第33話 にゅーじょーちけっと、もってます(別視点)
今回は、保護者の目を盗んでスイーツを買いに行った、小さな天使目線のお話です。
「ふわわ……あれおいしそう、でも……あっちのも……!」
神殿都市ルクシディア、年に一度の暁霊祭の賑わいの中。
広場の一角に出ていた限定スイーツショップの前で、目をきらきらと輝かせる幼女が一人。
星型のゼリーに、花の蜜をかけたロールケーキ、銀箔が散らされた甘い団子串。
どれもこれも、見たこともないような美味しそうなものばかり。
幼い頬が上気し、口元にはうっすらとよだれが。
「……はっ!」
自分の口元を慌ててぬぐったその瞬間、銀髪の幼女――セラフィは、ぴたりと動きを止めた。
「あ、れ……」
何か、変だ。
胸の奥で、得体の知れないざわつきが生まれる。
まるで空気の流れが急に変わったような、ふわふわとした違和感。
セラフィは振り返ると、その気配の方向へとゆっくり歩き出した。
屋台の並ぶ賑やかな通りを抜け、ひと気の少ない神殿裏手の路地へ。
そこで目にしたのは、慌ただしく走っていく数人の兵士と神官たちだった。
「急げ、すぐに結界を!」
「活性の兆候が強すぎる……っ」
断片的に聞こえる緊迫した声。
彼らは神殿の内部につながる、小さな鉄扉から次々に中へと飛び込んでいった。
そして最後に入った神官が、あまりの急ぎようだったのか、鍵をかけ忘れていた。
扉は、少しだけ開いている。
セラフィはしばらく戸口の前で立ち尽くしていたが、やがてほんの少し口を引き結ぶと、小さく頷いた。
「……セラフィ、にゅーじょーちけっと、もってますから」
そう言って、扉の隙間から小さな体をするりと滑り込ませた。
その先には、冷たい空気が満ちた地下への階段。
石造りの階段を、セラフィは慎重に下っていく。
足音を立てまいとつま先で一段ずつ降りるたびに、冷たい空気が肌を撫でた。
明かりは乏しく、ところどころに設置されたランプが、青白くぼんやりと壁を照らしている。
階段を抜けた先に、ぽっかりと広間が現れた。
神殿の地下とは思えないほど広く、まるで儀式のために造られた舞台のよう。
魔法陣のような紋様が床に刻まれ、その中心には――
燃え盛る火炎の塊。
それはまるで、生きているかのように脈動していた。
心臓のように、ぼうんぼうんと音を立て、赤橙の光を放ちながらゆらゆらと揺れている。
周囲では、複数の神官と兵士たちが慌ただしく動き回っていた。
「異常活性している……想定より、力の集まりが強すぎる。制御は!?」
「結界陣、再構成中です! でも、間に合わないかも……!」
「い、良いことではないのか? 供給が多ければ、それだけ……」
「バカ言え! こんなに早く集まりすぎたら器が持たない!」
「だから勇者を投入するのはやりすぎだと言ったんだ。例年通りの暁霊祭でも十分だったのに……!」
怒号と焦燥が飛び交う中、セラフィはそっと柱の陰から様子をうかがっていた。
(……あれ、なんだろう)
火炎の塊。
その存在が、なぜか胸の奥をきゅっと締めつけた。
懐かしいような、怖いような、不思議な感覚。
それに、あの神官たちの会話。
(このおまつり……おまつりじゃ、ない?)
幼い額に、汗がにじむ。
直感が告げていた。
この先に、何かが起きる。
きっと、とてもよくないことが。
そしてその時、地上から轟音が響き渡った。
上層には武闘大会の開かれている闘技場がある。
床が震え、天井の石がぱらぱらと落ちる。
まるでそれに呼応するかのように、火炎の塊がぐらりと揺れた。
ぼこっ、ぼこっ、と。
火の玉の表面が泡立つように波打ち、内部から何かが蠢く気配を放ち始める。
「……っ、反応が来た!」
「制御を急げッ!」
神官たちの叫びが飛ぶも、もう遅かった。
火炎の塊の一部が、弾けるように飛び出したのだ。
ぶおおっ、と唸りを上げながら飛び散ったそれは、彗星のような軌道で近くにいた神官の背にぴたりとまとわりついた。
「ひいっ、こ、これ、取って――う、あああああああっ!!」
次の瞬間、神官の体が炎に包まれた。
呻き声は絶叫に変わり、肌が焦げ、装束が焼け落る。
皮膚の下から異様な筋肉と黒い鱗のようなものが露出していく。
それは、人間ではなかった。
不思議な火炎に侵され、醜悪に歪んだその姿はまさに魔物そのもの。
火の魔人と化した神官は、理性のない瞳をぎらりと光らせ、周囲の兵士たちへと襲いかかった。
「ぎゃっ……!?」
「な、なにをしている、やめろッ!!」
炎の腕が振るわれ、一人、また一人と焼き払われていく。
あまりに一方的な蹂躙。
誰も、止める術を持たなかった。
そしてその場にいた大人たち全員が焼却されたあと、魔人の瞳がセラフィを捕らえた。
(……あっ)
柱の陰からそっと覗いていたはずだった。
でも、気づかれてしまった。
その巨体が、ずしんずしんと足音を響かせながら、真っ直ぐにこちらへと歩いてくる。
恐怖が身体を凍らせる。
足が動かない。
声も出ない。
(だめ、にげなきゃ。でも、うごかない……!)
火の魔人が手を振りかぶった。
炎が渦巻く。
そして――
「――魅晶壁!」
澄んだ声が地下に響いた瞬間、空気が紅く染まった。
セラフィの目前に、淡く艶やかな紫紅の障壁が展開される。
それはまるで宝石のような光を放ち、燃え盛る火焔を真正面から受け止めた。
ズガァァン!!
爆風が広間を駆け抜ける。
だが防壁は砕けることなく、音を立てて炎の奔流を押し返していた。
熱と衝撃の中、ひるむことなくセラフィの前に立つ少女。
「セラフィさん、下がって!」
深紅の髪をなびかせながら、彼女――ミリアは、そう叫んだ。




