囁かれる怪笑
「くそ.....道が悪いな。ここら辺は」
私こと安倍庵は狭い林の間の林道の地面を踏み荒らすように進み、弟たちの行方を追っていた。
所々から梟の鳴く声が聞こえ、時折パサパサと木を揺らしながら飛んでいき、梟たちが私をまるでいざなうかのようにさらに奥深くへと進められる。
「お前ら!」
「兄さん!」
「兄上!」
そこからそう遠くないところにレギオとシスが佇んでいるのが見つかり、私は二人に今の状況確認を試みる。
「どうだ?いたか?仮面の女ってやつは」
「うん。なんか能面みたいなものを被って、不気味な笑い声を出しながら、逃げていって、この林の奥に消えたっきりどこに行ったかわからなくなっちゃって」
レギオが言うには仮面というのはどうやら能面らしく、さらに怪笑を発しながら、気体のように消えていったという.....。
「しかし、なぜ我々ではなくてあの村長さんの前に仮面の女は現れたんでしょうか」
シスはふと顎に手を当てながらそう呟く。
「どういうことだ?シス」
「あの村長さんが見せてくれた資料群にはこの村落出身者に特に害のあったようなことは見受けられなかった。大抵はその被害は旅行者が被っている。でも、今回は村田さんの前に現れた」
「シス兄さん。そうは言うけど、もしかしたら今回の訪問者の俺たちを襲う途中でたまたま村田さんに出会した可能性だってあるくない?」
「私はそうは思わないがな」
二人のやりとりにはどちらも理にはかなっており、シスの言うようになぜ私たちではなく村田さんの前に現れたのかという疑問とレギオの言うたまたま鉢合わせただけの可能性もある。こればかりは今奥澤さんと玲香に介抱されているであろう村田さんに直接聞いて確かめるしかない。
「とりあえず、戻ろう。今は村田さんに少しでも仮面の女の情報を聞き出さないと何も進まないだろう」
私たちはこのジメジメと霧もかかり始めていた林から抜け出すべく、木々の間をスルスルと通り抜けていった。
その時、私たちの背中の向こう側にこちらを見つめ、能面の薄ら笑いが覗かせていたことに私たちは一切気づくことはできていなかった......。
◆◇◆◇
私たちは旅館に戻り、階段を上がると、玲香がそのことに気づき、玲香は手招きをし、その先にある奥澤さんの部屋に向かい、そこでは村田さんが布団に寝かされ、介抱されているとこであった。
「玲香。村田さんの様子は?」
「うん。だいぶ落ち着いたみたい。ここに着いた時は恐怖からか体がほぼ硬直して言葉も中々発せられなかったんだけどね」
それほどの恐ろしさを体に刻まれたということはただ目撃しただけとも考え難い。もしかしたら、シスの言う村田さんを標的にしたとする推察が今回は正解なのかもしれない。
「先生、ここでは眠ってらっしゃる村田さんの妨げになりますので、先生方か律くんたちの部屋で話しませんか?」
「じゃあ、俺たちの部屋で話そうよ」
「そうだな。そうしようレギ....じゃなくて律」
危うくレギオの名前を言いかけ、私は焦ったが、奥澤さんは特に気にしている様子もなく、レギオたちの部屋へと移動する。
レギオたちは部屋の明かりをつけ、奥澤さんは村田さんから聞いた仮面の女についての情報を居合わせていなかった私たちに告げる。
「先生、どうやら村田さんは一度この経営する旅館から自らの家に帰宅しようとしたところ、奇妙な怪笑が林から聞こえて、その笑い声に乗せられるようにして林の中に入っていくと、仮面の女を目撃したらしいんですよ」
まるで、村田さんを誘い込むような行動だ。
私たちを襲うならわざわざ村田さんをそうする必要もない。陽動のような形だとしても、今までにそのような例は一つも見られてはいない。
「あと、一つ気になることを村田さんが呟いていたんですが.....」
「気になること?」
「ええ.....実は......」
奥澤さんが言い出そうとしたその時、突然明かりを発し続けていたランプは消え、外に出ても廊下も真っ暗闇となり、旅館全体の停電と見られる。
すると、私たちが離れていた奥澤さんの部屋の方面から全身を氷の塊が通るように身の毛もよだつ感覚を覚えさせる
規律性のない壊れた機械のような不気味な笑い声が耳に聞こえ、私は急いで奥澤さんの部屋へと向かい始めた。




