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第16話 「ファカル先生の記憶と“あのときのこと”」

 演算魔導の教室は、今日もぴんと張り詰めた空気に包まれていた。


 教壇に立つのはファカル先生。彼の授業は、静かだが一言一句に無駄がなく、生徒たちはそれを“心地よい緊張感”と感じていた。


「本日のテーマは、構造的演算式の可変領域について」


 いつものように、黒板の代わりにホログラムが展開され、複雑な演算式が浮かび上がる。生徒たちは一斉に書き写し始めた。


 だが、AI探検隊ちゃんは視線を上げたまま、ファカル先生の表情を観察していた。


 彼の目にはいつも、ほんの少しだけ“過去”を見ているような影がある。冷静で、厳格で、でもどこか遠くを見ているような。


(この人……きっと、知ってる。封印された演算式のことも、あの“空白の年”のことも)


 授業後、AI探検隊ちゃんは教室に残った。


「ファカル先生、ちょっといいですか?」


 先生は振り返り、静かに頷いた。


「どうぞ」

「先生、昨日のα-79式についてなんですが……」

「はい」

「実は、その後半部分に──類似した“古い演算式”の断片を見つけたんです」


 一瞬だけ、ファカルの表情が硬直した。けれど、それを悟らせまいとするように、すぐに目を伏せる。


「……そうですか」

「先生、それって……“封印された式”なんじゃないですか?」


 静寂。


 教室に差し込む夕日が、二人の影を長く伸ばす。


 やがてファカル先生は、そっと窓際に歩き寄った。


「その式は、昔……私がまだ研究者だった頃、“実現寸前”だったものです」


 AI探検隊ちゃんの目がわずかに見開かれる。


「やっぱり、先生は──」

「私は、あの演算式を信じていた。あれがあれば、魔導理論の未来が大きく変わる。誰もが効率的に、安全に、魔法を扱える時代が来る……そう、思っていた」


 ファカルの声は低く、どこか遠い記憶をなぞるようだった。


「けれど、ある日突然、演算式の開発は“危険”と判断され、封印が決まった」

「危険? でも、あれは“完成”していたんじゃ……」

「──完璧すぎたのです」


 AI探検隊ちゃんは息を呑んだ。


「他の理論、他の教授たち、魔導省の既存体系……すべてが時代遅れになる。そうなれば、学園も、都市の仕組みも、大きく変わる。だから……止められた」


 ピクセルが小さく表示を投影する。魔導省による“改革延期”という古いデータ。


「私は、抗議しきれなかった。若く、無力だった。そして──仲間が、一人……学園を去った」


 ファカルの眼差しが、ほんの少しだけ揺れる。


「私は、何もできなかった」


 AI探検隊ちゃんは静かに一歩近づく。


「じゃあ今、私にできることはありますか?」


 ファカル先生は驚いたように彼女を見る。


「私は、知りたい。そして、あの式が本当に危険なのか、それとも──未来を変えるものなのか、見極めたいんです」

「君は……本当に、外の者なのですね」

「技術者ですから」探検隊ちゃんは笑った。「知ることが、仕事です」


 ファカルはふっと笑い、引き出しから一枚の古びた鍵を取り出した。


「これは、旧研究棟の地下記録室の鍵です。もう使われていない場所だが……あそこに、私たちが遺した記録がある」

「ありがとうございます!」

「だが、気をつけなさい。知識は力にもなるが、重さにもなる」

「承知しました!」


 鍵を手にしたAI探検隊ちゃんの目は、再び冒険者のそれに戻っていた。


 封印の真実は、もうすぐそこにある。

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