第29話 武闘大会
「うわっ、こりゃすごいな……」
武闘大会の会場に着いた俺たちは、その熱気に早くも圧倒されていた。
会場の入り口から通路に至るまで人の波でごった返していて、あちこちには屋台が立ち並ぶ。
串焼き、飲み物、魔導式の光るグッズ、よくわからない応援旗。
そして。
「限定スイーツでーす! 本日かぎり! 闘魂の密パフェ、残り百食となっておりまーす!」
「!? ゆ、ゆーとさまみりあさまっ! すいーつ、すいーつのこえがしましたっ!」
セラフィが耳をぴくりと動かして反応する。
スイーツという単語への感度が、もはや高度探知魔術レベルだ。
「うん、聞こえた。でも……今はちょっと無理そうかも」
俺は周囲の通路を見渡す。
どこも人、人、人。
まさに祭りのピークって感じだ。
正直、身動き一つとるだけでも辛い。
「大会が始まったら、みんな席について集中すると思う。それからでも、遅くはないよ」
「……わかりましたっ。じゃあ、そのときいきます!」
ぐっと拳を握って、セラフィが決意表明。
よしよし、暴走は防げた。
その後しばらく人ごみに揉まれ、ようやく席にたどり着き、俺たちは並んで腰を下ろした。
「うわあ……すごいですね……」
ミリアがしみじみと観客席を見渡す。
周囲はすでに満席で、歓声とざわめきが渦を巻いていた。
そしてタイミングを測ったように、中央のアナウンスが響く。
「皆さま、大変お待たせいたしました! それではここで、我らが希望! 暁霊様に選ばれし“真の勇者”マシマ・ゲン様のデモンストレーションを開始いたします!!」
「「「うおおおおおおおおおっ!」」」
その名前が出た瞬間、場内の熱が一段上がる。
観客たちが歓声を上げ、立ち上がる者まで現れる。
それだけ、期待されてるってことだろう。
そして、砂を巻き上げて中央の円形闘技場に現れたのは――
「……!」
赤茶の刈り上げ頭に、武骨な赤黒の戦装束。
がっしりした体格、そして突き刺すような鋭い視線。
間違いない、アイツだ。
真嶋 源。
元は不良界一の実力者、こっちの世界じゃ真の勇者様。
真嶋が片手を挙げると、観客たちは大きな歓声を返す。
会場の熱狂は最高潮に達した。
「勇者マシマ様には、今大会の開幕を飾っていただくため、特別にデモンストレーションをお願いしております! 今回ご用意したのは――危険度Bの魔物、計十体!!」
おおーっ、と観客がどよめく。
「……あれ、檻、でしょうか」
ミリアが指さす方に視線を送ると、闘技場の端に魔物の入った大型檻が並んでいた。
牙を剥いてうなる、四つ足の中型獣たち。
危険度Bといえば、一体一体が一つの町を壊滅させられるほど凶悪な存在だ。
それを十体も用意する、そしてデモンストレーションに使うとは。
そして、司会の合図とともに、その檻が次々に開かれていく。
――ドンッ!
