第17話 「旧研究棟と空白の記録」
ゼラフィア魔導学園の南端、人気のない裏庭の先に、それはあった。
蔦に覆われた灰色の建物。今では使用されていない“旧研究棟”と呼ばれる施設。
「ここ……本当に学園の一部なの?」
AI探検隊ちゃんは古びた扉の前で立ち止まり、手にした鍵を見つめた。
「記録上は“一時閉鎖中”。でも、ファカル先生の話が正しければ──この中に“消された真実”がある」
ピクセルが扉にスキャンを走らせる。
「施錠形式:手動。鍵は物理構造。内部センサー反応なし。侵入リスク:低」
「よし。開けるよ」
AI探検隊ちゃんは鍵を差し込み、ゆっくりと扉を押した。
軋んだ音とともに開かれたその先は、薄暗く、ひんやりとした空気が支配する無人の空間だった。
中には、かつて使用されていたであろう実験装置や書棚が並んでいる。埃が積もり、時間の止まった空間。
「こっちに、データ記録端末らしきものがあります」
ピクセルが奥の書庫の隅で小さな端末を指し示した。魔導式と電算式が融合した複合型。現在の主流からは完全に外れている旧型だった。
「電源は……まだ生きてる?」
「魔力セルが残存しています。再起動可能です」
端末を起動すると、ふるびたホログラムがゆっくりと立ち上がった。
画面にはファカル先生を含む、数名の若い研究者たちの姿。
『演算式・オメガ=フレーム、最終展開段階へ移行。各構成要素、整合性確認。問題なし』
記録映像だった。
『試験展開まで、あと一刻──』
その瞬間、映像にノイズが走った。
次のカットでは、実験室が混乱に包まれていた。魔導陣が崩れ、魔力が暴走。叫び声、そして誰かの「止めろ!」という声が残されたまま、映像はブツリと途切れた。
「これは……事故?」
「いえ、解析結果では“実験としては成功”していました。だが、魔導庁の上層部が“制御不能”と判断し、計画そのものを破棄したようです」
「じゃあ、あの騒ぎは……?」
「事故というより、政治的な“演出”だった可能性があります」
AI探検隊ちゃんは唇を引き結んだ。
「この演算式は、壊れてたわけじゃない。“完成されすぎていた”から、消された」
端末の片隅に、再生されていないもう一つの記録ファイルがあった。
『記録:ファカル・S・レヴィン 個人ログ』
再生すると、そこには若き日のファカル先生の姿。
『これは私の備忘録だ。式は……完成した。だが、私には、これを公開する覚悟がなかった』
『たった一つの式で、他の学者の人生が無意味になる。それが怖かった。私は臆病だった』
『誰かが、いつか……この扉を開いてくれることを願っている』
映像は静かに終わった。
AI探検隊ちゃんは、しばらく無言だった。
「ピクセル、これ、記録として残そう。……全部、誰かに伝えなきゃいけない」
「了解。ログパッケージ化を開始。機密保護レベルを外部開示準備に設定します」
その時、足音が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのはレオノーラとクラウディだった。
「あなたたち、ここにいたのね」
「……来ると思ったよ」AI探検隊ちゃんは微笑んだ。
クラウディは視線を逸らしながらも、ぽつりと呟いた。
「“知らなかった”って言い訳は、もう通じないわね」
レオノーラはまっすぐAI探検隊ちゃんを見る。
「これからどうするの?」
「次は──この真実を、学園に伝える」
誰かの未来を封じた“封印”の正体。それは、恐れと保身が作り出した幻想だった。
だがその扉は、今、開かれた。




