7話 落ち着かない夜
馬ってこんな感じだったようなと思わせる姿の魔物。
魔物は、獣の姿をしている事が多いって聞くけど、本当だったなんて。
「えっと、浄化の祈り? 浄化の祈りってなんだろう」
とりあえず、浄化の祈りを。
この魔物は、悲しい生き物。だから、せめて、その悲しみを浄化してあげたい。
世界に祈っている間は、どんな攻撃も通用しないのかな。魔物が、突進してきたのに、透明の壁でもあるかのように止まった。
祈っている間は、安全とは聞いていたけど、こんなふうになるなんて。実際に見たのは初めてだから、驚いた。
浄化の祈りが伝わったのかな。魔物が真っ白い光に包まれる。
黒い魔物が、真っ白くなって消えるのは、悲しみが浄化されているからだと思いたい。
「……シェミーリム、君って本はどのくらい読む? 」
「えっと、結構読んでいるよ? 」
「なら、最近巷で流行りの冒険物も読んでるのかな? 」
「うん。それは少しだけだけど」
それがどうかしたのかな。
巷で流行りの冒険ものといえば、主人公が、仲間と一緒に、冒険しながら、敵を倒していくような話。ライバルとか、魔物とか。
「君って絶対向かないよね? 僕も人の事言えないけど。今の魔物って、かなり危険度の高い魔物だよ? ああいう冒険物だと、かなり苦戦して、主人公が覚醒して、それで倒すくらいの」
「そうなんだ」
ちょっと、ヴェレージェが言いたい事が分かってきた気がする。
「それを浄化魔法で瞬殺って。絶対、巷で流行りの冒険物の主人公には向かないよ」
「そうかもしれないけど、そういうののためにやってるわけじゃないから。ヴェレージェだってそうでしょ? 」
「そうだけど。こういう、結果的に世界を救いましたとかっていうのは、物語として後世に伝わる事もあるから。そうなったら、見せ場とかどうするんだろうね? 」
ない気がする。
流行りの冒険ものを考えれば、なんの苦労もなく、ただ祈るだけで敵を倒すなんて、見せ場じゃないから。
もっと、苦戦して、それで、仲間が颯爽と助けに入って、とか。そんな見せ場、わたしには作れそうにない。
「で、でも、世界征服の計画を阻止しましたって、後世に残すとすれば、そこが見せ場になるんじゃない? こんなふうに、悪い計画を阻止したんだって」
「そうかな? 見せ場としては薄い気がしなくもないけど……あっ、いっその事、僕と君の恋愛とかで見せ場を作る? 冒険中に、恋に堕ちました的な。その方がまだ、見せ場できるんじゃないかな」
そうかもしれない。見せ場に出来なさそうな、解決法ばかりになるなら、そっちの方が、見せ場としてはあるのかもしれない。
って、なんで、わたし、のちに物語として受け継がれて良いように見せ場とか考えてるの?