爆音のような踏み込み。最初に一体が飛び出す。
それに対して、マシマは一歩も引かず――
「ハァッ!」
拳を軽く振るだけで、その巨体が吹き飛んだ。
次いで飛びかかってきた二体目を、剣を鞘に入れたまま薙いで跳ね飛ばす。
さらに口から風の塊を撃ち込んでくる個体に対しては、遠距離から火玉を叩き込んで撃破。
一撃一撃が重く、そして速い。
精度が良く、無駄がない。
「……強いですね」
ミリアが、わずかに目を細めて呟く。
そう、強い。
強すぎる。
しかし……その斬撃、今のは急所を外した。
あの火球も、単純に倒すだけなら更に上位の魔術を打ち込めばよかった。
目的は“倒す”ことでなく、“ゆっくり焼き焦がす”こと。
奴は、わざと苦しませてる。
「見せ物として、いたぶってるようにしか見えない」
俺が言うと、ミリアが小さく頷いた。
そしてそのとき、不意に胸がざわついた。
目の前の強者が、観客の期待に応えて戦っている。
けれど俺の中では別の感情が、じわりとせり上がっていた。
それは忘れもしない、あの憂鬱な日々の記憶。
王宮の訓練場で、ボロ雑巾のように地面に叩きつけられた感覚。
全身の骨がきしみ、呼吸ができず、必死に手を伸ばしても誰も助けてくれなかった。
嫌な汗が、首筋を伝った。
「ゆーとさま……?」
隣で、セラフィが不安そうに見上げてくる。
「……ごめん。ちょっと、昔のこと思い出してただけ」
俺はそう答えて、苦笑いを浮かべた。
セラフィが心配そうに俺の袖を握る。
ミリアは何も言わず、そっと寄り添ってくれていた。
あのときと同じには、ならない。
そう自分に言い聞かせるように、深く息を吐く。
頭の中に残っていた過去の残像が、ようやくゆっくりと遠ざかっていく。
気づけば、会場の熱狂も少しずつ落ち着いていた。
さっきまで割れんばかりの歓声に包まれていた観客席にも、穏やかなざわめきが戻りつつある。
真嶋のデモンストレーションは、まさに開幕の花火だったのだろう。
次に続くのは、本戦への道。
そんな空気を読んだかのように、場内に再びアナウンスが響き渡った。
『それではこれよりィ、本大会の開幕を宣言いたします! 地方予選を勝ち抜いた猛者四名と、冒険者ギルド推薦の三名、そして飛び入り枠を賭けたバトルロイヤルを経て選ばれし一名による、計八名のトーナメント戦!! そして! トーナメント優勝者には副賞として勇者マシマ様と戦う権利を差し上げます!!』
おおっ、と観客が一斉にざわめく。
場内に張り詰めた緊張と期待の気配。
トーナメントは八名ね。
数が丁度良くなってるところ見ると、どうやら冒険者ギルド推薦枠の代打は見つかったようだ。
それにしても副賞が真嶋と戦う権利って……。
さっきのデモンストレーションを見て、戦いたい奴なんているのかな。
それともこんな大会に出るような人は、逆に相手が強ければ強いほど燃える戦闘狂タイプの皆さんなんでしょうか。
『まずは予選バトルロイヤル! 参加者の皆さん、中央闘技場へ!』
会場の奥に設置された扉がゴウンと音を立てて開き、複数の武闘者が現れる。
屈強な斧戦士、華麗な双剣使い、筋骨隆々の拳闘士、魔術師までいる。
バラエティ豊かで、それぞれに気迫をまとっていた。
「わあ、いっぱいいますっ……!」
セラフィが柵の向こうを指差し、わくわくと目を輝かせる。
「……ユウト様、あのお方」
ミリアが、ある一点をじっと見つめて言った。
「一人だけ、雰囲気が違いますね」
「うん、少し……怖いな」
参加者たちの中に、異様な存在がいた。
全身を覆う重厚な黒鉄の甲冑。
装飾も紋章もない、無機質な金属の塊。
顔すら見えず、手にした剣は大剣というより鉄の杭みたいなものだ。
まるで、戦士というより兵器。
それが静かに場内に立っているだけで、空気が変わった気がした。
『最後まで残った一人が勝者となります。さあ、それでは――開始ィ!』
号令と同時に、闘技者たちが一斉に動き出す。
……が、次の瞬間。
「えっ……?」
ある一点を中心に、立っていた選手たちがまるで木の葉のように吹き飛んだ。
中心とは、あの甲冑の戦士。
それが腕をひと振りしただけで。
ただの一撃。
それだけで十人以上が地面を転がり、動かなくなった。
「な、何が……っ!?」
「嘘だろ……防御も、かわしもできてなかったぞ……!」
観客席から驚愕の声が飛び交う。
その間にも、甲冑戦士はただ無言で歩を進める。
次々と飛びかかる戦士たちを、容赦なく、効率的に、黙々と叩き伏せていく。
叫び声も、火花も、土煙も。
すべてが戦闘ではなく処理だった。
やがて、闘技場に残ったのは一人。
黒鉄の騎士だけが、静かに立っていた。
場内が、凍りつくような静寂に包まれる。
「……し、勝者! エントリー番号78の、名前は……無名の選手! 謎の甲冑戦士!」
司会の声がようやく空気を戻し、歓声と困惑が入り混じった拍手が起こった。
「な、なんか……すごかったね」
俺は乾いた声でそう言ったが、本心は別だ。
おかしい。
あれは強いというより、なにか違う。
目の前の観客はみんな騒いでるけど、俺の中では警鐘が鳴りっぱなしだった。




