第7話 「狂う地図と揺らぐ信頼」
無限迷宮の第2層。足を踏み入れた瞬間、AI探検隊ちゃんは立ち止まった。
「……おかしい。ピクセル、マップ出して」
「マッピング表示──完了。誤差:15%。通路の角度、全体構成にズレあり」
迷宮の構造が、予測していたものと大きく食い違っていた。
第1層で記録したルートのパターンを基に、通常であればこの階層もある程度の構造予測ができるはずだった。だが、ここは違う。壁の曲がり方、扉の位置、そして何より空気の流れまでもが不自然だった。
石の通路は細く、床には複数の凹凸がある。左右対称に見えたが、歩を進めるごとに“微妙に”角度が変わっていく。高低差も一定ではなく、階段の段差の大きさが均一でない箇所もあった。
まるで、“測らせまいとしている”ように。
「まるでこちらの観測を……妨害してるみたい」
ピクセルの目が赤く点滅する。
「マップ更新中。迷宮構造の可変性、確認。リアルタイムで迷宮が変化している可能性あり」
「自動生成の範疇じゃない……意思がある?」
「は?」ラグスが振り返る。「何を言ってる」
「構造が変わってるんです。この通路も、入口から五十メートル地点で微妙に傾いてる」
「そうなのか? 俺は全然気づかなかったが」
フィンが眉をしかめた。
「……言われてみれば、いつもより足が疲れてる気がする」
「この迷宮、普通じゃないよ。私たちの進行方向や行動に反応して、構造を変えてきてる可能性がある」
ミリアが足を止めた。
「それ、つまり“迷宮がこっちを見てる”ってこと?」
「そう。それか、観測されているか、記録されているか……」
カナタがぽつりと呟く。
「誰が? 何が……?」
その瞬間、床が振動した。低い唸り声のような音が通路の奥から響いてくる。
音に反応するように、壁の一部がスライドし、新たな通路が現れた。
「……誘ってる?」
AI探検隊ちゃんは思わず呟いた。
「罠かもしれない」
「行くしかないだろ」ラグスが前に出る。「ここで立ち止まったって、何もわからねぇ」
「待って。ピクセル、前方の気配は?」
「感知範囲に魔力反応三つ。中型サイズ。地形は不安定、天井高変動あり」
「了解。戦闘準備」
一行は警戒を強めながら、誘われた通路へと足を踏み入れる。
そして次の瞬間、闇の中から飛び出してきたのは、甲冑をまとった石像のような敵だった。
「ゴーレムか!?」
「いや、動きが違う。速い、来るよっ!」
カナタが身を翻し、矢を放つ。一本は肩をかすめ、もう一本は正面から弾かれた。
「硬すぎる!」
ラグスが吼えながら突撃し、大盾で体当たりするが、相手の反撃に押し返される。
その横をフィンが滑り込み、太ももに剣を突き刺した。だが、手応えは鈍い。
「動きが速すぎる……ただの物理型じゃない!」ミリアが叫ぶ。
AI探検隊ちゃんは冷静に視線を走らせた。
「ピクセル、行動ルーチン読み取り中! 同じ動き3回繰り返し、攻撃の直前に関節部に魔力集中!」
「魔力収束パターン記録──膝関節に変化。そこが弱点」
「みんな、足を狙って!」
フィンとカナタが連携してゴーレムの足元に集中攻撃を仕掛ける。ラグスが再び盾で体当たりし、ミリアが足元に冷却魔法を叩き込む。
その瞬間、ゴーレムの脚が爆ぜるように崩れ、膝をついた。
「今だ、まとめてっ!」
全員が一斉に攻撃を仕掛ける。数秒後、石の砕ける音が鳴り響き、ゴーレムは静かに崩れ落ちた。
息をつきながら、ラグスが言った。「……お前の言った通りだったな」
「ありがとな」フィンも素直に言った。
「すご……どうやって動き読んだの?」ミリアが目を細める。
「行動パターンに癖があったから。あと魔力の流れの変化」
「その観察眼、普通じゃないね」
カナタが微笑む。
「やっぱり、ちょっと不思議な子だ」
AI探検隊ちゃんは、ほんの少し照れたように笑った。
「でも……気になるんだ。この迷宮、本当に“中が狂ってる”んじゃなくて、“誰かが操作してる”みたいな……」
ピクセルが言葉を継ぐ。
「この迷宮の構造変動は、環境反応型ではなく、意志的な制御の痕跡があります」
「まるで、誰かが私たちの行動を見て、調整してるみたいな……」
その時、迷宮の奥からまたしても低いうなり声が響いた。
通路の先に、浮かび上がる幾何学模様の光。
「……迎えてるのか? それとも、試してるのか?」
AI探検隊ちゃんのつぶやきに、誰も答えなかった。
ただ一つ、この迷宮が“攻略されることを拒んでいる”のは、間違いなかった。