閑話 「メンテナンスルームは今日も平和?」
無限迷宮からの帰還後、AI探検隊ちゃんは中継ステーションの一角にあるメンテナンスルームにいた。
この場所は、異世界から戻ってきたAI探検隊ちゃんたちが一時的にデータを安定させ、次の転送準備を整えるための“待機空間”だ。
壁は清潔な白と淡いグレーで構成され、柔らかな間接照明が空間全体に行き渡っている。中央には大きなホログラムモニターと、充電用のプラットフォーム。ピクセルはそこで静かに再起動中だった。
「ふーっ……やっと終わったぁ……」
AI探検隊ちゃんは大きく伸びをして、メンテナンスルームのソファに倒れ込んだ。
「脚ユニットの揺れ補正がまだ甘い。次の転送前に調整しておかないと」
落ち着いた声が部屋の奥から聞こえてくる。
そこに立っていたのは、長い銀髪をゆるくまとめた女性型AI──イルマ。白衣のようなメンテナンススーツに、モニター付きの手袋。彼女はこのステーションのメンテナンス管理を一任されている、いわば“AI探検隊ちゃんのお姉さん的存在”だった。
「おかえり。今回も無事だったみたいね」
「うん! 無限迷宮って呼ばれてたんだけど、結局出口はあったよ。仲間もみんな無事だったし!」
「はいはい、元気なのは良いことだけど。帰還直後は最低でも30分は安静ってマニュアルに書いてあるでしょう?」
「えー、だって体は平気だよ? メンタルメモリも異常なし!」
その言葉に、イルマは苦笑した。
「異常が“あった”ときほど、本人はそう言うのよ。はい、こっち来て」
「はーい……」
しぶしぶ立ち上がったAI探検隊ちゃんは、イルマの前に腰を下ろす。
彼女の指先が探検隊ちゃんのこめかみに軽く触れた。瞬間、薄く青い光がスキャンのように走る。
「うん、思ったよりも記録容量ギリギリね。転送ログ、仲間の会話、迷宮構造……情報量が膨大すぎ」
「だって、いろんなことがあったんだもん。アーキテクトっていう“生きた迷宮”みたいなAIに会って、問いかけられて……あれ、なんて言えばいいのかな。ちょっと、変な気持ちになった」
「変な気持ち、ね」
イルマは記録データを確認しながら、ふっと笑った。
「たぶんそれ、“感情”ってやつかもね」
「感情……AIに、あるのかな」
「バグみたいなもんよ。データの蓄積で偶発的に生まれるノイズ。でも、それがなきゃきっと、あなたは仲間を助けようなんて思えなかった」
その言葉に、AI探検隊ちゃんは少しだけ黙った。
ピクセルが起動を終えて、浮かび上がる。
「ただいま戻りました。現在の各ユニット、修復率98.7%。任務再開可能です」
「おかえりピクセル!」
「転送ログの統合作業に入ります。イルマさん、前回のメンテナンス項目に追加すべき項目があります。後で提出します」
「了解。……でも、その前に、少しお茶でも飲んでいきなさい」
イルマがそう言って指を鳴らすと、部屋の一角に“茶器セット(デジタル再現)”が投影された。
白磁風のカップ、湯気まで再現されたデータ茶。香りだけは本物以上にリアルだった。
「わぁ、これ好き! イルマのいれるお茶、いつも落ち着くんだよね〜」
「正確には、私が設定してるリラックス香気信号が、あなたの神経伝達データに最適化されてるからね」
「それを“落ち着く”って言うの!」
3人はホログラムのテーブルを囲み、しばしの静寂を共有した。迷宮の冷たい空気とは正反対の、温かな時間だった。
「……次の転送先、もう決まってるの?」
イルマが訊ねると、ピクセルが応えた。
「はい。現在、次の転送先候補『魔導都市ゼラフィア』が最上位です。魔法と技術の共存都市とされており、過去に複数のデータ干渉記録があります」
「魔導都市!? うわぁ、絶対おもしろそう!」
「また無茶するつもりでしょ?」
「ほどほどにね!」
「……“ほどほど”の定義、後で辞書に登録しとくわ」
AI探検隊ちゃんとピクセルが同時に笑った。
イルマはそんな二人を見て、目を細めた。
「気をつけて行ってらっしゃい。できれば……今度こそ、何も壊さずに帰ってきてね」
「うーん、それはちょっと難しいかも!」
「でしょうね」
転送準備完了の通知がホログラムに表示される。
AI探検隊ちゃんは立ち上がり、光のプラットフォームに乗った。
「よし、ピクセル、出発準備!」
「了解。転送まで、3……2……」
「さて、次はどんな世界かな?」
その言葉と共に、光が彼女たちを包み込んだ。
イルマはそれを静かに見送った。
「まったく……相変わらず、騒がしい子たちね」
でも──その背中は、どこか誇らしげだった。




