第38話 ボク、お姫様なんですけど?
「実はボクは――ルヴァライン王国の姫だったんだ」
女騎士は、真剣な面持ちでそう言った。
その口調にはどこか誇らしげな響き。
……が。
「……えっと、どこ?」
俺がぽかんと聞き返すと、彼女はぴたりと固まった。
「えっ、知らないの?」
目をぱちくりさせて、耳を疑うような顔。
知らない、な。
一応こっち来てから一ヵ月の間は王都で色々勉強してたんだけど……そんな国あったかな。
「ルヴァライン王国だよ? 結構、大きな国だったんだけど……!?」
「ごめん、地理あんまり詳しくなくて」
そう答えると、ミリアもセラフィもこくこくと首を縦に振っていた。
「私も知らないです。ずっとお屋敷の中でしたし」
「わたしも、わかりません……」
「…………」
美女は一拍置いて、盛大にため息をついた。
「はぁ……ま、いいや。じゃあ、一から説明するね」
そう言って彼女は壁にもたれかかり、淡々と語り始めた。
「ボクはベルティナ・ルヴァライン。……今から三年前に滅んだ、ルヴァライン王国の姫だ」
唐突な語り出しだった。
けれどその声は妙に静かで、どこか遠くを見ているようだった。
「ボクの国を滅ぼしたのは、たった一人の魔族。その名は忘れもしない、魔族七侯爵の一人、狂宴のグロゾワール」
ぴくりと、ミリアの表情が震える。
彼女の母も同様に魔族七侯爵。
思うところがあるのだろう。
「圧倒的な強さだった。一目でわかる、明確な戦力差。……それでも、ボクたちは戦った。せめて、民が逃げられるだけの時間を稼ごうって」
ベルの手が、胸元に置かれる。
「父上も、将軍たちも、皆がそうだった。民だけは守り抜くんだって、最後まで前線に立って……結局、ボク一人だけが残された」
彼女の目に影が差す。
けれど、涙は流れない。
「王家の血を引く者として、死ぬまで戦う覚悟はしてた。でも……あの時、ボクは奴に生かされたんだ」
彼女の視線が一瞬だけ俯く。
ほんのわずかな迷いを経て、続けられる。
「奴の思惑はわからない。けれど奴は、ボクを見て笑って、ボクの持っていた剣に呪いをかけたんだ。そして、殺さずに去って行った」
彼女の手が、固く握られる。
「……最初のうちは、自分の意志で動けてたと思う。でも、いつからだろう……記憶が抜けるようになって。気づけば、自分がどこで何をしてるのかも、わからなくなってた」
セラフィが不安げに彼女の顔を覗き込む。
ミリアも、手をそっと胸元に置いたまま黙っていた。
「ただ、強い相手を探して、戦って、倒して……その力を吸収して、また次を探して……それしか、できなかった」
そう言ったベルは、ゆっくりと視線を俺に向けた。
「でもあの時、君が真嶋を叩き伏せたのを見て、不思議と心が揺れたんだ。自分の目で、ちゃんと見てるって感じた」
そして、金髪の彼女――ベルティナは、まっすぐ俺を見つめて言った。
「だから……ついてきた。ボクが、この足で、この目で、誰かの背中を追いかけたいって、思えたから。……久しぶりの、ボク自身の意志で動いたんだ」
「なるほど……」
ベルの語りを聞き終えた俺は、腕を組んで唸った。
壮絶な過去を抱えてるのはわかった。
でも、問題はここからだ。
「こういう時って、どうすればいいんだろうな」
とりあえず王都に行けば、滅んだ国ではあるけど他国の王族ってことでそれなりの扱いは受けられるかもしれない。
けど証明できるものがあるわけでもないしなあ。
そんなことをぼんやり考えていると――
「ねえ、君――ユウト、でいいかな」
ベルが唐突に口を開いた。
「ボクもさ。……旅に、同行させてくれないか?」
「……へ?」
反射的に聞き返してしまった俺に、ベルはそわそわと視線を泳がせた。
「いや、えっと、別に、役に立ちたいとか、そういうのもあるんだけど……その、ほら……うぅ」
段々と語尾が小さくなる。
俺はその発言の真意を掴めず、視線で続きを促した。
「ぼ、ボク……!」
彼女は顔を真っ赤にしながら、息を呑んで、意を決したように言った。
「どうやら君に、惚れてしまったらしいんだ!」
「……えぇっ!?」
時が止まった気がした。
俺は固まったままベルティアを見つめるが、彼女は耳まで真っ赤に染めながらそっぽを向いている。
そして隣では、ミリアが信じられないという顔で口をぱくぱくさせていた。
セラフィだけが「へえ~」という顔で興味津々に見ている。
「ほ、惚れたって……その……恋愛的な……?」
ベルティアは俺の問いに、こくりをうなずく。
まじか。
惚れた。
俺に。
なぜ。
「そりゃ困惑するよね……ボク、キミのその……強さに惹かれたんだ」
真正面からぶつけられたその言葉に、俺は思わず身じろぎした。
「強さに、か」
その瞬間、脳裏に嫌な予感がよぎる。
さっきの話……強いものを求め、倒し、吸収し続けたあの呪剣の記憶。
もしかしてこれも、呪いの残滓なんじゃないか?
