第37話 終戦、そして
焼け焦げた地面の中心に、俺は辛うじて立っていた。
足元がふらつく。
「……っ、くそ……」
覇躯顕現、絶魔界域、絶界放逐、静寂福音――そして極めつけの灰燼葬。
いくら劣化コピーで反動が抑えられてるとはいえ、これほど短時間で連発すれば肉体は限界を迎える。
特に灰燼葬の反動は、40℃を超える高熱を引き起こす。
本来の反動は自らも燃え尽きてしまうという自爆攻撃なので、それと比べればかなりマシではあるが、それでも辛い。
熱が体の奥にこもっている。
視界がゆらぐ。
思考も、どこか遠くで響いているようだった。
「ユウト様!」
セラフィの声が近づく。
銀の羽音とともに、彼女とミリアがふわりと降り立つ。
「大丈夫ですか!」
二人が駆け寄ってきて、俺の体を支えるように腕を伸ばす。
体がもう言うことをきかない。
「二人とも……無事で、よかった……」
気力を振り絞って、それだけは伝える。
けど次の一歩を踏み出そうとした瞬間、がくんと膝が折れた。
「ユウト様!」
「しっかりしてください!」
ミリアとセラフィが同時に俺を支える。
ほんの少しだけ体温を感じた。
安心する温もりだった。
「……あれ? 俺、一体何を……?」
「なんか、魔物が……炎は……?」
「勇者様……は、負けたんだよな」
ざわざわと、観客席のあちこちから声が漏れ始める。
魅了の余波から目覚めた人々が、徐々に混乱と現実に戻ってきている。
まずい、かもしれない。
真嶋と甲冑戦士の戦いを治めるために使った禁術の他にも、彼らはセラフィの姿やミリアの能力も見ている。
極力騒ぎになるのは控えたい。
「……ここを離れるよう。すぐに」
俺はミリアとセラフィに小声で告げた。
「ユウト様、動けますか?」
「なんとか、あそこまで」
ミリアとセラフィに肩を貸してもらいながら、三人は闘技場の影へと身を寄せる。
視線を避けながら、観客から死角になる場所へと回り込む。
俺は息を整え、手を前に出した。
「星鎖転移」
魔法陣が煌き、空間がねじれる。
次の瞬間、三人の姿はかすかな閃光とともに、闘技場から消え去った。
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「……ん」
まぶたを持ち上げる重さの中で、ゆっくりと意識が浮上していく。
次第に、天井が見えた。
木造の梁。
白い天幕。
簡素な内装。
ここは……滞在中の宿だ。
記憶がゆっくりと戻ってくる。
闘技場で真嶋と甲冑戦士の決戦を止めたこと。
炎の魔獣をセラフィ、ミリアとともに討伐したこと。
それから、星鎖転移で転移して――
「――気絶してたのか、俺」
小さく呟いたその瞬間、気配を感じて顔を上げた。
部屋の隅にいた三人が、ぱっとこちらに駆け寄ってくる。
「ゆーとさまっ!」
「ユウト様!」
セラフィとミリア。
見慣れた二人の姿に、まずは安心する。
だが、次に目に入ったのは。
「……え?」
金髪の美女だった。
すらりとした長身、陽光を思わせる髪色に澄んだ碧眼。
宿の備え付けの室内着に身を包んだ彼女は、こちらを見下ろしている。
誰だ、この人?
思わず目を瞬かせていると、その金髪美女が明らかにむすっと頬を膨らませた。
「……やっぱり、わからないのか」
なぜか拗ねたような口調。
次の瞬間、彼女は背後から何かをごそごそと取り出した。
それはべっこべこに砕けた、黒鉄の仮面。
「え、キミ、まさか……!」
その鉄仮面を顔にあてて、彼女は勝ち誇ったように言った。
「これでわかるだろう、ボクのこと」
「あーーーーっ!!?」
半ば叫ぶような声が出た。
あの無口で不気味だった甲冑戦士!
さっきの闘技場で俺と真嶋に斬りかかってきた、あの重装歩兵だ。
そういえば中身、美女だったな……。
「ちょ、なんでここに……」
頭が混乱する中、彼女はさらりと答えた。
「魔獣騒ぎの途中で目が覚めたんだ。で、見てたら君がどこかへ行こうとしていたから……飛び込んでみた」
「そんなむちゃくちゃな……!」
どさくさに紛れてついてきた、の一言では済まされないレベルのノリと行動力。
それにしても、改めて見ても今の彼女は完全に美女だ。
金髪ショートに切れ長の瞳、適度に引き締まった肢体。
凛とした空気と不機嫌そうな表情が、逆に映えてる。
でも中身は、無言で斬りかかってきた鉄仮面の戦士なんだよな。
あの時は観客を守ることや、彼女の呪いを解くことに必死で特に気にしてなかったけど……。
なんだこの違和感。
どう処理すればいいんだ俺。
脳の片隅でエラー音が鳴ってる気がした。
混乱する俺の視線の端に、小さな姿が映る。
「……あれ?」
銀色の髪に幼い顔。
「セラフィ?」
ベッド脇にちょこんと座っていたのは、間違いなくあのセラフィだった。
さっきの六翼の天使のような姿ではない。
見慣れた、いつもの幼女バージョンだ。
「戻ってる……ね?」
思わず口に出すと、セラフィは小首を傾げた。
「もどってる? なにがですか?」
まったく悪気のない無垢な顔。
その反応で、完全に本人が自覚していないことがわかる。
「こちらの宿の部屋に転移し終えた直後、セラフィさんの体が光に包まれて、そのまますうっとこの姿に」
「そうだったのか……少し話を聞きたかったけど、仕方ないね」
「またお会いしましょうって、最後に微笑んで」
ミリアが語るその様子には、少しだけ名残惜しさと、憧れのようなものが混じっていた。
「……また、ね」
俺は一言だけそう言って、静かに頷いた。
不思議なことが多すぎて、いちいち驚いていたらキリがない。
けどセラフィはセラフィだ。
それだけは間違いない。
普段通りの無邪気な笑顔を見て、散らかってた情緒も落ち着いてきた。
そんな俺の様子を見て、隣にいた金髪の美女がすっと一歩前に出てきた。
「さて、そろそろボクの話を聞いてくれるかい?」
真剣な表情でそう言った彼女に、俺はゆっくりと頷いた。
「……ああ。色々聞きたいことはあるけど……まずは自己紹介から、かな?」
すると、彼女は軽く胸に手を当て、姿勢を正す。
「実はボクは――ルヴァライン王国の姫だったんだ」




