5話 情報屋
やっぱり、王都は、かなり栄えている。人が多くて、一度逸れれば見つからないかもしれない。
「大丈夫? 人が多い場所慣れてないんじゃない? 」
「うん。慣れてない。これって逸れたら、どうなっちゃうんだろう」
「……手」
「えっ? 」
「繋いでいれば、逸れる心配も少なくなるから」
誰かと手を繋ぐなんて、初めてかもしれない。
あっ、幼い頃にはあったかも。確か、好奇心旺盛で、元気な男の子と手を繋いだ事がある。
「あっ、シェミーリムって、こういう辛いお菓子好きじゃない? 昔は、好きって言っていたけど、今は違うかな? 」
「ううん。好きだよ」
好みまで知ってる。わたし、ヴェレージェにそんな事話していたのかな。
そんな事話した人って、記憶にある限り一人だけなんだけど。
手を繋いだ男の子。もしかして、ヴェレージェがその男の子なのかな。
「そういえば、どこに向かっているの? 」
「どこだと思うって楽しくクイズも良いけど、話しているうちについちゃうかも。情報収集なら、こうして歩きながら、話し声を聞いているのとか、情報屋に行って、情報を買うとかなんだ」
「じゃあ、情報屋に向かってる? 」
「うん。僕が贔屓にしている情報屋が近くにあるから、そこへ行こうと思って。この前頼んでいたから、そろそろ何か情報を得ているかもしれないから」
情報屋……なんだか、怖いイメージがある。
情報屋と怪しい組織とかってイメージ。普通の人は知らない場所っていうのが、そのイメージをさせている。
「ついた。ここに入るよ」
普通の飲食店。やっぱり、わたしが知っているような、あの、合言葉とかなのかな。
「らっしゃい。って、ヴェレ坊じゃんか。きょおはどうしたんだい? 」
「いつものを。今日は可愛い連れがいるから、飲み物も頼めるかな? 」
「あいよ。いつもの特別席で」
「うん」
もしかして、いつものが合言葉なのかな。特別席が、情報屋のいる部屋に繋がっている場所への案内で。
**********
薄暗い廊下。やっぱり、特別席ってそういう事なのかな。
「気をつけて。ここ、段差があるから」
「うん」
扉だ。この扉を開けば、怖い情報屋の人がいるのかもしれない。
「この前ぶり。クゥロレボ」
うん。予想通りすぎる怖イケ。怖そうなイケメン。
「おお、あの情報なら、いくつか仕入れといたぜぇ。今日は可愛らしい嬢ちゃんが一緒だなぁ」
「うん。誰かは、言う必要ないけど、分かっているのかな。情報屋なら、彼女の事くらい、知っているんでしょ? 」
「おお。シェミーリム嬢。この前、あの組織の連中に連れ去られたちゅぅ話を仕入れてるが、逃げられたんだなぁ。さすがは、世界に愛される姫っちゅぅ事か」
そんな情報まで知っているなんて。
「えっ、そうなの? 大丈夫だった? 怪我とか……ううん。君にそんな手荒な事はしないのかな」
「うん。広くて綺麗な部屋の中に監禁されそうになっただけ。妖精になって逃げたけど」
隠す必要なんてないから話した。そもそも、隠しても、全部知られると思うから。
ヴェレージェは驚いていたけど、情報屋の人は、驚いているようには見えない。
「フハッハハハ。まさか、そんな方法で逃げ出したとはなぁ。嬢ちゃんには感謝しないとちゅぅ事になるな。あのおかげで、組織のアジトを見つけ出す事ができたから」
えっ、そんな重要な情報を手に入れていたなんて。というか、それが、わたしのおかげだったなんて。わたしは、逃げるのに必死で、道なんて考えてもなかったけど。
でも、どうして、わたしが逃げ出したから、アジトを見つけ出す事ができたんだろう。それは、不思議だけど、情報屋が、情報源を教えるなんて事はしないと思う。
「場所は、地図を渡す。この国の中にあるから、ヴェレ坊には、見つけ出すんは、簡単だろぉ。だが、場所が分かったからと言って、すぐに行く事はやめた方が良い」
