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第1話 ようこそ勇者よ! ……ん? 2人?

「ようこそ勇者よ、よくぞ来てくれた! そなたを歓迎――…………ん? 二人?」


 玉座の間に響いた威厳たっぷりの声が、不自然に間延びした。

 その視線の先には、俺と真嶋。

 

 頭がぐわんぐわんする。

 眩しさの残像で、まだ視界はぼやけていた。


「……なにが、どうなって……」


 さっきまで俺は、普段通りの通学路を通っていた。

 駅前でカツアゲされてる中学生を見かけて、放っておけず、つい「やめてあげなよ」と口を出して。

 そしたら相手が悪かった。

 よりによって不良グループのリーダー、真嶋源(ましまげん)

 案の定、もみ合いになって……いや、カッコつけちゃった。

 本当はただの一方的なリンチだった。


「それでうずくまってたら……なんか、足元が光って……」


 殴られすぎて遠くなる意識の中で、空間がひっくり返ったような感覚に襲われて。

 ……気がつけば、ここ。


 壁も床も大理石。

 煌びやかなシャンデリア。

 左右にはピクリとも動かない鎧姿の兵士たちがずらりと並んでいて、その奥には見たこともない派手な服を着た、いかにもって感じの王様。

 王様の周りには白いローブをまとった神官風の人たちもいる。


 まさか、これは。


「――い、異世界召喚ってやつ?」


「二人……? ええい、どういうことだ神官!」


 王様がひときわ大きな声で怒鳴ると、後方に控えていたローブの男たちの一人が慌てて跪いた。


「も、申し訳ございません陛下! 魔術陣は確かに()()()()の儀式に準じたものを。しかし、結果としては……」


「術式は完璧だったが、なぜか二人いると?」


「はい……そのようで」


 いや、あの、ちょっと待ってくれ。

 なんかトラブル発生してるのはわかるけど、まずは説明を。

 さっきまで散々俺を殴っていた隣の真嶋に視線を向ける。


「チッ……なんだここ。おい、テメェら。オレ様にこんな真似して、タダで済むと思うなよ?」


 やっぱりブチギレてた。

 俺と違って、全く臆する様子がない。

 むしろこの異常な状況にもすぐに順応して、周囲を威圧している。

 見た目もイカついし、立ってるだけでそこらの兵士より強そうだ。

 

