怪異の終結
時計の軽々とした軽快な音と反比例するように徐々に大きくなるその笑い声は重々しくもどこか慷慨するような心模様も窺えるようなそんな表現が適切だろう。
庵や奥澤さんもどうやら気づいたらしく、レギオたちが行動を起こすまでじっと耐え忍んでいる。
状況はわからないが、おそらく二人にもかなりの重圧が襲いかかっているに違いない。
カチャ......
何かが動く音が隣室から聞こえてくる。それと同時に怪笑も鮮明に聞こえ始める。
あの女が入ってきた......。
一挙に緊張感が走る。もし今回取り逃がせばまた同じ手が通じるかはわからず、決着を今夜につけることが何よりも重要課題だ。少しでも物音を立てたりして、下面の女に気づかれるようなことになっては計画が台無しだ。
レギオたちがクローゼット飛び出すことで生じる音が合図だ。
未だ聞こえてこない音に対し、肥大化する仮面の女の笑い声に不安という名の悪霊が私の背中にぴたりと覆い被さる。
時計の針の音も錯覚からか高速性を増したような感覚になり、その音もまた大きな焦燥を駆り立てる。
ガシャ......
その物音が発せられると同時に隣室は足音がドタドタと先ほどの静寂とは打って変わって、巻き起こり、庵はすぐさま、中腰を起こし、隣室へと駆け寄り、私たちも急いで後を追う。
隣室に入ると、何かが窓の外から飛び降りるのが見え、それをレギオとシスも窓から外へ飛び降り、後を追う。
「玲香。笑いがお前は先にあいつらを追っててくれ。私は村田さんの様子を見てからいく」
「うん。わかった」
頼んだぞというような庵の目配せに私はコクッとうなづいて、階段のある廊下へと走る。
なぜだろうか.....レギオたちのもとへ向かいながら、庵からの受けた言葉が私の心を駆け巡り、嬉しいようなそんな気持ちが湧いて来る。
もしかしたら、庵からの言葉はある種の私に対する信頼を感じ取っていたのかもしれないとその時の私は解釈するに至っていた。
そして、林の中へと入り、へとへととなりながら、木に体を預けて、疲れ切った体を休めていると突然、微量の風があたりから吹いている。
「あの風って......」
私は瞬時にピンときて、すぐにその風のある方向へと進んでいく。林の中に広大な開けたスペースを見つけると、そこにはレギオとシスの背中が見え、対岸には仮面の女が対峙している。
その姿を初めて目撃した私はその能面の威圧には全身が総毛立つ感覚に襲われる。
「フフフフフ......」
その仮面の中から終始途切れずに発せられる笑い声は狂気を与えているが、同時に私には助けを欲しているような声色の抑揚が感じ取れていた。
予想通りこの風はシスが放っており、地の葉は舞を披露し、あたりの草木もそれに呼応して演奏を始める。
仮面の女の白い能装束のような服装も風に煽られるが、当人の仮面の女は全く動じる素振りを見せてはいない。
「いつまでその強がりを保っていられるかな。ならばさらに強めてやろう」
シスが言い放つと同時に微風は強風へと変わり、下手をすれば草木は一瞬にして倒れてしまう危険性を孕むほどの風であり、それは時間が経つにつれて、黒炎のバケモノの時に披露したあの技で仮面の女を包囲するように縮められていった。
「.........」
シスはその間にレギオに何か耳打ちをし、私はその会話の内容の詳細はうまく聞き取れなかったが、おそらく、レギオに攻撃のタイミングをシスが指示していることはなんとなく察しがついた。
「わかった。任せといて」
レギオもそれに応えるように身構えると私の想定とは違い、レギオの拳にシスの起こした風が集まっていき、レギオはすかさず、大きく跳躍し、その拳を仮面の女の胸部めがけて振りかざす。
仮面の女は何も発することなく、レギオとシスのコンビ技により体は宙を舞い、遠くの地面へと転がり落ちる。
「玲香!」
後ろから駆けつけてきた庵が私を見つけると声をかけ、私は今戦いが終わったことを伝える。
そうか....とただ庵は呟く。仮面の女の方を向くと女は完全にうつ伏せた状態のまま、体は粒子のようにその場に散らばって遂に消滅していった......
◆◇◆◇
「奥澤さん、先生方。本当にこの度はありがとうございました」
かなりの体の回復を見せた村田さんは私たちに深々と頭を下げ、今回の怪異事件解決に目処がたったことを感謝する。
「いえいえ。私じゃなくて先生や原田さんに律くん、周くんのおかげです。いずれにしてもこれでこの村にも活気がまたある程度戻ってくることでしょう」
奥澤さんはそう言い終わるとじゃあ、帰りましょうか。と元来た道を再びなぞり、それに手を振って送ってくれる村田さんにレギオやシスが応え、私たち3人は何度も世話になった村田さんに軽いお辞儀を繰り返す。
また一つの事件を解決し、私たちはいつもの日常のある馴染みの場所へとこれから帰還することになった。




