのようだった。
「宣告——発動」
カゲハの放った術式が虚無の中心で光を放ち、次の瞬間、周囲にいる全ての“光”の属性を持つ存在、レ=イリスの軍勢、死光体、神獣ウル=ティマ、ありとあらゆる“光”の名を冠する力が虚無へと強制徴収されていく。
「ギギギギィィイイイイイイイ!!」
悲鳴とも怒号ともつかない、蟲たちの断末魔の声が虚無の闇へと吸われ、そのまま存在ごと消滅していく。
光の矢を放っていた裂け目も次々と引き寄せられ、まるで布を裂かれるかのように消え去る。
その光景は、侵略してきた103個の次元すべての軍勢が一瞬で引きずり出され、飲み込まれていく様だった。カゲハは掌握した座標ごと、彼らの存在座標を縛り、逃げ場を完全に奪っていたのだ。
「……終わりだ、レ=イリス」
空間に残された最後の飢餓神レ=イリスたちも、恐怖に歪んだ顔を浮かべ、虚無領域の重力に引きずられていく。
「ギ、ギギィ……ギィィィイイイイ!!」
断末魔の叫びすら掻き消され、最後の塊が漆黒の穴の中へと消えた。その瞬間、虚無領域が収縮を始め、世界の座標が歪む。
だが。
「……っ!」
カゲハの女王の肉体に、ピキリと小さな亀裂が入った。髪の先が崩れ、肌が灰のように剥がれ落ちていく。
「チッ……やはり、負荷が……」
103個の次元の座標を掌握し、空間ごと圧殺するという暴挙。
その反動は、いかに“女王”の肉体といえど耐えられるものではなかった。
既に肉体は構造崩壊を始め、血のような黒い魔力が口端から垂れる。
(このままじゃ、この“私”もろとも…)
カゲハは静かに目を閉じ、意識の全てを集中させた。どうしても、元の次元へと帰還する必要があったのだ。
(……これは、一種の賭けだな)
掌握の力をさらに研ぎ澄まし、残滓として漂うレ=イリスの痕跡を丹念に辿っていく。
その微細な座標の繋がりを頼りに、ようやく元の次元を特定することができた。だが、そこで一つの重大な問題に直面する。
カゲハ自身の肉体と魂の“オリジナル”は、すでに自身の手によって破壊されてしまっていた。
今ここに存在するのは、レ=イリスの空間で“女王”として再構築された、異なる次元に属するカゲハの肉体と魂。
そのため、元の世界に戻ったとしても、それを「カゲハ」として認識してもらえる可能性は限りなく低かった。
もし世界がそれを“カゲハではない異物”と判断すれば、存在そのものが弾かれ、消滅するか、あるいは異物として永遠にダンジョングランドの領域に囚われ、魔獣としての末路を辿ることになるかもしれない。
それでも、やらねばならなかった。
もはや掌握した力も限界に達し、これ以上の滞在は肉体も魂も耐えられない。
帰還しなければ、確実に存在が消えてしまうだろう。
カゲハは深く息を吐き、決意を胸に秘めたまま、空間を強引にこじ開けて元次元への扉を開いた。
(……このまま行けば、意識はおそらく持たない)
帰還を果たしたその瞬間、女王化した肉体と魂は座標の差異による過負荷で意識を失い、昏倒するのは間違いない。
それでも、彼女を待つ者たちがいる。その思いだけが、カゲハを突き動かしていた。
鴉部隊はすでに帰投し、今ここに自分を助けてくれる者はいない。
もしこのダンジョングランドの領域内に放置されれば、待つのは死か、存在の抹消か、あるいは異形のまま永遠の囚われの身となる運命。
だが、選択肢などない。
カゲハは決死の思いを胸に、次元の狭間へとその身を投じた。




