第27話 神殿都市ルクシディア
「らくださま、ありがとーっ!」
セラフィが名残惜しそうにラクダの首をなでる。
俺たちはついに、神殿都市ルクシディアにたどり着いた。
旅の最終区間はわりと普通の石畳だったので、正直、馬でも良かったんじゃって気もするけど……まあ、ラクダにも愛着湧いてたしね。
よしよし。
「ふふっ、お疲れさまでした。……本当に、よく歩いてくださいましたね」
ミリアが柔らかく微笑み、ラクダに手を合わせて礼をしている。
旅の間ずっと連れ添ってた相棒、って感じだ。
そして、目の前に広がる光景に、思わず俺は息を呑んだ。
「うわ……」
神殿都市ルクシディア。
さすがに、暁霊祭の最中なだけある。
街の入り口からすでに祭りムード全開で、屋台、行列、音楽、飾り、全部が濃い。
これまで巡ってきた都市もにぎやかだったが、それらをはるかに凌ぐお祭り騒ぎだ。
通りにはカラフルな布をまとった踊り子たち、道ばたにはお面を売る露店、さらには謎のピカピカ光る棒とか、無意味に長い帽子とか……変なグッズまでてんこ盛り。
「はわ……わわわ……」
セラフィが、いつもの元気をどこかに置き忘れたように、口をぽかんと開けて立ち尽くしていた。
「どうしたセラフィ、テンション低いぞ。こういうの好きだろ?」
「……すきです、だいすきですっ! でも、でも、すごすぎて……どこから見たらいいかわかんないですっ!」
目をぐるぐるさせながら、セラフィがわたわたと足踏みする。
興奮しすぎて逆にフリーズしてるらしい。
たしかに、わかる。
このカオスな賑わいは、初見じゃ処理が追いつかない。
「……お祭りって、こういうものなんですね」
隣でミリアが小さくつぶやく。
その声はどこか感慨を含んでいて、俺はふと彼女の横顔を見つめた。
生まれてからずっと閉ざされた洋館で過ごしてきたミリアにとって、これはきっと夢の光景だ。
「“暁霊”っていう精霊様への感謝を捧げるお祭り。今日から数日間は、毎日が本番みたいなもんらしいぞ」
俺はそう言って、帽子屋の屋台で売られていたキラキラしたお面を一つ買って、セラフィの頭にちょこんと乗せてやった。
「えへへ……まつり、さいこーです……」
銀髪幼女が目をきらっきらに輝かせながら、ついに暴走を開始した。
「みりあさまーっ! あっち、あっちにすいーつありますっ! そっちはふうせんで、むこうにはおんがくがっ!」
「わっ、ちょっと、セラフィさん、走らないで……!」
ミリアが慌てて追いかけていく。
ああ、また始まったな。
でもまあ、これが旅ってやつだ。
面倒も騒がしさも全部ひっくるめて、全部が楽しい。
俺は遠ざかっていく二人の背中に微笑みを向け、歩き出した。
「うわ、これ……神殿か」
二人に追いつき、一緒に街を歩いていたら、ちょうど目の前にそれっぽい建物が現れた。
真っ白な石造りの回廊に、荘厳な円柱。
中央のドームには金色の装飾、そして門前には何やら人だかり。
「無料ツアー、だそうですよ。ユウト様」
ミリアが看板を指さす。
確かに、入り口には『神殿観光ツアー 本日無料! どなたでもご参加ください!』の文字が。
「へぇ、観光客向けサービスってわけか。……ちょうどいいし、参加してみる?」
「せらふぃ、いってみたいです! しんでんっ、しんでんっ!」
セラフィがぱたぱたと駆けていき、俺たちもその後を追った。
中へ入ると、すぐに神官らしき案内人が現れて、参加者を案内していく。
ひやりと涼しい石の回廊を進み、壁画の並ぶ展示区画へ。
そこには、歴史資料みたいな壮大なレリーフが彫られていた。
神々の姿、戦う精霊たち、そして祈りを捧げる人々。
「ようこそ、暁霊神殿へ! 本日はご参加ありがとうございます! 案内を務めます、神官補佐のリオと申します!」
朗らかな青年の声が、神殿の空気に明るさを加える。