「……悪い、確認させてくれ」
俺は静かに手を前に出した。
「禊断咒印」
術式が展開され、光の鎖がベルティアの身体を優しくなぞる。
浄化の魔力が、彼女にかかっている可能性のある呪詛を探り、解除を試みる。
「って、ちょっと!!」
バチンッ!
ベルが軽く俺の手を叩いて、憤った表情で叫んだ。
「関係ないよ、そんなのっ!!」
「えっ」
「呪いとか関係なくて、ボクがボクの意志で惚れたって言ってるんだ! なのに勝手に解呪しないでよっ!」
「う……ご、ごめん」
顔を真っ赤にして目を潤ませながら言い返す彼女に、俺は完全に固まる。
いや、悪気はなかったんだよ。
だがミリアの鋭い視線がぐさっと刺さる。
「……で、ボクもついてっていい?」
ぐぬぬと反省する俺を尻目に、ベルティアが改めて前に出てきた。
呪剣の影響じゃないと豪語しての旅への同行希望。
しかも告白つき。
なかなかの重みだ。
「うーん……ダメなことは無いけど……」
ダメじゃない、けど許可する理由も無い。
ミリアやセラフィと違って、一緒にいる必要性が無いからね。
それに今は三人で旅をしてるんだから、俺の一存では決められない。
特にミリアは嫌がるんじゃないだろうか。
いや、なんとなく、なんとなくね。
そんな俺の考えを見抜いたように、ミリアがふっと微笑んだ。
「ユウト様。私はいいと思いますよ?」
「えっ、ミリアが?」
予想外すぎて、思わず聞き返す。
「私、そんなにみみっちくないです。ちゃんと『惚れた』って、自分の言葉で言えるのは素敵なことだと思いますよ」
「う……ミ、ミリアちゃんっ……!」
ベルティアの頬がぱっと赤くなった。
戦闘中の気迫はどこへやら、耳まで真っ赤だ。
「私も同年代のお友達ができて嬉しいです。それに、旅ってにぎやかなほうが楽しいじゃないですか? ねっ、セラフィさん」
ミリアが振ると、セラフィも両手をぶんぶん振って頷いた。
「うんうん! ゆーとさま、ぜひごいっしょしましょ!」
「セラフィも賛成なんだ?」
「だってだって、おひめさま……ですよねっ?」
「あはは……まあ、今はもう国は無いけど、一応ね」
う、そうだった。
セラフィはプリンセス夢見る女の子でした。
瞳をきらきらと輝かせている少女に、俺は思わず笑ってしまった。
「……わかったよ」
俺はようやく、肩の力を抜いて言った。
「じゃあ、これからよろしくな、ベルティナ」
そう言った瞬間――
「えへへ……あ、あのさ!」
ベルティアが一歩前に出て、目を輝かせてこちらを見上げてきた。
「名前、長いでしょ? だから……ベルって呼んでほしいな」
「ベル?」
「うん! 呼び捨てでも、ちゃん付けでも、お好きにどうぞ。えへへ……」
な、なんだこの……戦士らしからぬ反応……。
「わ、わかったよ……ベル」
「やったぁ!」
ガッツポーズで喜ぶ彼女の笑顔は、あの仮面の戦士だった頃からは想像もできないほど明るかった。
「よし、じゃあ話もまとまったところで」
俺はそこで一旦言葉を区切る。
セラフィ、ミリア、ベル。
三人の視線が俺に向けられた。
次の言葉を待っている。
「――今日はもう寝よう! 俺まだ疲れてる!」
そう言ってベッドにダイブ。
数秒後、遅れて笑い声がこだました。