脚色とかすれば良いんだから、考える必要ないでしょ。
それに、この、解決に行っているのとか、恋愛要素とか、誰も見てないなら、書きようがないでしょ。自分で書くんじゃないんだから。
「そもそも、今のこれがそのまま伝わるわけでもないんだから、考える必要なんてないよ」
「あれ? シェミーリムは知らない? 全てを見ている樹だか、聖獣だかが、後世に残すために、ありのままを描くって話。だから、僕とシェミーリムのこれも、ありのままを描かれる事になるんだよ? 」
そんな話があったなんて。でも、脚色とかしないなら、別に、そういうのを求めて見ていないと思うんだけど。それは、普通に歴史書として見ると思う。
それなら、別に、見せ場なんてなくても。
「あっ、クゥロレボから連絡きた」
『出たな。まずは、お疲れさん。今日は寝泊まりするところ決まってんか? 』
そういえば、もうすぐ夜になる。そろそろ、寝る場所を考えないといけないかもしれない。
「野宿する予定」
『そうか。次の異変の情報を仕入れた。地図を送る。幸運を』
「うん」
次はどこなんだろう。
――……て……に……です。
世界が何か言ってる。声は良く聞こえないけど、言ってる事は理解できる。祈りの時も、そういう感じなんだ。
今回は、泊まる場所がなければ、家に帰れば良いって。そんな感じの事を言ってた。
家に帰るのは、わたしが身につけてる指輪があれば帰れるらしい。これって、もしかしなくても、転移の魔法具なのかな。
「ヴェレージェ、これがあれば、野宿しなくて大丈夫だって。それに、好きな場所に行けるから、歩く時間も減る」
「そうなの? でも、僕も一緒にいて良いの? そこって、世界が君に用意した神聖な場所なんじゃない? 」
「うん。そうだけど、ヴェレージェは良いんだって。それに、ヴェレージェのお友達の王子様も良いって言ってた」
いるだけで良いって言っていた話と何か関係があるのかな。ヴェレージェとそのお友達の王子様も、世界の大事な人とか。
色々と分からない事は多いけど、遅くならないうちに帰って、明日に備えないと。
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祈りを捧げれば、帰れた。わたしが祈りを捧げるのは、魔力を使っているからなのかな。
「ここがシェミーリムの……本当に、神聖な場所って感じが漂ってる」
「そうなのかな? ずっとここにいるからか、分かんなくて」
わたしにとっては、便利な家くらいにしか思った事がないから。神聖な場所だとは知っていても、そんな感じがするとは知らなかった。
「部屋はここを自由に使って。部屋にお風呂とかあるから。わたしは、隣の部屋だから。おやすみ」
「うん。おやすみ」
わたしは、自分の部屋に入った。
やっぱり、自分の部屋が一番落ち着く。まだ眠くないから、本でも読もうかな。
ヴェレージェと話していて、冒険ものを読みたくなっちゃった。
恋愛系も良いけど、それはまた今度にする。
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「もうこんな時間」
もうそろそろお風呂に入って寝ないと。本を読んでいると時間を忘れて楽しんじゃう。
明日も色々と動かないといけないと思うから、早くお風呂に入ってきて寝よう。
ご飯も食べないと。本を読む前に全部しておけば良かった。
まだそんな時間じゃないからって思わないで。
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お風呂も入って、あとは寝るだけになったけど、色々とありすぎて、中々寝付けない。
落ち着く場所のはずなのに、全然落ち着いてない。お風呂に入るまでは落ち着いたんだけど。
明日のために疲れを取らないとって思えば思うほど落ち着かなくなってくる。
いっその事、明日の事なんて何も考えなければ良いのかな。
「……寝れない」
いつもすぐに寝れるのに。なんで、今日はこんなに寝れないんだろう。寝るのに良い方法とか何かないのかな。
「……」
ヴェレージェは、もう寝てるのかな。こんな時間に行くのは悪いから、行きはしないけど。
「ふぁぁぁ……」
あくびは出るから、眠いんだと思う。なのに、寝る事はできない。
寝れないなんて考えず、目を閉じて何も考えないでいよう。それだけでも、きっと、少しくらいは疲れが取れると思うから。
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どうして世界が、彼女の側にいる事を許してるんだろうか。僕は、彼女のように、世界のために動くなんてできないのに。
まあ、こっちの方が都合は良いんだけど。
「……全部、今は見ないようなものばかりだ」
家具も、全部昔の作り。今とは技術が違いすぎる。
昔の方が技術が高かったとは聞いていたけど、こんなにも違うとは。今では不可能なものばかり。
色々と本が置いてあるけど、魔法に関する本は一冊も置いていない。だから、魔法について詳しくなかったんだ。
「……シェミーリム。世界が選んだ姫……本人の意思がどうであろうと、各国は要注意人物としている……」
彼女がどうするのか。それを見てから、どう動くか決める方が良いのかな。今は、彼女に付き合おう。
彼女がいなければ、僕の目的は達成できないから。彼女に、警戒されないようにするためにも。
「失敗すれば、僕は……」