罪そして秘密
「はぁ......はぁ........」
私はただひたすらに逃げ続けていた。その対象は何も一つであると限られたわけではない。
一方は私の罪を追う者たちがおり、また一方は私の持つ秘密を狙ってきていることは間違いがなかった。
私は一旦潜伏するためにホテルへと宿泊し、私が罪を犯した現場からはそれなりに離れており、疲弊した私の体を少し癒すのにはちょうどいい場所ではあった。
いや.......もしかしたら何かこれが人生最後の瞬間になるかもしれないという思いから少しでもいい場所に泊まろうという欲から出たというのが本音の部分なのかもしれない。
少し部屋へ移動する途中に若い女とぶつかるという不運な出来事も起こったが、今はそこをとやかく気にしている状況ではない。
私がその秘密を知ったのはほんの数ヶ月前のことであった。今となっては時の流れが早過ぎるせいかほんの1週間前のような出来事のような体感があるが、それは私の恩師の元教え子の女性ことであった.......。
先生は悩んでいたのだ。その元教え子というのは今は行方不明となり、もはや生死も掴めてはいないのであるが、その研究内容というのは当初は先生の的を得たものだったらしいのだが、徐々にその研究内容は彼女のエゴやあるいはそうあるべきという彼女独自の世界観の末に先生の目指すものとの齟齬をきたすようになったようで、彼女も研究室を辞めた後はパッタリと連絡などは途絶えていたらしい。
しかし、先生はある日を境に幻覚のようなものを襲われるようになったらしく、髪を振り乱し、顔は青ざめ、服はボロボロになった袴を履き、まるで怨霊のようなものから追われたり、ただジッと遠くから見られているような感覚に襲われ始め、そのような時に地方の大学に赴任していた私はたまたま故郷でもある都内に帰ってきており、先生の噂を聞きつけるや否や先生の家へと飛んでいった。
久方ぶりに会う先生は白髪が増え、顔も少しやつれた様子でその憔悴は私に鮮烈な印象を抱かせるには十分であった。
私は先生から話を聞いた。あえてここではその詳細は語らないが、私はとにかくその先生を苦しめた元凶である資料群を持ち、それを処分した。先生はこれを捨てずに取っておいたということは少なからず愛着のあるものだったのだろう。それに何のしがらみもない私が処分するのが適任だったのだ。しかし、それはまた私自身への厄災が降り注ぐ号令のようになってしまったのだろうと今では思う。
私はそれによって人を殺してしまった......。
私が請け負い、隠し通そうとしたその秘密をあのフリージャーナリストである女性に嗅ぎつけられ、私は世間への公開を止めさせようと図ったが、それはただ虚しく、また無駄な作業であり、あの女性の意思を断つにはあの方法以外にはおそらくなかったであろう。
当然、警察はその捜査を進めているはずだ。今朝のニュースでもほんの一事件としての扱いであるが私にとってはそれが何よりも大きなニュースであったのだ。
そしてもう一つは私がその秘密を引き受けた後から先生の言っていたような何者かから追われているような感覚に襲われ、それははっきりとしたものではなく、そんな気がする程度のものなのだが、それは日に日にエスカレートし、耐えられなくなった私は罪から逃れたいことも相まって、職を辞し、今のような潜伏生活のような状態を継続しているのである。
「今日は......何もなかったか.......」
私はホテルのベッドに腰を下ろし、いつぶりだろうかという平穏な日常を送れたことに安堵よりもむしろ不気味なような感覚を覚えている。確かに若い女とぶつかるなどの災難もあったが、それは些細なことに過ぎない。
「これからどうするかな......」
仰向けになった私はひたすらに天井を眺め、これからどうするべきかを思案し続ける時間をダラダラと流していっていた.......。




