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決着

少し肌寒いこの寒空の中、辺り一面は真っ暗闇で人どころかそこらに生えている木々でさえ、静寂を守っている。


「着いたな」


私たちは大浦律の姿のレギオと合流した後、12月近くで

吹き荒れる冬の冷たい風に体をブルブルと震わせ、さらに

これからまたあのバケモノと対峙する恐怖に総毛立つ思いがしながらも、私の母校でもある顕業高校の校門の前に辿り着いた。


「うわぁ〜。全然変わってない」


時刻は22時近くをまわり、明かりもほとんどなく、闇一面に覆われる校内は暗い要塞のような雰囲気に吸い込まれそうになりながらも、グラウンド、体育館、教室など昔とほとんど変わっていない母校の光景に感情が昂っていた。


「とりあえず柵越えるぞ」


するとレギオが地面に片膝をつき、庵はそこに開かれた背中に飛び乗ると、柵に片手をかけ、ハードルを越えるようにひょいと難なく、飛び越えた。


「お前も早くこい」


自分が越えたわけでもないのに、偉そうに言うこいつの言い方は癪に障るが、今はそんなことを流暢に言っている場合ではない。


実を言うと私は運動神経はいい方ではなく、この私の体の半分ぐらいの柵を越えるのにも苦労しながら、なんとか越えることができた。全く汗顔の至りです.....。


「お前、その程度もギリギリなのか。情けないやつだな〜」


わざとらしく普段より大きい声を響かせ、音の反響により余計にその言葉が耳に鮮明に入ってくる。


「あれ〜?レギオの背中借りてこの柵越えたのはどこの誰ですか〜?」


私はケラケラと笑いながら、借りを返すように煽り

庵は苦虫を潰したような顔になりながらも、瞳孔を開き、こちらをギロッと睨みつける。


「まあまあ!二人とも!ここは落ち着いて」


間に入って仲裁を図るレギオに免じて、ここは許してやるかとばかりに私たち二人も歩き出した。


懐かしいな〜。毎日登下校をして、眠い目を擦りながら

授業に必死に喰らいついて、放課後にハメを外してデパートとかに買い物に繰り出していたような日常。


それを思い出している今は私の思い出のフィルターを通してその景色の色が私の目の前には映し出されているような幻想に陥る。


しかし、いざそのフィルターがごそっと外れると私たち以外に誰もいない上にバケモノがどこかに潜んでいるかもしれないという生きた空がないような気分に支配される。


「気をつけろよ。どこからか狙っている可能性もあるからな」


慎重を喫するように庵は促し、私も若干手汗をかいている手にグッと力が入る。


それにしても誰かに見られているような気がする。

バケモノがいるかもしれないという思い込みが働いているだけかもしれないが、時折背中を針で突き刺すような冷たい視線をどこからか感じるような気がする。


私たちは体育館の向こう側にあるグラウンドの方に向かっていく。暗がりのせいで黒色の海のようであり、グラウンドに入るとそのまま吸い込まれ、溺れてしまうのではないかという恐怖感を私の脳に訴えてくる。


