第8話 Gランク冒険者の初仕事
「それでは、特に証明になるものはお持ちでないということで、Gランクの冒険者カードを発行いたします。少々お待ちください」
「あ、はい……」
受付嬢は一礼し、カウンター奥の棚から手のひらほどの銀縁カードを取り出した。
それを小型の魔術装置に挟み、魔力を注ぎ込むように操作している。
カードの縁がわずかに光り、機械から低く唸る音が聞こえた。
その間にも、背中に集まる視線が刺さるように痛かった。
こんな目に合うなら、倒したなんて言わなければよかったな。
ズルをするつもりなんて、まったくなかったのに。
うつむきかけた視線の先、足元に小さな気配を感じた。
セラフィが、俺の脚にしがみつくようにしながら、心配そうな顔を向けていた。
状況がわかっているかどうかは微妙だが、俺の表情から何かを感じ取ったんだろう。
「大丈夫だよ」
小さく言って、彼女の頭を優しく撫でる。
ふわりと手のひらに伝わる柔らかな感触に、気持ちが少しだけ落ち着いた。
まもなく、作業を終えた受付嬢が戻ってくる。
「こちらが冒険者カードになります。ご確認ください」
手渡されたカードには、カミヤ・ユウトという名前と、「ランク:G」の文字がくっきりと浮かんでいた。
「これで登録は完了です。お疲れさまでした」
本当に、あっさりと終わった。
こんな簡単に身分証が手に入ってしまうのかと、少し不安になるほどに。
「あの、今すぐ受けられる依頼ってありますか?」
カードをしまいながら訊ねると、受付嬢は壁際にある掲示板を軽く指さした。
「現在受付中の依頼は、すべてそちらに掲示されています」
掲示板はそこそこ大きいのに、貼られている紙は一枚だけ。
近づいて目を通すと「盗賊団の討伐」という太文字が目に飛び込んできた。
その下の詳細に目を走らせる。
「ビバロの森、南東の岩場周辺」
どこかで聞いたような……あ、さっきまで俺たちが迷ってた場所だ。
確かハインさんが「このビバロの森は」って言ってた気がする。
依頼書には、盗賊団のアジトと思われる位置まで、かなり具体的に書かれている。
盗賊の人数はおよそ十五名。
該当地点に向かい、捕縛もしくは排除すれば任務達成。
報酬は一万二千リム。
相場はよく分からないけど、数字の響きだけ見ればなかなかの高額に思える。
他に依頼はないし、選択肢が一つなら話は早い。
「じゃあ……これ、受けてみてもいいですか?」
そう言った途端、背中でくすくすと笑う声が広がった。
「さっきのやつ、今度は盗賊退治だってさ」
「自信満々だなぁ、Gランクさんよ」
ひそひそ声がわざとらしく耳に届く。
うわ、また何かやっちまったのか……?
受付嬢は困ったような表情で説明してくれた。
「基本的に、冒険者は自分と同じランク帯の依頼を受けるのが推奨されています。
特に初心者の方には、無理のない内容から始めていただくのが安全です。
もちろん絶対にダメというわけではありませんが……この依頼については、おすすめできません」
言い方は柔らかいが「絶対やめとけ!」という固い意志を感じる。
「それと、知識としてお伝えしておきます」
少し間を置いて、受付嬢は続けた。
「冒険者と依頼のランクは、下からG・F・E・D・C・B・A・Sの八段階です。
このリリアス支部に所属している冒険者はほとんどがEランクまでで、Dランク以上の依頼は非常に稀です」
ほう。
だからこんなに笑われたのか。
登録したてのよく知らない新人が、いきなりAランクの魔物倒したとか、Dランクの依頼受けるとか言うんだもんな。
でもそれなら、この依頼は誰が受けるんだろう?
「この盗賊団……放っておくんですか?」
「こういった場合には、支部間で冒険者の派遣が行われます。
この件については、王都からAランクの冒険者が派遣される手配がすでに済んでいます。
到着は、早ければ一週間後とのことです」
「Aランク……」
それって、上から二番目のランクだ。
危険度Dの依頼にしては、かなりの戦力を投入するんだな。
どんな人が来るんだろう。
少しだけ興味が湧いた。
「……なるほど。了解しました。じゃあ今日は帰りま――」
――ガチャリ。
俺の言葉を遮るように、ギルドの扉が開いた。
入ってきたのは、年の頃は三十前後の男性。
粗末な服装で、どこか疲れた様子をしていた。
男性はそのままカウンターまでやってきて、受付嬢にぺこっと頭を下げた。
「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」
受付嬢がやわらかく応対する。
「あの、草原で薬草を集めたいんですが……一人だと心細くて。誰か手伝ってもらえないかと思いまして」
お、薬草採取。
これなら俺も受けられるんじゃないか?
「場所や目的の詳細をお聞かせください」
受付嬢は書類とペンを取り出し、依頼内容のヒアリングを始めた。
男性は地図を広げ、どの草原か、どの薬草か、何日を想定しているのかなどを丁寧に伝えていく。
受付嬢は淡々とメモを取りながら、いくつか確認事項を重ねたあと、作成した依頼書にポン、と判を押した。
「確認完了しました。……危険度はG、初心者でも問題なく対応できる内容です」
その言葉は、間違いなく俺に向けて放たれたものだった。
受付嬢の視線がこちらに向けられているのがわかる。
俺は静かに一歩、前へ出る。
「それなら、俺がやります」
受付嬢は一拍おいて、軽く頷いた。
「承知しました。では改めて、流れをご説明いたします」
彼女は手元の書類を整えながら、落ち着いた口調で話し始めた。
「ギルドでの依頼の流れは、受注 → 達成 → 証拠提出 → 報酬受領という四段階です。
今回のようなお使いや同行支援系であれば、依頼者様ご本人の証言や署名が証拠として扱われます」
「なるほど……」
「このご依頼は、複数日に渡って作業が発生します。
進捗を毎日ご報告いただいても構いませんし、最後にまとめてでも大丈夫です。
なお、ギルドは二十四時間開いております。お好きなタイミングでお越しください」
事務的ではあるけれど、丁寧な説明だった。
「ありがとうございます……セラフィ、行ってみようか」
「はいっ!」
セラフィの元気の良い返事に背を押され、俺は依頼人の男性の方へと向き直る。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「おねがいしますっ」
ぺこりと頭を下げるセラフィに、男性は思わず笑みをこぼした。
けれどその瞳の奥には、微かに影が差しているのがうかがえる。
何か事情があるのだろうか。
まあ、とにかくまずは、俺にできることをやってみよう。
これが俺の冒険者としての初仕事だ。




