第24話 砂の町ザンドラ
灼けるような風が、顔を撫でた。
遠くにひときわ大きな岩の塔。
その裾野に広がる砂の町、ザンドラ。
岩山に刻まれた門の奥、土色の建物が層を成すように連なっていた。
遠くからでも聞こえてくる程の賑わいと、陽光を反射する装飾の数々。
都市全体が、黄金と朱のモザイクに包まれている。
「わあ……!」
「うっわあー!」
ラクダの上で、ミリアセラフィが同時に声をあげた。
「みてください! とんがり! こっちはぐるぐるで、あっ、あっちはおみず! あそこは」
興奮しすぎてセラフィの語彙が壊れている。
隣ではミリアが手を口元に添え、静かに目を見開いていた。
「……砂漠なのに、水が……。本当に、街の中にオアシスがあるんですね……」
「というよりは、オアシスのある場所に街を作ったんじゃないかな」
陽炎の向こう、風に揺れる布張りのテント群と、ラクダを引く行商人。
香辛料の匂い、焼いた平パンの香ばしさ、異国語が飛び交う喧騒。
目に入るものすべてが、活気に満ちていた。
まさに、砂漠の交差点。
「異世界感すごいなあ……」
俺も思わずぽつりと呟いていた。
キャラバンが門をくぐり、舗装の甘い石畳を進んでいく。
その左右では色とりどりの布をまとった人々が、屋台や露店に群がっていた。
「すいーつ! すいーつもありますっ! みりあさま、みてくださいっ!」
「……あ、ほんと……ふふ。ハチミツとナッツの……美味しそうですね」
セラフィがミリアの手を引っ張って大はしゃぎ。
本当、仲良くなってくれてよかった。
うんうん、お父さん嬉しいよ。
そんなことをしみじみ感じながら、俺はというと、輸送隊の隊長と依頼についての相談をしていた。
「冒険者さん、これで依頼は終了になります。本当にあなたが居てくれなければ、どうなっていたことか……ありがとうございます。
これから私たちは市場の方へ向かいます。ギルドへの報告でしたら、確か……あの道沿いにあったはずです」
「了解です。ここまでありがとうございました」
輸送隊の人たちに別れを告げ、俺はミリアとセラフィを連れて冒険者ギルドへと向かった。
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「……ランクC、正式に認定いたします」
受付嬢のその言葉と共に、俺のギルドカードが返却された。
表面の刻印が変化し、金属光沢の中に『C』の文字がはっきりと浮かび上がる。
「先日のリリアスでの実績と、今回の銘魔物討伐が評価されました。これからも、是非ご活躍ください」
お、今回はちゃんと評価された。
あのサソリ、ちゃんと魔核を持ち帰ったしな。
「え、今Cランクって言ったか?」
「おいおい……嘘だろ」
受付の一言をきっかけに、カウンター奥の職員や近くにいた冒険者たちがざわつき始めた。
ひそひそ、じゃなく、あからさまに驚きの声が飛び交ってる。
まあそりゃそうだよね。
輸送隊の護衛任務の時もそうだったけど、こんな女の子二人連れたひょろい奴がCランクなんだって言われても、信じられないよ。
「ゆーとさま、すっごいですっ!」
「おめでとうございます。ふふっ、当然の結果ですね」
セラフィはぴょんぴょん飛び跳ねて、ミリアは優雅に微笑みながら拍手してくれる。
すると、受付嬢が続けて説明を始めた。
「ランクC昇格に伴い、各地のギルド提携施設にて特典が適用されます。たとえばザンドラでは、提携宿泊施設や商店において宿泊費・物販価格が一律三割引となります」
「えっ」
思わず声が出た。
「さんわり?」
きょとんとした顔でこちらを見つめるセラフィ。
「ああ、えーとね、普通よりちょっと安く商品が買えるようになるんだって」
「! じゃあ、すいーつが……!?」
「うん、そうだけど。初めに思いつくのそれなんだ」
セラフィががばっと身を乗り出してくる。
「宿泊施設も、ですか。ふふっ、それは嬉しいですね。あの通り沿いの宿、とても綺麗でしたし」
ミリアまで目を輝かせてる。
なんかもう、サソリ倒したときよりテンション高くないか。
「ありがたく、使わせてもらいます」
財布の中を思い浮かべながら、俺はカードを見つめた。
Cの文字が、今日だけはちょっとだけ誇らしく見えた気がする。
俺の礼ににっこりと微笑んで、受付嬢は続けた。
「カミヤ様、ザンドラは初めてですか?」
「ええ、そうです」
連れの二人にも視線で尋ねるが、反応を見るに初めてっぽい。
まあそりゃそうか、箱入りプリンセス二人だもんな。
それに異世界から転移してきたのが一人って、うちのパーティちょっと世間知らずすぎるかも。
「ちょうどいいタイミングかもしれません。ザンドラは今、星霞の宵の季節ですから」
「星霞の……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、受付嬢は嬉しそうに目を細めた。
「毎年この時期の夜になると、空気中の砂粒が星の光を反射して……まるで、空と地面が一つになるような幻想的な光景になるんです。観光客にも、とても人気なんですよ」
その瞬間、隣でミリアが小さく手を胸に当てた。
「実は……私が見たかった景色というのは、それなんです」
「……!」
俺とセラフィが同時にミリアを見ると、彼女ははにかんだような笑みを浮かべた。
「生前、父がよく話してくれたんです。いつか一緒に、あれを見ようって。……叶いませんでしたけど、でも……私は、ちゃんと見届けたいんです」
その言葉には、過去を乗り越えようとする静かな意志があった。
「そうだったのか……じゃあ、今から夜が待ち遠しいな」
俺はそう言って、拳を軽く握った。
そしてセラフィが「おとまり! おとまり!」とぴょんと飛び跳ね、ミリアが「ふふ、ありがとうございます」と微笑んで。
俺たちはこの砂の街を、歩き出した。