聞き込み
私や石原くんは昨日の早朝に起きた都内のマンションでの女性殺人事件で被害者の特定を急ぎ、結果割り出されたのはフリージャーナリストとして活動していた石動舞という人物であるということがわかった。
かつては大手の新聞社に勤めていたようだが、何かを思い立ったようにその新聞社を飛び出してそれっきりその新聞社とは縁を切った状態に近かったらしい。
「それにしてもその辞めた理由って何だったんですかね」
「さぁな。いずれにしてもその理由が今回の事件の直接的原因になってる可能性は濃厚だからな。その線を洗うしかないだろう」
その新聞社を突然辞めるほどに導くことになった原因とは何だろうか........。私たちは彼女が辞めた後に行っていた取材先や関係者などへの聞き込みを開始し、今回の刺殺事件の犯人の早期逮捕を目論んでいた。
まず私たちは彼女が辞職直後に取材に行ったとされるかつて都内の国立大学に生命科学の教授として長年勤め、昨年退職した孫崎一郎という人物を訪ねた。
「あの。石動さんからどのような取材内容を?」
「ええ。石動さん、生命科学の分野に関心がお有りなようでして、私にいくつか取材に来ましてね。どうやら昔、石動さんが通っていた大学で講義を何度か聞いていたらしいんですがね.......取材で聞かれたのはその辺の分野の知見を私に訪ねてきたぐらいでしたね」
「そうですか。何かこうその時に石動さんに変わったご様子などもなかったですか?」
「いえ。特には。テキパキとした優秀な方でしたよ」
「なるほど......わざわざありがとうございました。では私たちはこれで.......」
私たちは孫崎さんへの聞き込みを終え、自宅近くに停めていた車に乗り込み、次の捜査へ向かうべく急いで車を走らせていた。
「あんまり、有力な情報は得られませんでしたね」
「ああ.....そうだな......」
あの人、明らかに何かを隠しているな。わざわざ知見を得るだけなら著作を読んだら、ネットに転がっている論文を見れば事足りるであろうし、本人に会いに行くにしても取材と称して会ったにしてはあまりに内容が平凡すぎやしないか。
「何か?引っかかることでもあるんですか?さっきからすごい険しい表情なってますけど」
どうやら表情にあからさまに漏れてしまっていたようで私はいや、何でもない。と言いながら、慌てて自らの表情を修正する。石原くんの運転する車は次の捜査の場へと突き進んで行った.....。
◆◇◆◇
もう警察の手まで回ってしまったか......
古賀刑事たちが去った後、孫崎一郎はそう心の中で嘆息し、自らの住む一軒家の中へと入っていき、一人机の上で頭の抱えこんでいた。
どうか.....うまく逃げてくれ......。
彼はそう願った。自らに降りかかる災難からなんとかして逃れるために自分を慕ってくれている人の心を利用するような形でその災難を彼は押し付けてしまっていた。
「なぜ.....こんなことに.......」
彼はそんな自分のエゴが招いてしまった事態の後悔に苛まれるが、もはや後戻りすることはできなかった。
彼はひたすらにその災難を押し付けた男......かつての教え子がうまく逃げてくれることを必死に願い続けていた。




