不老不死の肉体
とある夜。けたたましいブレーキ音が反響して間もなく、その建物のドアが激しく叩かれた。
「開いている」と博士が口にしようとしたその瞬間、鍵がかかっていないことに気づいたのだろう、男は勢いよくドアを押し開け、荒々しい足音を響かせて、部屋の中へと飛び込んできた。博士はそっと口を閉じ、男に目を向ける。
「は、博士! ついにやったんだな!」
男の額は濡れていた。それが汗なのか、それとも風呂上がりに体も拭かずに駆けつけたせいなのかはわからない。もしかすると、入っている最中だったのかも。あるいは、女でも抱いていたか。
博士はそれについて訊ねず、無表情のまま頷いた。
「……ああ、完成した。注文通りのものが、な」
男は名の知れた実業家だった。派手な生活を好まず、質素で堅実な暮らしぶりから倹約家として知られていたが、その評判は、彼が博士の研究に莫大な資金を投じていた結果に過ぎない。高級車や時計よりも何よりも、彼には欲していたものがあったのだ。
獣のようにぎらつく目が、博士の隣の机へと吸い寄せられた。
「それか……それが、そうなんだな! 不老不死の薬なんだな!」
不老不死の薬。博士からついにその完成の報せを受け、この夜、男は飛んできたのだ。
男は博士を押し退け、机の上の小瓶を掴むと、そのまま蓋に指をかけた。だが、博士は慌てて制止した。
「待て、落ち着け」
「なんだよ、博士……。こいつを飲むだけで、永遠に生きられるんだろう?」
「そのとおりだ。ただし……開発者として、いくつか副作用を伝えておかねばならない」
「副作用? どんなだ?」
男は苛立たしげに足を鳴らした。わざわざ水を差すような真似をするな……と。
博士は小さく咳払いし、淡々と語り出した。
「まず、二度と眠れなくなる」
「眠れない?」
「そうだ。眠りを必要としない身体になるからな。当然、夢を見ることもできなくなってしまう」
男はポカンと口を開けたが、すぐに鼻で笑った。
「……は? 夢? そんなことか? 夢なんてどうでもいい。しかも、それって眠らなくても疲れなくなるってことだよな? むしろ時間を有効に使える。いいことじゃないか、はははは!」
「まだある。老化はしないが、痛みも疲労も、一切感じなくなる」
「……それのどこが欠点なんだ? ああ、怪我しても気づかないってことか。不死なんだから、問題ないだろう」
「いや、怪我自体しなくなる。肉体は極めて頑強になり、何者にも傷つけられなくなるだろう……」
「おいおい、なんだよ。脅かしておいて、結局いいことづくめじゃないか。もういいよな?」
「そして……最も重要なのは心の変化だ。永遠に生き続けることで、やがて感情が――」
「鈍るんだろ? 喜びも悲しみも、愛も憎しみも何もかもが色褪せていく。大切な者との別れにすら、何も感じなくなる。それが不老不死の代償……ありがちな話だ。フィクションで散々聞いたよ。くだらない、ははははは!」
男は高らかに笑った。これはフィクションではない。不老不死が現実に、この手の中にある……! そう思うと興奮を抑えられなかった。
「現実に永遠の命が手に入るなら、何だって構わない。そんなことよりも、この薬を飲んでも若返るわけじゃないんだろ? だったら急がないとな。これ以上年食うと、女を口説くのに手間がかかるだろうからな」
そう言うや否や、男は瓶の蓋を開け、中の液体を一気に飲み干した。
そして――。
「『そして、彼の肉体は変化した。不老不死の薬は普通の人間には耐えられないためだ』だって! あはは! この説明文、嘘だよね?」
「でも、すごく精巧な像。まるで生きてるみたい……」
数百年後。とある博物館で彼は生き続けている。
そして、これからも――。