「おい。何突っ立ったんだ!」


ハッと意識をそちらに向けると庵たちはすでにグラウンドの中に入っており、私だけが蚊帳の外状態となっている。


かろうじて二人の姿が見えているが、二人とも闇に呑み込まれ、その面影はかき消されている。


「はいはい。今行きますよ」


はぁ〜。とついたため息で出る白い息が空中を舞い、この闇の中で唯一の明るさを伴っている。


「!!」


私が半歩進んだ時、体全体がゾワゾワと戦慄を覚え、

その恐怖の檻に閉じ込められたようにその場から私は動けなくなった。


いる.....私の後ろに確実に。


見たところ、二人はまだ気づいておらずすぐに追いつくだろうと思ったのかそのまま奥の方へとパッタリと姿が消えて行こうとしている。


どうしよう......冷たい汗が雨を浴びた後の葉のように額を

ツーと伝う。二人に助けを求めようと精一杯声を出そうとするが、堰き止められた水のように詰まってしまい、

覚束なげな声しか出さないでいる。



「!....」


何か首の方をスッーと触られる感覚がある。ピリッと静電気が通ったような痛みがあり、おそらく長い爪のようなもので私の首をなぞるようにして触れている。


動けばおそらく私は即死、動かなくても坐して死を待つ感情のない人形のような状況だ。


「......」


私は目を閉じ、ある程度の死を覚悟しながら、まだ死にたくないという思いも私の中で網目のように交錯する。


「ギャャャャ!!!」


突然、後ろから咆哮が鳴り響き、あたりの木々もそれに煽られるように激しく揺れ動く。


私はパッとその場から退散し、グラウンドの中に入ると

目の前にはあのバケモノが目のあたりを必死に抑えうずくまっている光景がある。


「おい!怪我ないか!」


私の方に声をかけ、いつのまにか魔物の姿に変わっている

レギオが前に立ち、バケモノとの最前線に立つ。


「今日こそは絶対倒す」


怒り狂うバケモノは地団駄を踏みながら、その荒れた髪から覗かせる表情は怒りとは別に悲愴なものが浮かび上がっているように見える。


レギオもあの工場跡で見せた殺気を現し、殺伐とした空気が辺りを支配する。


バケモノは一心不乱にレギオに向かってくる。

しかし、力差はやはり歴然で鎧袖一触の様相を呈する。


狼狽えるバケモノにレギオはすかさず、腹や腕、肩など体中のあらゆるところに蹴りや拳が繰り出され、バケモノは

裂帛をあたりに響かせる。


あまりに一方的だ.....私は咄嗟にそれを辞めさせようと一歩前に出ようする。いくらバケモノでもあの悲しみの衣を纏う目が私の中にある情に訴える。


「辞め....」


そう言いかけた時、スッと私の体の前に庵が手を出した。


「これ以上被害者を増やすわけにはいかない。それに何よりもあのバケモノを倒すのは亡くなった女性の怨念を断ち切ることにもなる」


私の言葉を制止し、庵は淡々と説明する。

その表情は今まで見せたことのない煩悶とした表情.....


「これが私たちの仕事だ。それがわからないのならお前はすぐに辞めろ」


静かながらも叱咤するような語気で私にそう語りかける。

だけど、少ない言葉の中にこの仕事の意味が詰まっていた気がする。


きっと庵はこれまでも私なんか想像もできないぐらい

凄惨な場面に何度も出くわしてきただろう。

だからこそ、自分たちが心を鬼にしてもこの仕事を全うする。こんな小さな小僧がそこまでして覚悟決めてるのに

私がそれを投げ出すことなんて到底できなかった。


「もう終わりにしてあげようじゃないか。彼女のためにも」


庵の声色は若干震えている。本来彼女が送るはずだった幸せな時間を一人の犯人によって奪われ、そのぶつけ難い恨みや怒りは彼女が死んだその月に幸せを謳歌ししている

この学校の生徒に向けられた。今その連鎖を断ち切るためにこのバケモノを倒すしかなかった。


「フゥ〜」


バケモノに相対するレギオは息を吐き、右手に力を宿す

その右手はそのままバケモノの溝落ち辺りを直撃し

音もなく、バケモノは頽れる。


「.......」


バケモノはあの時と同じように体は気体となって空中に散っていく。けれど、あの時と違い、そのことを受け入れているように静かに消えていった。


「終わったよ」


「おう。お疲れさま」


庵とレギオは互いに短い会話を終え、二人の顔にはフッと

強張っていた顔に笑顔が蘇る。


「帰ろうか。兄さん」


「そうだな」


ああ....二人は本当にすごいんだな。

私はこの時、真の意味で二人を理解することができたのかもしれない。誰か困った人の相談に乗り、例えそれが二人の心に傷を残すことになりそうなことでもやり遂げ、

最後にはそれを引きずるんではなく、次の一歩を踏み出していく。


「おーい!早く来ねえと置いてくぞ〜!」


随分と先に進んでいる二人から大声がこちらに届く。


「わかってる!」


私は二人に追いつくとポッケに手を入れ、寒さに耐えながら、元きた道を帰っている。


この仕事....ちょっと頑張ってみようかな。


私はこの仕事を退職後の一時凌ぎではなく、真剣に取り組むことをこの時、レギオと庵が談笑している中、密かに誓っていた。








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