異変
冬の空の特性として黄昏を迎えてから闇のカーテンをかけるスピードは異様に早く、あれからまだ2時間ほどしか経っていないにも関わらず、街頭もほとんどないこの人造湖の周辺は色を失ったように常闇を内包し、中々帰還しない勘十郎を危惧し、私とドルジは歩き回り、ドルジの聴覚を利用して勘十郎を探知しようと粉骨砕身しているところだった。
「ん?......兄者!掴めたよ!十郎兄者の気配!」
ドルジは先に進もうとする私を呼び止めるように叫び、湖底にいる勘十郎の気配を確認できたらしく、私は慌てて引き返す。
「どんな様子だ?」
「うん。何か.....あんまりよくわからないけど蔦みたいな紐状なものに今捉えられてるみたい.....ごめん.....これ以上はわからない」
流石のドルジの聴覚でも全ての状況を把握するのは限界がある。だが、ひとまず勘十郎の無事の確認が取れたことだけでも大きな収穫だ。それだけでも私の胸の中は快哉とする。
しかし、だからといって安心はできない。ドルジの断片的な情報からも何か敵と戦っていることは容易に推察できる。だが、いかんせんどのような敵でどのような能力を有しているかは今現在接している当人である勘十郎しか知りえるものではない。
いくら水中戦が得意な勘十郎でもこの状況を一人で切り抜けるのは至難の業だ。
「いずれにせよ、苦戦は強いられてはいそうだな。だが、どうやってこの難局を切り抜けるべきか」
考え込む私に対し、ドルジはひとつの提案を私に問いかける。
「兄者、ここは私の鏑矢を使って十郎兄者に信号的なものを送るのはどうかな?その敵を協力して倒すために」
「鏑矢を?だが、勘十郎がそれで真意を汲み取れるだろうか.....鏑矢にメッセージを書き込めるわけでもあるまいし」
確かに一つの案として検討の余地はあるが、勘十郎に協力を促す真意が伝わらなければ机上の空論になり、ましてや失敗すれば敵に私たちの存在を知らせ、勘十郎の不利は益々悪化するであろう。
「私もできることなら直接敵を討ち取りたいけど、その敵の全体像が私でも全く読み取れないの。どんな大きさか、どんな姿をしてるのかがわからないし、もし矢を放って敵に気づかれて、十郎兄者を盾にされたら......」
ドルジは口を紡ぐが、想定される未来という点ではあり得ることだ。しかし、だからといって鏑矢だけでは勘十郎を救うには心許ない。
「いや、待てよ......」
私は勘十郎と別れる前に繰り広げた会話を思い出す。
「ドルジ。鏑矢を打つんだ。お前の案でいけるかもしれない」
ドルジは私の性急な意思の決定に戸惑いを見せながらもわかったと鏑矢を放つ準備を進める。
私の目論見がもし当たっているのなら勘十郎はこの鏑矢だけで真意を読み取れるはずだ。
私をそう突き動かした時間のタイムリミットが迫り、そのリミットよりは少し早いが、勘十郎には少し時間の錯覚をしてもらわなければならないな......。
私は準備を終え、弓を引き絞り今まさに放たれようとしている鏑矢に自らの願いを込めるようにその光景を俯瞰しながら見つめ続けていた。