「まさか、二人……? そんなことが……」


「儀式の失敗か? それとも、暁霊(ルクス)様の意志……?」


「いやしかし、片方はどう見ても、なあ」


 玉座の間にざわめきが広がる。

 神官たちはヒソヒソと声を交わし、兵士たちは俺たちを値踏みするように睨んでいる。


 あの、まず説明してもらっていいですか。

 こっちはまだ現実を受け入れきれてないんで。

 俺が行動を起こせずにいる一方で、真嶋はイラつきながらも堂々と前に出る。


「おい、そこのジジイ。テメェがオレ様をここに連れて来たんだろ? ここはどこだ、テメェらは誰だ。さっさと説明しろ」


 真嶋が威圧的に言い放つ。

 場が一瞬ピリついた気がした。

 沈黙を打ち破ったのは、やはり王様で。


「フハハハハハ! よい、よいぞ! よかろう!!」


 え、怒らないんだ。

 ジジイ呼ばわりされたというのに、むしろ嬉しそうに腹を抱えて笑った。

 いや……なんかこの流れ、見たことあるな。

 そう、「ワシにそんな口をきくとは面白い若者じゃ!」ってやつ。

 主人公がよくやるやつね。

 どうかと思うよ、いきなり失礼だもん。


「勇者……かもしれん二人よ。よくぞ異界より来てくれた」


 王様は玉座から立ち上がり、神官たちに一瞥をくれた後、重々しく語り出す。

 異界、って言ったね。

 やっぱりここは、地球とか日本とかじゃない別の世界なんだ。

 まあ何となく気づいてはいたけど。


「ここはアストレイア大陸、人族(ヒューマン)が生きるこの世界の一角にして、かつて神々と精霊たちが争った地でもある」


「おお……」


 思わず声が出てしまう。

 めっちゃガチっぽいファンタジー世界だ。


「長きにわたる種族を超えた大戦に、我々人族(ヒューマン)は今、疲弊しきっておる。……このままじゃといずれ、我々は滅びるじゃろう」


 周囲の神官たちや兵士たちも、深くうなずいている。


「しかし……我らには希望がある。遠き異界より()()を召喚せよ。さすれば、救われん。――それが、暁霊(ルクス)様のお告げだったのじゃ」


 さっきからちょいちょいルクスって出てくるな。

 この世界の人たちが信仰してる、神様や仏様みたいな存在ってことでいいのかな。


「伝承によれば、勇者は異界より現れ、世界に光をもたらす。魔を打ち払う者なり。と」


 そして王様は、俺たちを見つめる目に力を込めて言い放った。


「伝承には “勇者は二人” など書かれてはおらんが……」


 一拍、置いて。


「一人とも、書かれてはおらん!」


 場の空気が、ピシッと張りつめた。


「ならば試してみればよかろう? もしかしたら、二人とも……何てことも、あるかもしれんしな」

 

 王様はそう言うと、神官たちに視線を送る。

 それに気づいた神官たちはいそいそと何やら準備を始めた。


「ここがどこか、何で呼ばれたか、それはわかった。……試すって言ったが、何をすればいいんだ」


 真嶋がやはり堂々とした態度で尋ねる。


「伝承によれば、勇者とは “この世に存在するあらゆる魔術を一目見ただけで理解し、操ることのできる理外の存在” とされておる」


 王様が威厳ある声で言い放つと、神官たちが重々しくうなずいた。

 おお、魔術のある世界なんだ。

 ファンタジーなら定番だよね。

 勝手に召喚されて迷惑極まりないけど、魔術が……とか言われたら少しわくわくしちゃうな。


「つまり、魔術の()()ができるか否かが勇者の証明になるわけじゃ」


 神官の一人が前に進み出て、手にした杖を構える。


「では、実演いたしましょう。ご覧ください。基礎戦闘魔術『火球(ファイアボール)』!」


 詠唱と共に、杖の先端から橙色の光球がふわりと浮かび上がる。

 火の玉はゆっくりと宙を進み、設置された障壁の板にぶつかって――


 ――ボンッ。


 小ぶりながら確かな爆発音を立てて、空気を熱で揺らした。


「それでは、模倣を。まずは、そちらの赤毛の若者から」


 真嶋がふっと鼻で笑い、片手を前に出す。


火球(ファイアボール)!」


 まるで使い慣れたベテラン魔術師のように、瞬時に発動。

 ズッと低い音を立てて出現した火球は、先ほどのそれとは()()()()()()()()()()()()()()で一直線に障壁を焼き抜き、後方の石壁に焦げ跡を刻んだ。


「な……っ!?」


「模倣どころか、威力が本家を超えている……!」


 真嶋は得意げに腕を組む。

 場の空気を完全に掌握していた。

 そして、俺の番が来た。


 ……俺にもできるのか?


 怖気づく心をなんとか押し殺して、火球を発動させた神官の方を見る。


 その瞬間――。


「……う、お」


 まるで、脳に直接情報が流れ込んできたような感覚があった。

 体内に流れる魔力の操り方、生成手順、燃焼圧縮のコツまで。

 まるで()()()()()()()()()かのように、手順が分かってしまった。


「これが、勇者の力……?」


 なにもしなくても理解できる。

 まるで自分の知識だったかのように、自然に思考が魔術に馴染む。

 震える指先を前に出して、魔力を流し、詠唱する。


「……火球(ファイアボール)


