恩人
今日に限っては私たちの乗車するバスは不思議と人はあまり乗って来ず、言わばほぼ二人だけと言って差し支えない状態であり、その中で庵からその恩人とも母親ともいえる人.....名前は紬茉白さんというらしい......についての思い出話などに花を咲かせていた。
庵は深くは語らなかったが、どうやら両親の存在を全く知らず、その代わりになってくれていたのが紬さんだったようだ。他人の子ながら親身になって寄り添い、育ててくれた紬さんに庵は特段の敬意を持って語り続けている。
「お。もう着いたか」
そんな話を聞いているうちにバスはいつの間にか目的地に到着しており、私たちはバスの定期をかざし、降りると、庵はここから10分もしないうちに目的地につくとして先導を始める。
庵は慣れた足取りで進み、私も遅れないようにと相変わらず配慮のない早足の跡を必死に着いていく。
「ここだ」
庵が指差した先には立派な幼稚園のような建物が立ち並び、その敷地内を示す看板には桜立養護学園との記載があり、所謂児童養護施設という場所であった。
ということはここが庵が育ってきた場所ってことか.....。
「あれ?庵?」
するとその敷地内の奥から何やら庵の名を呼ぶ透き通るような綺麗な音色を奏でる声色が耳をすり抜けたかと思うと、そこには目鼻立ちがはっきりし、髪は黒髪のストレートが後ろに結ばれ、背も私より少し高いくらいのスタイルの良さを見せ、まさに聖母と見間違えるような美貌を兼ね備えている。
「茉白さん!久しぶり!」
「久しぶりね〜!庵!またさが大きくなったんじゃない?」
庵に気づいた紬さんは真っ先に駆け寄り、庵も久々の再会を直観的に喜びを披露しており、いつもの庵とは全く違う一人の子供としての庵の素顔を見せており、背のことや体調のことを逐一心配する老婆心のようなものを見せる紬さんもまさに母親そのものであった。
「えと......あなたは?」
すると紬さんは私に気付き、一体誰なのかということを尋ね、庵は前々から紹介しようと思っていた私のアシスタントと私を紬さんに紹介した。
「そうだったんですか。いつも庵がお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ」
こちらもかしこまってしまうほどの礼儀正しさがあり、これがあの無礼な庵の母親のような存在だとは到底信じられい。
「まあ、世話になっているのはこいつの方だけどな」
「あぁ?もっかい言ってみなさーい」
そう思った矢先に案の定生意気な発言により現実に引き戻され、庵は本当のことだろ?と煽りを披露し、私はその頬を引っ張り対抗し、紬さんはまあまあ!と私たちを宥める。
「二人ともせっかく来たんだから喧嘩なんかしないで!とりあえず中に入って。皆も庵が来たなら喜ぶはずよ」
私たちの仲介をした後、施設内に紬さんは案内してくれ、その建物内にガラガラと扉を開け、入ると中で待っていた子供たちが庵を見た瞬間一斉に庵兄ちゃん!といってそのまわりに駆け寄り、身動きが取れないようほどになる。
「お前ら久しぶりだなー!すぐ遊んでやるから今は上がらせてくれ......」
少し呆れ口調になりながらもどこか笑みを浮かべる庵は靴をなおし、広場のようなところで他の児童たちとの戯れを始めていた。
「えっと.....原田玲香さんでしたよね?」
そう言って、庵と児童たちを尻目に椅子に座る私の隣に紬さんは相席し、初めての二人での対話となった。
「庵はどうですか?原田さんに迷惑かけたりしてませんか?......」
「いえいえ。そんなことないですよ!むしろ今の私がいるのはあの子のおかげですから」
「そうですか......それはよかった」
ほっと一安心だったのか胸を撫で下ろすように手をあてる。本当に庵のことが心配なんだろうな......。
「でも、さっきの二人のやりとりを見て私は実は少し安心したところもあるんです」
「え?」
紬さんはそこから私と庵についての話をその美麗な声に乗せて話し始めた。