「そのつもりだよ。もっと、計画についても情報が欲しい。確実に止めるために」
「慎重だなぁ」
「当たり前だよ。失敗なんてできないから。一度失敗すれば、僕の存在を知られれば、止めるなんて事はできない。止められないだけなら良いけど、彼と一緒に暗殺なんて事にもなりそうだから」
笑顔で物騒な事を言ってる。でも、そうだよね。あれだけ慎重な組織なんだ。
失敗だけじゃない。存在を知られるだけでも、危険人物とみなされれば、消されるかもしれない。
わたしは、利用しないといけないから、手荒な真似はしないって言っていたけど、ヴェレージェは違うかもしれないから。
「それ以外にも情報はある? 」
「隣の街。何か騒がしい」
「騒がしい? 」
「彼は、異変や危険な場所が、騒がしくなるらしいんだ。そこへいけば、何かある事が多いから、気をつけた方が良い」
もしかして、世界征服の計画によって、危険な状況にあるのかもしれない。
それなら、放ってなんて置けない。
「わたし、そこへ行きたい」
「うん。他の国も平和が良いのは変わりないけど、他でもないこの国の異変なら、解決しないと」
ヴェレージェは、本当にこの国を愛してる。でも、他の国も、平和であって欲しいと思ってる。こんな人が、多ければ、世界は平和なのかな。
「同じように騒がしい場所は、各地にある。これを持ってけ」
「これは? 」
「かつての天才姫が作ったとされる、小型連絡魔法具ちゅぅもんだ。これで、場所を教える。世界征服なんてさせられないちゅぅんは、自分らも同じだ。できる限り支援はしたる」
連絡魔法具ってかなり高価なものだと思うんだけど。情報屋って、お金にがめついって感じだと思っていたけど、違うみたい。
こんな高価なものをくれるなんて。
でも、それだけ、世界征服の計画を止めたいって事でもあるんだよね。
「……そういえば、隣町って、君の恋人がいる町じゃなかった? 今もいる? 」
「いる。心配は心配だが、仕事がある。それに、下手に助けに行って、アイツの存在が知られれば、利用されかねん」
「恋人って、茶髪ショート、紅色の瞳。身長は、平均より少し高いくらい。元気でおてんば。だったよね? いつも世話になってるから、僕がついでに伝えてくるよ。ローブでも着てもらって、合言葉さえ言えば、普通の客にしか思われないだろうから」
恋人のために、心配でも会いにいけないなんて。それも、こんな状況。情報屋なんてしているから、余計に心配するのかもしれない。
「感謝する。情報量はタダ。ついでに、うちの自慢な料理でも食ってけ」
「ありがとう。なら、それこそいつものでも頼もうかな。ここの定食が一番好きなんだ」
「じょぉちゃんはどうする? メニューを知らないと、選べないか」
「ううん。わたしも、その定食にする」
ヴェレージェの作ってくれた料理は美味しかった。それに、王族って、いつも良いものを食べているんじゃないかな。ここはかなり裕福な国だから。
だから、そんなヴェレージェが美味しいって言う定食は気になる。他のもあるのかもしれないけど、多分、メニューを見てもそれを選ぶと思う。
「じょぉちゃんは本当に、素直で良い子だ。これなら、見せても大丈夫かもしれん」
変化魔法を使っていたんだ。怖イケの三十代くらいだと思っていたら、ちょい怖イケの二十代前半みたい。
「改めて、自分はクゥロレボ。よろしくなぁ。じょぉちゃん」
「うん。よろしく。えっと、わたしは、知っているみたいだけど、シェミーリム」
「そろそろ定食が運ばれてくる。ヴェレ坊と同じが良いらしいから、デザートもつけとく」
「ありがとう」
そういえば、クゥロレボの発音ってかなり独特。どこ出身なんだろう。聞いたところで言わないだろうけど。