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第3章part3 狂信者

 静寂の砂漠。その広大な荒野には、命の気配など微塵もなく、ただサラサラと細かな砂粒が、吹き抜ける。


 砂の下には、かつて魔導戦争時代に投入され、その役目を終えた数々の魔導兵器の残骸が、今も朽ち果てることなく静かに埋もれている。


 その存在は、人々の記憶からは消え去り、今ではこの砂漠そのものが、異形の土地と恐れられるだけの場と化していた。


 そして今、この静寂を破ることなく、密やかに接近するのは、鴉部隊が運用する隠密用の大型魔導ヘリ。


 通常であれば、その巨体が発するはずの振動や音、回転するローターの風圧すら、この機体には存在しない。


 音もなく宙を滑るそれは、外装に施された光化学迷彩の魔術と、気配遮断の術式によって、その存在を完全に隠し、空と砂漠の境目にすら溶け込んでいた。


「さて……」


 機内の薄暗いキャビンで、カゲハが静かに声を発する。


 その声音は冷静かつ淡々としており、同乗する鴉部隊の精鋭9名の隊員たちは、その声に反応して一斉に視線を向けた。


 次の瞬間、カゲハの指先が軽く振るわれ、空中に魔法式が展開される。


 それは淡い青白い光を放ちながら、宙に巨大なホログラムを映し出した。


「今向かっている所は、先ほどの魔導旅客機の墜落地点よりさらに北へ300キロ。ユーガ国北部の砂漠地帯、その奥に位置する“ヘルロクス”と呼ばれる区域だ」


 ホログラムには、地図上の砂漠が立体表示され、そこに“ヘルロクス”と刻まれた赤いポイントが浮かび上がる。


 しかしその場所の周囲には、地図データが存在せず、まるで深淵のようにぽっかりと穴が空いたような表示になっていた。


「ある程度ユーガ国の事は調べましたが……そんな場所、聞いた事ありませんね」


 フリントが眉をひそめ、ホログラムに目を凝らしながら呟いた。彼の口調には困惑と警戒が滲んでいる。


「そうだろうな。普通の記録には残らん。おそらくここは、“ダンジョン・グラウンド”になっている」


 カゲハは淡々と告げる。その言葉に、隊員たちの顔つきが一変した。


「また厄介な場所に逃げ込んでるんですね……」


 ミランダが呟き、ホログラムの地図を操作して立体化を試みる。


 しかし、その場所だけが黒く塗りつぶされ、情報が遮断されていた。


【ダンジョン・グラウンド】


 それは本来、閉ざされた異空間である“ダンジョン”が、長い年月の中で地上へと溢れ出し、異常な生態系と魔力環境を形成した地域の総称である。


 通常の土地とは異なり、魔力の流れが錯乱し、常識が通じぬ領域。


 もしこの現象を止めるには、ダンジョンの最奥に鎮座する支配魔獣を討ち、その根源を断つしか方法はない。


 だが放置されれば、ダンジョンは果てしなくその領域を広げ、やがて国すら呑み込む災厄と化す。


「まあ待て。今、探知結果をインストールする」


 カゲハはこめかみに指を当て、瞬時に周辺探知によって得た最新情報を、魔法通信によりヘリ内のホログラムへと反映させる。淡い光が瞬くと、そこに現れたのは、荒れ果てた砂漠の中にひっそりと佇む、巨大な古びた建造物だった。


「これは……教会?」


 ミランダが思わず声を上げる。その眼には驚愕が宿っていた。


 彼女のみならず、他の隊員たちも目を細め、ホログラムの中に浮かび上がる巨大建築に視線を注ぐ。


「おそらく、な」


 カゲハは頷き、続けた。


「そこで、レイに事前にこの情報を送って調べさせた。古文書と過去の記録を漁らせてな」


 通信越しに声が響く。『なかなか骨が折れましたぁ……なんせこの建物、見た目はただの古い教会なんだけど、年代を調べたら800年前に滅びた信仰施設だったのよ』


 続けて、ハシボソが自身の視界に映したホログラムを重ね合わせ、さらに情報を展開する。


『組織名:ウル=ライト。1000年以上前に立ち上げられた聖の信仰組織。元々は魔王を討った勇者を崇める団体だったが、時代が進むにつれ、聖なる属性を得ようとした信者たちの一部が狂信に走り、多くの魔法使いたちを【聖獣】と称して生贄に捧げた記録がある』


「思ったんですけど……」


 ミランダが口元に手を添え、慎重に言葉を選ぶ。


「これ、どう考えても罠ですよね?」


 誰もがその考えに至っていた。カゲハは薄く笑みを浮かべる。


「まあ、順当に考えたらそうだな」


『おそらくだけど、女王の側近であるお前らを餌にして、女王本人をここに呼び寄せるつもりだったんだと思うよ』


 レイも同意の声を返す。その声には、幾分か苛立ちも混じっていた。


「この世界の人間じゃ、狂女王を含めた五人の女王を殺すのは難しい。だが、神話級の聖獣なら、それができると考えたんだろう」


 拳を握りしめるフリント。その目には怒りと憤りが浮かんでいた。魔法使いを生贄とする行為が、どれほどの非道か、彼には痛いほど分かっている。


(まあ、実際には無理だがな)


