女の正体
旅館の電気が一斉に消えたかと思うと、どこからともなく不気味な凍てつく笑い声が響き、それを聞きつけてか庵も部屋を飛び出し、私たちも庵の後を追う。
扉を開けると部屋を離れる前はしっかりと閉じられていた窓は大胆に開かれ、夜の肌につんとくる冬の風が向かい風として降り注ぐ。その前には庵が窓の縁に手をかけ、下の方へと視線と体を投げ出している。
「庵!もしかしてさっきの笑い声って.....」
「ああ。仮面の女だ。だが、私の顔を見た途端、窓から体を投げ出して逃げてしまってな」
奥の寝室の方に目をやるが、村田さんは全く動じることもなく、目を瞑り自らの体の安眠を優先している。
私はそばに駆け寄り、息をしているかを確認しようとする。
「玲香姉さん!村田さんは?」
「うん。大丈夫。息はあるし、ただ眠ってるだけみたい」
いとまず、安心だが、肝心の仮面の女には逃げられてしまった。しかし、まさか来訪者の私たちが標的にされるのではなく、村田さんに直接危害が加えられそうになるとは....
「兄上、やはりあの仮面の女、村長さんを狙っている可能性が高いのでは?」
「その可能性は高いな。だが、そもそも何故そこに至ったのかはこれから探らないとな」
庵はそそくさと部屋を後にし、シスもそれに着いていく。
「レギオ。ごめん。ちょっとここで待ってて」
レギオはわかったといい、私も気になって、庵たちを追いかける。
「奥澤さん。今までここについて取材した内容全部見せてもらえませんか?もしかしたら今回の事案の手掛かりがあるかもしれません」
私が部屋につくと、庵は奥澤さんにそう談判し、奥澤さんも事件解決のためとはいえ、記者としてまだ世間に公開していない独自の取材を今見せてしまうことのプライドのようなものが働いたが、庵は事件を解決できないより取材の情報を下に解決できるならその取材の価値は高まると説得し、奥澤さんは折れる形で持てる情報を全て提示した。
「先生、実は私、一つ気になることがあるんですが」
奥澤さんは自らの持っている取材ノートのようなものの一部を指差すと、そこに書かれてあるものはある少女について簡略ではあるが、記されている。
どうやら、数十年前に10代前半の少女が亡くなり、その子は神社の神主の娘だという.......
この情報は否応なく昼間の村田さんの意味深な発言を思い出させるものであった。
「この旅館に泊まった直後に先生方より先に私が下の広場で村田さんと話していまして。このことについて尋ねたんです。はぐらかされたんですが、どうも単なる都市伝説ではないと思いましてね」
その少女についてはあまりに記録が乏しく、半ば都市伝説のように語られていたとされ、おそらくその少女と同年代と見られる村に住んでいた人々も次々に都会へと離散し、今ではその人々の所在の確認すらままならないらしい。
「あの神社も廃されてから何十年も経て、もはや知る人ぞ知る神社になってしまい、この集落の人々ですら忘却していった人々がほとんどで、あの神社に関して詳細なことが尋ねられるのは村田さんしかいません」
村田さんはこの集落に残った中で唯一あの廃神社の内情をよく知っている人物で、実在性すらも確定的ではないその少女に迫るためには村田さんの協力がいる。
「奥澤さん。村田さんは今はまだ安静にしている必要がありますし、話を聞くのは村田さんが落ち着いてからにしましょう。今夜はとりあえず代り番で仮面の女の警戒をすることが良策かと思います」
まだ仮面の女に襲われかけた恐怖からか気絶したように眠ってしまっている。そして庵の提案で今は村田さんの安静を優先し、私たちはそれから二人交代での奥澤さんの部屋で寝ている村田さんの警備のようなものを行うことでその場は決着することになった。
 




