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第3話 天使の保護者

 ふわり、と柔らかい何かに包まれているように、俺の体は宙に浮いていた。

 落ちる感覚も、風の音もない。

 ただ静かで、やけに涼しい空気が漂っている。


「……ここは?」


 そこは、不思議な空間だった。

 地面も壁もない。

 ただ無数の魔術文字と、星々のように瞬く光が空中を泳いでいる。

 上も下もわからない。


「し、死後の世界ってやつ?」


 ぼそりと呟いた、その時。


「いーやいや、残念ながらその読みはハズレ。君はまだ死んでいないよ」


「うおおぉっ!?」


 声がした。

 だが、姿は見えない。

 すると、眼前に出現した光の渦の中から、一冊の本が飛び出した。


 黒と銀の表紙。

 魔術文字風の文様でびっしりと埋め尽くされた、古めかしい本。

 それが空中を移動し、俺の前までやってきた。


「初めまして。私は禁書(グリモア)。君にとっては、そうだね……救世主、というところかな」


 落ち着いた語り口調に、ほんのわずかな皮肉っぽさが滲む。 

 本が喋っているという状況に脳の処理が追いつかない。

 が、ここは異世界。

 剣と魔術の世界。

 そういうことも、ある…………のか?


「キミの名前はユウト。カミヤ・ユウトで間違いないか?」


「え、あ、うん。間違いないけど……いや、何で知ってるの?」


「うんうん、ようやく会えたね。いやぁ、本当に長かった」


 なんなんだこいつ。

 話がかみ合わない。

 というか、俺を待ってた風だけど、なんで俺なんだ?

 だって俺は――


「――劣化コピーの偽勇者」


「っ!」


 まるで脳内を見透かされたかのような禁書の言葉に、俺は動揺する。


「キミは他者の魔術を模倣(コピー)し、自在に操ることができる。しかし必ず出力が低下する。……そうだね?」


「……ああ。だから、皆俺のことを役立たずだ、偽勇者だって」


「それが、実に素晴らしい」


「え?」


「いいかい? この世界にはまだ、キミの知らない封じられた魔術が存在する。

 それは炎や雷にとどまらず、空間、時間、魂といった概念にまで干渉できるほどだ」


 勇者訓練と称して色んな魔術を叩き込まれてきた。

 確かに俺の知っているのは炎の球を出したり、水で盾を出したり。

 それが空間? 魂?

 そんなの、まるで……。


「そうさ、まさに神の領域。強大なそれらの魔術を人はこう呼ぶ――」


 禁書は自らを開き、ペラペラとページをめくる。

 やがて、不思議な絵と魔術文字が光るページで止まった。


「――禁術と」


 その名を聞いたとき、俺の胸の中で何かが震えた。


「……禁、術」


「ああ。胸が躍るだろう? だが禁術はその強大さゆえに反動も大きい。

 術者が命を落とすなんて序の口。世界中に甚大な被害を及ぼすものもある。

 だからこそ、封じられているのだよ。この空間と、()()()にね」


 この目の前の古臭い本に、そんな恐ろしい魔術が……?

