表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/35

第0章プロローグ 感謝


 ーーー神国


 4人の女王が治める神国。


 その中心にそびえるは、白亜と蒼玉を贅沢に配した威容の大城【神央宮】


 年に一度、この国では“感謝祭”と呼ばれる神聖なる祭儀が執り行われる。


 国民は女王へ感謝を捧げるのではなく、女王が国民ひとりひとりへ感謝の言葉を伝えるという、他国には存在し得ぬこの国独自の習わしだ。


 その日、〈神央広場〉と呼ばれる城前の大広場には、数十万もの国民が集い、さらに国中の至る場所でその様子を映し出す魔導映像装置が点在し、千万人の民が一斉にその瞬間を見守っていた。


 中央の高壇には、4つの玉座が整然と並ぶ。そこに座すのは、他の追随を許さぬ美しき四人の女王たちであった。


 その中心――眩いばかりの白銀の髪と瞳、そして銀糸を織り上げた神衣のようなドレスを纏う一人の女性が、静かに立ち上がった。


「……皆さん」


 ただそのひと言が、広場の隅々に至るまで響き渡り、ざわついていた民衆は一瞬にして沈黙する。


 その場の空気は、まるで時が止まったかのように澄み渡り、ただ彼女の声を待つ。


 その女性――【神 女王】


 その存在は、まさに至高。民衆の目に映る彼女は、常に変わらぬ美しさと慈愛に満ちた微笑をたたえ、この世界の理そのものであるかのようにさえ感じさせた。


「ご機嫌如何でしょうか。私は、とても調子が良いです。これも、皆さまお一人おひとりの健康と祈りあってのことでございます」


 その柔らかくも澄んだ声は、魔法の補助もなく国中に届き、遠き村の子供ですら耳にすることができる


 民たちは、その声を聞くだけで心が満たされるとさえ言われている。



「本当に、ありがとう」



 神女王はゆっくりと頭を下げた。神と呼ばれる存在である彼女が、民草に頭を下げる。


 この国に生まれた者にとって、それは何よりの誇りであり、感謝と畏敬の念を抱かずにはいられない瞬間である。


 続いて、藍色のドレスを纏い、きりりとした顔立ちの【真 女王】が、無駄のない動きで立ち上がる。


「皆、よく頑張っている。我々がこの国で存在できるのは、女王という名にあぐらをかいているからではない。日々、諸君が努力し、学び、支え合い、未来を作り続けているからだ。だからこそ、私は皆に感謝する」


 力強く、しかし温かみのある声に、広場に集う者たちは静かに拳を握る。その声は正直で、偽りなく真摯なものであり、【真 女王】の言葉は常に民にまっすぐに届いた。


 次に立ち上がったのは、紅と緑を基調とした情熱的なドレスを身に纏う【獣 女王】


 その柔らかな金髪は陽光を受けて煌めき、その姿はまるで聖域の女神か、豊穣の化身のよう。


「皆が!健康である!そして生きている!これだけで、私は幸せだ!」



 彼女の言葉は常に明快で、飾らず、まるで大地の母のような包容力を持っていた。


「人も、獣も、木々も、花も――命あるもの全てに、ありがとう!心から、愛している!」


 その満面の笑みは太陽のように眩しく、広場にいた人々の顔を自然とほころばせる。彼女の言葉を聞くだけで、世界は少しだけ優しくなれる気がするのだ。


 そして、最後に立ち上がったのは、一番小柄な華奢な少女。


 控えめな淡い花のようなドレスを纏い、繊細な雰囲気を纏う【人 女王】



「この度は……ご静聴、ありがとうございます」


 ほんの僅かに震えた声で、だがその声はどこか透き通っていて、聞く者の胸にじんわりと染み入る。


「私は、皆さまの素晴らしい精神と優しさに、いつも助けられております」


 彼女は毎年、この場で亡くなった国民の名を読み上げるという役割を担っていた。それは決して義務ではない。誰が望んだわけでもない。


 ただ、人女王自身が望んだのだ。


「……今年一年は、三百人の方が旅立たれました」


 静寂の中、その声だけが響く。人女王は一人ひとりの名を、丁寧に読み上げていく。老いた者も、幼い者も、名もなき民も、すべてを。


「彼らは、皆さんと同じこの国に生き、精一杯に日々を紡ぎました。老いには、最先端の魔導技術ですら勝てない。それが、この世界の摂理なのです」


 その瞳には涙が浮かび、声はわずかに鼻声になる。それでも、人女王は最後まで名を読み上げ、亡き者たちへの哀悼を捧げた。


「……彼らの名も、その生も、決して忘れません。わたしは、愛しています」


 年端もいかない少女の姿の彼女。だが、その魂の在り方は、誰よりも深く広く、果てしない優しさに満ちていた。


 感謝と祈りを終えると、再び【真 女王】が立ち上がり、声を張る。


「以上である!皆、今日はよく休め!強制するわけではないが、もし我々に感謝してもらえるなら、それほど嬉しいことはない」


 その締めくくりに、女王たちは揃って玉座から立ち去り、神央宮の奥へと姿を消していく。




 そして――




 国のさらに深く、地の底。


 光届かぬ地下牢に、堅牢な魔導手錠で縛られた一人の女が、その様子を古びた魔導モニター越しに眺めていた。


 漆黒の髪、漆黒の瞳、漆黒のドレス。虚無を宿した瞳が映像に映る四人の女王を冷ややかに見つめる。


「……愚民ども、苦しみと憎しみでその身を焼かれればいい。心から感謝を捧げてやるよ」


【狂 女王】


 その存在は〈神 女王〉自らが“神女王の対として”定めた者。


 国民にも公然と存在を知られてはいるが、何故彼女がこの役目を担うのか、一部の者しか知ることはない。


 彼女の周囲には数百の魔導モニターが並び、国の内外の情勢、経済、戦争、密偵の動き、迫りくる危機の数々を映し出していた。



 そして遠く、金属の擦れる音が響く。


「……ふん、来たか」


 分厚い扉が、一つ、また一つと開き、最後の扉の向こうに、純白の髪と瞳を持つ【神 女王】が姿を現す。


「……感謝の意は、述べましたか?」


 静かに問う声に、狂女王はくっくっと笑いながら応じる。


「ああ、しっかりと。愚民共にな」


 短いやりとりの後、神女王は振り返り扉の向こうへ去ろうとする。


「待てよ」


「……なんでしょう」


「そろそろだな」


「……留学審査のことですか?」


「ああ、それもだが……まあいいか、頑張れよ、神女王」


「…ありがとうございます」


 そして扉は閉じ、静寂の牢に戻る。


 くっくっく……。



 底知れぬ笑みとともに、【狂 女王】は闇に溶けるように笑い続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