「それでは早速、この壁画からご紹介しましょう。こちらはかつて、世界が混沌に包まれようとしていた時代の光景です」
解説員は指を伸ばし、レリーフの一部をなぞる。
描かれていたのは男女二体の神。
「混沌をもたらしたかつての神々、男神ノクスと女神アウロラ。力は偉大でしたが、その在り方は、地上に棲む人間やその他種族にとっては試練でしかなかったのです」
へえ、神様が人間たちにとっては厄介な存在だったと。
「やがて、本来は神に仕える側だった四体の精霊のうち、三体が人々を救うため地上に降臨し、神と戦いました。その中でも、もっとも強く、もっとも人族に寄り添った存在――それが我らが暁霊様です!」
おおー、と、周囲から感嘆の声があがる。
俺がこちらの世界に転移してきてから聞くのは、暁霊様とやらの話ばかりだ。
特に勉強してないのに不自由なく読み書きできることや、この劣化コピーの力だって、その暁霊様からいただいたもの……らしい。
神側についた一体や、地上側の他の二体もどこかで信仰されていたりするのだろうか。
「暁霊様は人族の中から一人の英雄を選び、共に神と戦いました。その英雄こそが“勇者”。――そう、それが今に語り継がれる、勇者伝説の始まりなのです!」
へえ……なるほど。
たしかに、王都でも「勇者は神話の存在!」みたいなノリだったな。
本当の勇者である真嶋源は、英雄のイメージとは程遠い性格をしていたが。
そこまで話が進んだところで、俺はなんとなくミリアに目を向けた。
彼女は壁画をじっと見つめ、手を胸元に添えていた。
「……むぅ……」
一方セラフィはというと、少し後ろの方で眉をひそめていた。
「どうした、セラフィ?」
「なんだか、むねのなかが、もやもや……うまく、いえないですけど」
見れば、顔色もほんの少し悪い。
密閉された空間の中に大勢の人が押し込まれているから、人酔いでもしたのかな。
「……無理するなよ。外に出たければ言っていいからな」
「だいじょうぶ、です。ここに、います」
セラフィはそう言って、ぎゅっと俺の袖をつかんだ。
なんだろうな……神殿の空気が、彼女の中の何かを刺激しているのだろうか。
確かによく考えてみれば、セラフィって“天使”なんだもんな。
俺に禁術を授けた禁書曰く、神話の時代から封印されていた存在だというし。
伝承ではあるが、当時の話を聞いて何か思うところもあるのかもしれない。
「――さて、長い歴史を経て、暁霊様は今なお我々を見守ってくださっています。
そして現代、多種族との長い戦争に疲れ果てた我々を救うべく、新たなる勇者が誕生しました!」
パアッと照明のような魔道灯が灯り、解説員が声を高める。
「異世界から降り立った英雄、我らが希望、勇者マシマ・ゲン様!
彼こそが、この戦いを終わらせる切り札なのです!」
その瞬間、周囲の参加者たちがどっと盛り上がった。
「おお~!」
「勇者様が!」
「ほんとにいるんだな、異世界の勇者って!」
俺は一歩引いた位置から、苦笑まじりにその反応を眺めていた。
うん……知ってるよ。
めちゃくちゃ知ってるよ、そいつのことは。
そして解説員は、さらに観客を煽るように笑みを深めた。
「そしてなんと、勇者様は明日! ここルクシディアで開催される武闘大会にご出場されます!
皆さま、ぜひお誘い合わせのうえ、お越しくださいませ!」
ばーん、と華やかなジェスチャー。
観光案内兼、明日の武闘大会の宣伝としては、実にパーフェクトな締めくくりだった。
そうか、明日、アイツもここに来るのか。
まあ向こうは華やかな注目の的。
こちらは一観客。
出会う事なんて無いだろうけど……あんまり良い思い出じゃないから、少し胃が痛む。
そうして、楽しそうに目を輝かせるミリアと、少し具合の悪くなった俺とセラフィは、人ごみに押されるように神殿を後にするのだった。




