女との決戦
ちゅんちゅんと叫ぶ柔らかな鳥たちの迦陵頻伽が耳に届き、私は重たい瞼を開き、室内にはちょうど良い日差しが降り注いでいる。
「ギリギリだな。玲香」
寝室に入ってきた庵は片手にコップを持ちながら、私が起きたことを確認し、時計を見ると朝の8時を指している。
「まだ少し時間はあるが、9時になれば村田さんに話を聞いて、そこから仮面の女の対策を立てなきゃならんからな。早く準備しろよ」
そう言いながら、コップを机に置き、廊下で守りについているであろうレギオとシスのところへと足を運ぶ。
私は凝り固まった体を背伸びでほぐしながら、未だ寝ていたいと叫ぶ体を無理矢理に引っ張り、布団から飛び出す。
洗面台で顔を洗い、持ち歩いていた化粧直し用のもので軽く済ませると、いつのまにか9時も近くなっており、急いで村田さんが寝ている奥澤さんの部屋へと向かう。
すぐ近くにある部屋に到着すると村田さんは寝室で体だけを起こし、その側には庵、奥澤さんがおり、別室にはレギオとシスが座椅子に座っている。
「来たか。お前はここに座れ」
庵の指示で隣へと正座で座らされ、昨日に比べ、落ち着きを取り戻していた村田さんは奥澤さんの質問に一つ一つ丁寧にその懊悩を振り払いながら答えてくれ、あの廃神社に関する情報も鮮明になる。
「あの廃神社は私が子供の頃はそれはもう地元では有名でしたけれど、いつしか神主さんも亡くなってしまって、実はその神主さんには一人娘がいたんですが、生まれながらにして、病弱が祟り、ほとんど人目につかないまま亡くなってしまいました」
なぜ、今集落に残っている人々はその少女の存在について、ほとんど知らないのかと言った疑問は元々その子は病弱でほとんど外に出ることはなく、今では村田さん一人がそれを心にしまっている状態だったという。
「あの子と同年代の今では皆20代ぐらいの子たちはほとんどがこの村から離れてしまいましてね。もしかしたら、あの子は自分もそのようなある種夢のような人生を歩めたはずなのにという思いが未だ消えていないんでしょうな」
村田さんは仮面の女の被害が現れ始めてからそのことを疑っていたらしいが、警察ではとてもそのような迷信を信じるとは思えず、かと言って自分だけでそれに対処するのは難しい。そこに舞い込んできたのが奥澤さんが申し入れた取材だったという。
「私は奥澤さんから取材内容を聞いた時、もしかしたら何か今まで見えなかった解決の糸口が見えるのではないかと思いましてね」
私や庵に古賀さんたちは理解を示して、助言を求めたりしてくれるが、警察であっても全員が全員決してそういうわけではない。その中で一人その少女の厄災をこの長年見てきた苦しみは到底計り知れないものがある。
「奥澤さん。終わるんでしょうか。この事件は」
村田さんは奥澤さんに擦り寄るように事件終息の可否を問い、奥澤さんはそれに対し、優しく必ず解決しますよと返し、村田さんの目頭には少し涙の一線が浮かび上がる。
「村田さん。昨日の仮面の女に襲われた時の詳細は教えていただけますか?」
そこにぐいっと体を引き寄せた庵が核心部分の一つであるなぜ村田さんが襲われたのかという問題の糸口を探りに入っていた。
「私が旅館を離れて、自宅への帰路につく途中で林の方から妙な笑い声が聞こえて、それに誘われるように入っていくとあの仮面の女が現れて、一気に恐怖からか助けを求めて、奥澤さんや先生たちが来てくれて.....そこからはあまり記憶が.....」
しかし、昨日の寝室で起きたことについては覚えていないらしく、最初に襲われたことも考えれば、私たちではなく明らかに村田さんを標的に定めていることは明白だった。
「村田さん。最後にもう一つだけ伺ってもよろしいですか?」
「なんでしょうか?」
「村田さんはこれまで仮面の女に襲われたことやそこまで行かずとも襲われそうになったり、姿を見たりしたことはないんですよね?」
「ええ....今回が初めてです」
庵はその言葉を聞き、納得したようで質問をやめ、私たちも各々部屋に戻り、またいつやってくるかもしれない仮面の女に備えることになった。
◆◇◆◇
私たちは自分の部屋に戻ると仮面の女が出没する夜を待つ。そこで私は庵に村田さんに最後に聞いた質問の真意を確かめる。
「ねえ。最後に聞いてたやつ、どういうことが知りたかったわけ?」
庵は自身の荷物をせっせと整理する中舞い込んできた質問に顔を顰めながら答える。
「なぜ私たちではなく、村田さんが今回襲われたのか。そこを村田さんがこれまで襲われた経験がないのなら、一つの結論に導き出せるからな」
結論?.....私たちが襲われないことと今回村田さんが今回襲われたことで導き出されるもの.....。
!!......もしかして.....
「まさか、普通の来訪者と違って、今回は村田さんが怪異解決のために私たちを呼んだことで逆に村田さんに対する怒りとか怨みを買ったってこと?」
言い得て妙であったのか、庵は目をまんまると喫驚させている。
「お前にしては珍しく的確だな......まあ、そういうことだ」
一言余計な言葉が入っているのはさておき、ならば尚更この事件の早期解決が望まれる。私も庵と共に荷物の整理を始め、夜は刻一刻と迫っていた。
◆◇◆◇
世界はまた再び黒のベールを纏い、窓から眺める木々の間には霧のようなものが迷路のようにクネクネと通行を始めている。
今、まだ安静のために奥澤さんの部屋で眠っている村田さんは寝室で一人寝たふりをしてもらい、その部屋の少しゆとりのあるクローゼットにはレギオとシスが隠れ、仮面の女がくるまで待機する算段となっている。
私、庵、奥澤さんも庵の部屋で待ち、仮面の女に備えている。時計の針がカチッ......カチッと刻まれる音だけが室内の音域を支配し、未だ何の動きも見られない。
時間は1分、5分、10分と経ち続け、ただ時間の浪費だけが過ぎ、このまま現れないのではないかという焦燥感が場の空気に流れている。
しかし、私の耳には何か遠くから囁くような声ながらあの怪笑の声が段々と近づいてきている感覚が襲う。
最初は空耳かと疑っていたが、これは間違いない.....
あの女はすぐ近くに迫ってきている.....
そのことを私は確信するに至っていた。