 ごくりと唾をのむ。

 コイツの言いたいことがなんとなくわかってきたとき、背中を冷たいものが走った。


「俺の、劣化コピー、が」


「……うむ。それこそがキミの価値。これから私が授ける力を、キミは扱える。

 これは増幅コピーしてしまう真の勇者なんかにはできない、この世の誰にもできない、キミだけの特権だ」


「弱く写すことで、反動を抑えて使える。ってことか」


「そう! キミは確かに劣化コピーの偽勇者かもしれないが、禁術を自在に扱える世界で唯一の器なのさ!」


 言葉が飲み込めなかった。

 この世界に召喚されてから一ヵ月。

 疎まれ、馬鹿にされ、蔑まれ。

 元々そんなに無かった自尊心がバッキバキに叩き折られた。


 だから目の前の胡散臭い言葉なんて、信じない。

 信じない。

 信じない、が……。

 でもどこかで、理解していた。

 嘘でも詐欺でも何でも、俺が、ようやく誰かに必要とされたことを。


「ただし、一つだけ頼みがある」


 禁書の声が、少しだけ柔らかくなった。


「この空間に、私の他にもう一人。少女がいる。彼女を、外の世界へ連れて行ってほしい」


「少女……?」


 空間の奥。

 無数の文字が交差する中心に、浮かぶ何かがきらりと光った。


 白く眩い球体。

 目を凝らすと、その中心に幼い少女がいるのが見えた。


 銀の髪と、背には六枚の小さな羽。

 美しく、儚く、まるで月の光そのもののよう。


「彼女の名は――ああ、そうだな……()()()()という。

 信じられないかもしれないが、いわゆる()使()という存在だ」


 天使。

 いや、まあ、羽生えてますもんね。

 信じられないけど、今さらだよなあ。

 ここに飛ばされて、本が喋って、禁術がどうこうとか、もう現実感なんて最初っから無いよ。 


「あー……それで、そのセラフィは何を?」


 白く光る球体の中。

 セラフィというらしい少女は、胎児のような姿勢で固まっていた。

 目を閉じて、まるで眠っているようだ。


「彼女はね、ずっとあの状態で封印されているんだ。遥か昔、神話の時代から」


「……封印」


「見た目も精神も五歳ほどの幼子に過ぎないが、その内に秘める力は天地を揺るがすほど強大。

 一度暴れたら、世界の誰にも止められない。だから、臭いものにはフタを、というワケだね」


 危険な存在だから、封印されたというわけか。


「キミならわかるだろう。

 悪いことなんか何もしていないのに、邪魔だから、と世界から除け者にされる辛さが」


 そう禁書が言ったとき、俺の胸に鋭いものが刺さった。

 わかる、わかるさ。

 痛いほど。


「だったら、出してやればいいのに。俺をここに呼んだんだ、逆も」


「簡単な話ではない」


 禁書は俺の言葉を遮り、即座に否定する。


「さっきも言ったが、彼女はまだ幼い。外の世界で一人で生きていくには早すぎる。

 そして、癇癪でも起こしてみたまえ。……世界が吹き飛ぶぞ」


「う……それは、困るな」


「彼女は罪の無い憐れな少女だが、同時に危険な存在であることも確かだ。そこで、キミだよ」


 だいたい、言いたいことは読めてきた。


「禁術をマスターしたキミなら、彼女の暴走にも対応できるはずだ。

 普段はその幼い心を乱さぬように寄り添い、もしもの時は迷わず力で止める」


 禁書の声に、いつになく重みが宿っていた。


「ただ見張るのでも、制御するのでもない。彼女のそばにいて、導き、守り、世界のすべてを一緒に見せてやれる存在」


 そこで一度、言葉が静かに止まる。

 ページがふわりとめくられ、静かな風が吹き抜けた気がした。


「……そう。キミに託したいのは、彼女にとっての唯一無二の存在。つまり――」


 その言葉が胸に落ちるより先に、空間の光がわずかに揺れた。

 まるで俺の運命が静かに動き出すのを、この世界そのものが予感しているようだった。


「――()()()だ」


 言い切った禁書に眉をひそめながら、俺はセラフィの方へ向き直った。


 眠るように浮かぶ銀髪の少女。

 顔立ちは年端もいかない幼子だが、ガラス細工のように美しくもある。


 もしこの禁書の言うことが本当だとしたら、これはとんでもなく厄介な頼まれごとだ。

 言葉ひとつ、態度ひとつ、扱いを間違えたら暴走。

 それでも俺は、放っておけなかった。


「……わかったよ」


 ぽつりと呟く俺に、禁書がゆっくり自身を傾ける。


「ほう? 意外とあっさりと受け入れるな」


「だって……捨てられた側の気持ち、俺は痛いほどよくわかる」


 俺は苦笑しながら、自分の胸元に手を当てる。


「価値がないって断じられて、いきなり処分されて……」


 目の前の少女も、きっと同じだった。

 力が強すぎたせいで封印され、誰にも触れられずにここまで来た。


「こんな俺に何ができるかわからないけど、それでも放っておけないよ」


 セラフィの近くへゆっくり歩み寄ると、不思議と心が落ち着いてきた。

 まるで月明かりの下にいるような、静かな感覚だった。

 守ってやりたい。

 そう、素直に思えた。


「決まりだな」


 満足げにページをはためかせながら、禁書が言う。


「それじゃあ、禁術の受け渡しに入ろうか」


「……なにか特別な儀式とかある?」


「ない。君の劣化コピーは、見れば写せる能力だろう? だったら私のページを開いて、ただ読むだけでいい」


 そう言って禁書は、ぱたりと自らを開いた。

 そのページには、見たこともない術式文字がびっしりと刻まれていた。

 けれど不思議と内容が理解できる。

 まるで脳内に直接植え付けられているようだった。


「これが……禁術……?」


 感じたのは、圧倒的な力の奔流。

 命と引き換えに世界を塗り替えるような、常識外れの魔術たち。


 ページをめくるたび、文字が脳に刻まれていく。

 灰燼葬(カタストロフ)絶界放逐(バニッシュドーム)霊魂譜写(ソウルスクリプト)…………。

 本来の効果に反動、そして俺が扱った場合のそれら。

 全てが俺の中に滑り込んでくる。


「……ふうっ」


 最後のページを読み終え、俺は深く息を吐く。

 意識の奥底に、いくつもの力の感触が根を張っていた。


「終わったかね」


「うん、まだあんまり実感は無いけど」


「それではひとつ、試してみようか」


「試す?」


 禁書がふわりとページをはためかせると、セラフィを封じている白い球が動き始めた。

 それはゆっくりと、一直線にこちらへ進んでくる。

 そして禁書と俺の目の前まで来て停止した。


「彼女の封印を解く。今のキミなら、できるはずだね」


 セラフィを見つめた瞬間、脳内に術式が浮かび上がった。

 まるで何度も読み返したマンガのセリフのように、自然と理解できる。

 

 それは本来であれば、広大な範囲内の全ての魔術を無に帰す魔術。

 使えば術者の体内の魔力中枢に絶大なダメージを与え、数日間の昏睡は確実。

 繰り返し使えば、魔力を蓄えることができなくなり死に至る、恐ろしい力。


 しかし俺なら、効果範囲は狭まるものの、自身へのダメージは疲労感のみ。

 安全に運用できるというわけだ。

 俺は手を伸ばし、セラフィを包む封印の膜へと触れる。


絶魔界域(ディスペル・リング)


 呟いたその瞬間、俺を中心に淡い魔力の波が放たれた。

 それはゆっくりと、円を描くように周囲に拡散していく。

 目の前の球体も波に呑まれ、小さく揺れた。


 コキン。


 小さな音とともに、光の膜がひと筋のひびを刻んだ。

 続いて、ひびは蜘蛛の巣のように広がり、最後には静かに崩れ落ちた。


 中から現れたのは、銀髪の少女――セラフィ。

 彼女はふわりと宙に舞い、瞬きを数回。

 金の瞳が眩い。


「…………ふぁ」


 セラフィはこくりと首を傾げ、眠そうに目をこすった。


「おはよ、ござます……むにゅ」

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禁術に禁書、封じられた天使の女の子、そして魔法の絶妙なルビ! どれも最高じゃないですか! めっちゃ面白いし、最新話まで一気に駆け抜けますね!
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