第31話 偽勇者、参戦
騒然とした場内の空気は、まだ荒れたままだった。
「止まれーっ! もうやめるんだ!!」
俺は肺が痛むほどの声で叫んだ。
でも、届かない。
「ハアアアアッ!!」
真嶋が咆哮を上げ、鍛え上げた体躯が地面を砕く勢いで踏み込む。
大剣を振り抜くその動きには、もはや技というより衝動が宿っていた。
対する甲冑戦士は、無言。
体勢すら崩さず、巨大な剣を横に払って迎え撃つ。
金属がぶつかる鈍い音。
甲冑の脚が地面を裂き、真嶋の剣圧が闘技場の壁を削る。
それでも二人とも止まらない。
流れるような攻防はとうに終わり、今はただ力と力をぶつけ合うだけの凶暴な応酬。
観客たちの歓声すら、どこか引きつって聞こえる。
それでも奴らは構わず前へ出る。
目の前の強敵に夢中で、周囲が見えていない。
二人のぶつかり合いが、徐々に円形闘技場の中心からずれていく。
甲冑戦士の大剣が、大きく弧を描いた。
「くっ……!」
観客席へ、再びそれが飛んできた。
甲冑戦士の剣圧が圧縮された空気の刃となって、唸りをあげてこちらへ迫る。
音が、遅れて追いついてくる。
観客たちがようやく気づき、悲鳴を上げるよりも早く、俺の体は動いていた。
「間に合えっ!」
空中で手を突き出し、魔力を走らせる。
「絶魔界域!!」
光の輪が展開されるが……。
ズバアアアッ!!
衝撃波はそのまま光を貫いた。
「っ……そうか、物理だ……!」
この攻撃は魔術じゃない。
絶魔界域でかき消せなくて当然だ。
だったら――!
「絶界放逐!!」
咄嗟に魔力を編み直し、全力で放つ。
ぎゅうんと空間がきしむ。
次の瞬間、光の半球が爆発的に膨張し、放たれた斬撃ごと空間を吹き飛ばした。
ごうっ、と空気が抜けるような音。
観客席が一斉にざわめく。
「な、なに今の……!?」
「嘘……あの斬撃、跡形も……」
まるで闘技場の一角が、存在ごと一瞬消えたような光景。
誰もが言葉を失い、ただただ立ち尽くしていた。
何もない穴が数秒だけぽっかりと開き、やがて静かに収束する。
「……っ、ぐ」
膝が崩れた。
世界が傾く。
視界がぐらぐらと揺れて、足に力が入らない。
バニッシュドームの反動。
術者の意識を、数秒間だけ空にする。
王熊を倒した時にも味わったあの感覚が、もうそこまで来ていた。
「だ、大丈夫か!?」
観客席の数人がざわざわと動き始める。
意識が、遠のいていく。
けれどその中で、俺は確かに誰かの命を守れたんだと思えた。
その場に膝をつくと、意識が黒く染まる。
だが微かに聞こえる観客たちのざわめきで、再び意識を取り戻す。
……まだ、終わってない。
「……くそ……このままじゃ……らちが明かない……!」
ふらつきながら立ち上がる。
やるべきことは一つしかない。
――止めに行く。
あの二人の間に、直接。
俺は観客の注目を背に、観客席の壁を力強く蹴って飛び出した。
そして闘技場の中心へ降り立つ。
戦闘の余熱が肌を刺す。
甲冑戦士の無機質な殺気と、真嶋の荒れ狂う闘志が交錯している。
「もうやめろ! これ以上は、観客に被害が出るぞ!」
全力で声を張る。
甲冑戦士は無言のまま。
何を考えているかわからない。
真嶋は違った。
「……は?」
一瞬、時が止まったかのように、真嶋の顔が硬直する。
目が見開かれ、口元がわずかに震える。
まるでありえないものを見てしまったような、そんな反応だった。
視線の先にいるのは、俺。
やがて理解が追いついたのか、その表情がぐにゃりと歪んだ。
「……おいおい……おいおいおいおいおいおいおいッ!!」
真嶋の拳が握られる。
皮膚が裂け、血が一筋垂れた。
全身の筋肉が膨張し、剣の柄がきしむほどに力が込められる。
目が、燃えていた。
爛々と輝き……いや、燃え狂っていた。
激情、怒り、嫉妬、羞恥、混乱。
そして、絶対に許さないというむき出しの敵意。
「お前ェ……ッ! やっぱり……やっぱり、生きてやがったなァアアアッ!!!」
絶叫と同時に、爆ぜるように踏み込んでくる。
砂が跳ね、闘技場の床が割れ、轟音が空気を裂く。
剣が振り上げられる。
その視線は、まっすぐ俺を射抜いている。
同じ世界から来たとか、同じ学校に通ってたとか、同じ境遇だとか。
そんな過去はもう存在していない。
そこにあるのは、獲物を捉えた猛獣の眼。
殺す。
見せしめにする。
俺の名を踏みにじってやる。
その瞳は、そう雄弁に物語っていた。
「待ッ――」
――ゴンッ!!
言いかけた声が、咆哮のような金属音にかき消された。
およそ刀から発されたとは思えない、低く鈍い音。
反射で顔を上げた俺の視界に飛び込んできたのは、横から迫る殺気。
甲冑戦士が、無言のまま剣をこちらに向け、猛スピードで突進してきていた。
その剣尖に、迷いは一切ない。
「……ッ」
俺は咄嗟に足を引き、身構える。
「潰れろォッ!!!」
真嶋の剣が、こちらへ叩きつけられてきた。
荒々しく、剥き出しの怒りを宿した一撃。
一方、甲冑戦士の剣には、感情が一切ない。
それでも、不気味なほどにタイミングが揃っていた。
二人はまるで示し合わせたように、同時に俺に殺意を向けてきた。
「なんなんだよ……っ!」
この状況の理不尽さに、叫びたくなる。
けれど、叫んでも意味はない。
あの二人に、言葉なんか届かない。
死が、迫る。
赤黒の怒りと、無機の殺戮。
二本の刃が交差するその中心。
「――くそッ!」
俺は、迷わず踏み込んだ。
逃げても無駄。
受けても砕かれる。
なら、踏み込むしかない。
二人の殺意が交差する刹那。
俺は、剣と剣の間。
その地獄のど真ん中に、身を投じた。




