仮面の女
玲瓏な月の光が集落一帯を照らし、清涼の風も窓を開けた部屋には入り込み、それを浴びる私の側では私たちの部屋にやってきたレギオとシスが庵とトランプの娯楽に興じている。
それぞれ旅館に設置されている銭湯から上がった後、最初は疲れていると1回程度の時限措置でする算段だったようだが、当人の庵はすっかりのめり込み、王様ゲーム、神経衰弱、大富豪、七並べともうかれこれ4度の激闘を繰り広げている。
玲香姉さんもやらない?とレギオから勧誘を受けたが、私は断って一人この涼月の下で情景観察を楽しんでいた。
まもなく午後9時を回るが、特段変わった様子は見られることはなく、資料を見て警戒を強めていた当初からは少し、鎖が解かれ、楽になるようにその縛りからは若干の解放を見せていた。
「はぁ〜楽しかった〜。兄さんそろそろ寝ます?いつもみたいに」
「いや、そうもいかんだろ。いつその仮面の女とやらが現れるかわからんしな。お前たちももう少しここにいろ。何かあればすぐに駆けつけれるからな」
被害者が目撃した時間帯は統一性は皆無で、午後7時からの夜というものしか情報は得られなかった。
「もしかしたら、奥澤さんの方に現れる可能性もゼロじゃない。そうなったらすぐに助けに行かないとな」
私はふとその言葉に疑問を持つ。
「ねえ。それだったら奥澤さんをこの部屋に呼んだ方が良くない?その分移動時間も減るし、その方が助かる確率はぐんと上がるよ」
「私がそのことを考えてないとでも思うか?あの人はかなり一人でいることを好む人だ。その提案もおそらく断られるさ」
そういえば俯瞰してみれば奥澤さんは新幹線、バス、そしてこの部屋割と常に一人でいることが多かったことを思い出す。私も前に働いていた出版社では一人行動を好む人もそれなりにいた経験もあり、奥澤さんもそのタイプかと思い、この話は打ち切られた。
「ただ、あの資料を見て一つだけ気になることがあるんだけどな」
ポツリとそう一人呟いた庵。私はその言葉の真意を求めるように再度聞き返す。
「それって、どういう......」
すると、遠くの方から男性の叫び声が波のように押し寄せ、声の高さから村長の村田さんだろうことは容易に察しがついた。
「お前ら。行くぞ」
庵の間髪入れずに発せられる合図と共に弟二人もまるで軍隊の訓練のような早技で庵の後についていく。
私も遅れまいと必死についていき、私が階段を降り始めると後ろから遅れてやってきた奥澤さんも騒ぎを聞きつけ、私たちと共に向かうことになった。
声の聞こえたのは近くにある林からだ。落ち葉や細々とした木の枝の音がそれぞれの素早さを誇示するように音を鳴らし、庵を先頭に現場へと急行する。
「村田さん!」
高く聳える木の影に村田さんは尻もちをついて倒れており、額にはびっしりと汗が垂れ、手は震えを抑えられずにいながらも林の奥の方を指差す。
「仮面の.......仮面の女があの奥に......」
巨木の中を張り巡らす闇の中に仮面の女のが現れたことを告げると、レギオはシスはすかさずその中へと飛び込んで行き、姿は飲み込まれるように闇黒の中に取り込まれていった。
村田さんはおそらく混乱状態ということもあり、言葉も正常に発せられず、私たちは一旦、村田さんを介抱するため、奥澤さんが背中に担ぎ、旅館へと戻ることになる。
「玲香。お前は奥澤さんたちについて、村田さんの介抱を手伝え。私は二人の様子を見てくる」
そう指図すると、庵もあの深い幽玄の中へ突入しようとし、私はそこへ庵一人で行かせることに抵抗感を覚えていた。
「一人で行って大丈夫なの!?私もついて行こうか?」
「大丈夫だ!それよりお前はそっちの手伝いを優先しろ!わかったな!」
言い終わると身軽な体をピョンピョンと跳ねるように林の中へと庵は消えていく。私も庵の言葉によりその抵抗感を振り払い、自らの役割に徹することを決断していた。