 ぽふっ。


「えっ」


「ッハハハハハハ!!」


 真嶋が腹を抱えて爆笑した。


「おいおい、なんだ今の! 冗談だろ!? ロウソクの火より小せーよ! ヒャハハハハ!」


 床を叩きながら笑い転げている。

 神官や兵士たちは表情を引きつらせ、誰も止めようとしなかった。


「……模倣は、成功……しております」


 神官の一人が絞り出すように言う。


「しかし……この威力では……」


「……たまたま火炎系の魔術が苦手だっただけでは?」


「う、うむ。念のため、他の系統も試してみるべきかと……」


 神官たちがひそひそと話し合い、王の許可を得ると、次々と別の魔術が実演されていった。


水球(アクアスフィア)!」


 ぽたっ。

 出たのはビー玉サイズの水滴。


風刃(ウィンドカッター)!」


 ぴゅ。

 干からびたくしゃみみたいな空気の渦。


回復(ヒール)!」


 真嶋に殴られた患部の痛みが軽くなった、気がする。


解錠(ロックブレイク)!」


 鍵穴がカタカタ震えるだけ。


 ……全部これだ。


 魔術をコピーすることはできる。

 仕組みも手順も使い方も、見ればわかる。

 でも出力も、範囲も、精度も、とにかく何もかもがコピー元の超絶劣化版。


 気づけば、その場の全員が苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 ただ一人、真嶋はとっくに飽きたのか大あくび。

 俺は、場に渦巻く失意と諦念を一身に受け、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

「ふむ……なるほどな」


 その沈黙を破ったのはやはり王様。

 椅子にどっかりと腰を下ろし、顎を撫でながら俺と真嶋を見比べた。


「そちらの赤毛の――」


「――真嶋だ。真嶋 源」


「マシマ殿。その力はまさしく伝承に記された()()()()そのもの。あらゆる魔術を自在に扱う奇跡の力」


 視線が俺に向けられる。


「そして……」


「神谷、悠斗です」


「カミヤ殿の力は……模倣は可能なものの、発動する魔術がすべからく極端なまでに弱くなる、か」


 ああ、そうだよ。

 分かってたさ。

 転移してきたその瞬間から、なんとなく、もう分かってた。

 隣にいたのが真嶋だった時点で勝負はついていたんだ。


 ケンカ最強の不良で、妙にカリスマがあって、仲間も彼女もいる。

 おまけに勉強もやればできるタイプ。

 ……そいつが異世界転移したら? 

 そりゃあ、世界を救う勇者に決まってる。


 じゃあ俺は?

 人並み以下の運動能力。

 平凡な成績。

 交友関係も薄くて、もちろん恋人なんていた試しがない。

 取り柄も華もない、ただの凡人。


 きっと、たまたま近くにいたせいで、巻き込まれただけなんだ。

 俺はこの召喚劇にとって、真嶋源という本命の()()()だったんだ。


「ふむ、まあ……せっかく来てくれたのじゃ。もしかすれば、今後その力が覚醒することもあるかもしれん」


 そこまで言うと王様は手をパンパンならす。

 すると脇から黒い執事服を着た壮年の男が現れた。


「召喚された勇者殿には今後、一ヵ月半の()()()()を受けてもらうんじゃったな?」


「はい、その予定でございます」


「よし、それではあちらの……ええと、なんじゃったか……。カシマ殿? も同じ生活を一旦は送ってもらうこととしよう」


「……承知いたしました」


 カシマじゃなく神谷です、なんて訂正する気すら起きない。

 王様の言葉に、場が微妙な沈黙に包まれる。

 神官や兵士たちが、こちらを見ながらひそひそと話しているのが聞こえてきた。


「勇者様って、来賓扱いだったよな?」


「当然だろ。部屋も食事も最上級の待遇だよ」


「……アイツも?」


「さすがに、あれは……いやでも、一応まだ勇者の可能性もあるのか?」


 うっすらとした笑い声すら交じっていた。

 そうして俺の、異世界での地獄が幕を開けた。

第1話、まずは目に留めて、読んでくださり本当にありがとうございます。


必ず最後まで書き切ります。


何卒、よろしくお願いいたします!

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「伝承には “勇者は二人” など書かれてはおらんが……一人とも、書かれてはおらん!」 お、この王様良い奴か? 「魔術の模倣が勇者の証明」 あ、あかん。 と思ったけど一応いきなり没勇者されないのは優しか…
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