 カゲハは心の中で呟く。彼は知っている。たとえ神話級の存在であろうと、五人の女王たちを討ち滅ぼすことは叶わないことを。


 だが、その事実を今ここで口にすることはしなかった。


 そして――


 魔導ヘリは、ヘルロクスと呼ばれるダンジョン・グラウンドの上空に、静かに到達した。


 そこには、古代の遺構と化した教会が、砂に埋もれながらも、なお異様な存在感を放ち、闇の中にその身を横たえていた。



 砂漠から北に300キロほどにあるダンジョングラウンドは、“砂漠と光”の力に満ちていた。


 元のダンジョンで命を落とした者、グラウンド化した後に入り込んでしまい命を落とした者。


 彼らは光の力により、死後魂が捉えられた歩く死体、“死光体”としてこの地を彷徨い続けていた。


 数100年も彷徨う事により、彼らは生者を異物として判断するようになる。つまり侵入者は殺戮の対象だ。


 そんな“死光体”はユーガ国辺境にひっそりと規模を広げつつあるダンジョングラウンドを「我らの国を広げる」という認識で守護していた。



 カゲハ率いる鴉部隊の魔導ヘリは、ダンジョングラウンドの上空を音もなく飛行している。


「人女王側近、大四季 真里は、あの聖堂の中にいる」


 カゲハは隊員達へホログラムによる共有を行なった。


 既に探知魔法を展開し、救出する要人の位置も把握していた。


「俺とミランダ、フリントは聖堂へ侵入。他は周辺にある“死光体”の殲滅。および安全の確保だ」


「了解」


「ダンジョンを解放する必要はない。我らの重要人物のみを救出する事だけ考えろ」


「で、俺はどうする?」

 頭を掻きながら、セルヒオはカゲハに尋ねた。


「お前は破壊規模が大きい、聖堂を破壊し周辺が巻き添えが食う可能性が高い。それに、おそらく“デカいの”が来る。その時まで待機」


「あいよ」


 セルヒオは再びズシンという音を立てて座った。


「念の為、“黒衣”の装着を許可。絶対に破損させるなよ」


 ミランダがフッと笑った。


「まさか、全魔法力を無力化する“鴉”と同じ素材のこれが破られるとでも言うんですか?」


 そう、前回の戦闘で使用した魔導アーマー“鴉”は全身が魔力拒絶物質【ダーゲスト】を使用した特別性。


 その素材を全身スーツで構成した“黒衣”は布一枚の薄さだが、同じく魔力を帯びた攻撃や兵器は通ることはない。


「俺や魔導アーマー飛竜、シンリの攻撃ではあまり効果がなかった。ちなみにセルヒオも破る事が可能だった」


 ミランダはいやいやと手を振る。


「化け物ばっかりじゃないですが……いや隊長はスマートだからそういうのじゃないですけど」



「とにかくだ、鴉ではない以上、油断はするな」


「了解!」


 夜の冷えた砂漠上空には音も無く飛行する魔導ヘリ。


 その誰にも視認がされない光化学迷彩を展開した魔導ヘリから、複数の影が同じく音も無く飛び降りた。


 カゲハは全員へ通信する。


 『任務開始』


 その通信と共に聖堂の辺りにいた蠢く死光体の頭が吹き飛ぶ。


 フラフラと、頭部を失った死光体は少し歩を進めたが漸く地面に還った。



『聖堂周辺の死光体34体を排除、裏手に入り口があります。こちらから入りますか?』



 隊員達は魔導銃による攻撃により、死光体の頭を正確に吹き飛ばし安全を確保する。


「ああ、5秒後にそちらへ到着する。油断するなよ、ここらへん一帯に満ちているのは“光”の属性だ、つまりしばらくしたら“死光体”は復活する」


 頭を吹き飛ばした死光体は再生が始まっていた。


 そしてヘリから聖堂へのルートに、透明なゆらめきが3つ。そのまま裏手に周り、中に侵入した。


 古びた木のドアを開け、カゲハ、ミランダ、フリントは中の様子を確認する。


「思ってた以上に普通の聖堂という感じですね、もしかしたら転送魔法などで別の場所に転送されるかと思ってました」


 フリントは透明化を、解除しながら言った。


「いや待て」


 カゲハは2人を制止する。


 聖堂に入り、おそらく倉庫のような場所から侵入した3人に向かう足音がしてくる。ヒタッヒタッと裸足で歩いてくる音。


 重たい足取りと、低く喉を鳴らすような呻き声。


「うー…、うー…侵入者よ、よく来た。さらに贄が増えて嬉しいと、“神”は言っておる」

 暗がりから現れたのは、カゲハが“千里眼”を使用した際に見えた“盲目の老人”


「バレていたのか」


「くっくっくっ、もう遅い……」


 老人がそう言うと、微かに地鳴りのような音が鳴った。

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