迷信敗れる
両手をその1枚の写真に合わせ、額に擦り合わせるようにそっと念じ、また再びその予言の儀式的ものを開始しようとしている。彼女のその行動に連動するように私たちの間にも沈黙が充満し、彼女が信じてやまないその能力をもう一度発揮するのかをただ待っていた。
「あれ......」
彼女はその一言を発した後、再び口をキッパリと閉じ、写真をただ持ち続ける行為を継続する。
しかし、何か写真の一部がじんわりと黒い跡のようなものを作り、私はすぐにそれが彼女の額から出る汗であることがわかる。必死に隠しているようだが、本人の想定を超えるほどの量が噴出してしまっているようで、むしろその隠蔽作業は逆にその焦りを露呈させているようなものだった。
「どうしたの?いつもだったら今頃予言を出してくれている頃だけれど?」
「うるさい......ちょっと黙っててください」
その焦燥は予言を急かすサラに対する苛立ちへと向けられ、彼女は今以上に力むように額を擦り付ける。
「ほんとは予言の内容が今頭に思い浮かんでないんでしょ?.......どうなの?」
次第に言葉の圧を強めるサラに彼女はもはや混乱気味となり、売り言葉に買い言葉のように予言内容をつらつらと話し出す。
「この人は今から10分後に......自宅において......心肺停止の状態で発見されます......」
途切れながら紡ぐ言葉の数々はおおよそ今までの彼女の予言の正確性からはかけ離れてしまっており、もはやその内容を信じ込むものはよっぽど予言に信心深い者でなければまず信用はしないだろう内容だった。
「往生際が悪い人ね.....あなたも薄々気づいてるんじゃないの?自分の予言がもしかしたらまやかしなんじゃないかって」
「違う!とにかくこの人には10分後に私が言った通りの状態で発見されるはずよ!」
もはや髪も振り乱し、写真も打ち捨て、ただ自分の信じていたものに裏切られた無惨な醜態を晒す彼女はこれまでに見せてこなかった哀れな姿を私たちの前に晒し続けていた。
「いいわ。だったら、あなたのいうようにその人が10分後にどうなるかは待ってあげる。だけど、もしあなたの予言が外れれば完全にあなたの敗北よ」
彼女には僅かなチャンスを与えているように見えるが、その内実は更なる追い打ちをかけるように予言の崩壊というその事実を直視させるための残酷なルイ新たな証拠の証明に他ならなかった。
「え....ええ......私の....予言は絶対当たるんだから.....」
◆◇◆◇
時計がちょうど10分経ったことを確認すると、私が電話をかけますよと庵がスマホを鳴らす。
「もしもし。大丈夫ですか?石原さん。そうですか.....では、帰ってもらって構いませんよ。お手数おかけしましたね。また今度礼として奢りますので」
そうして、電話を切ると庵は写真の人物.....実は前回は来ていなかった石原さん.....が無事であることを告げる。
いよいよ、彼女の予言は完全に外れてしまったことがこの場で証明される。彼女はその場に崩れ落ち、古賀さんは一連の事件の詳細を聞くために署への同行を願い、玄関の外で待機している他の警官の下へと連れ去られて言った。
「先生。ご苦労様です。彼女のご両親にも私から事情は説明しておきますので。では」
今は仕事のため、出払っているあの子の両親には古賀さんから連絡をすることになり、私もようやくこの面倒な事件が終幕したことの喜びを噛み締めていたが、一方で釈然としない気持ちも湧き出る。
「ねえ。サラ。いつぐらいからあの子の予言のまやかしに確信持ってたの?」
「気になる?しょうがない。玲香ちゃんのために種明かししてあげますか!」
自らが事件解決に導いたことで意気揚々となるサラは種明かしと称して、なぜ解決に導いたかを語り出す。
「ほら。私今日朝遅れたでしょ?実はね。私が送ってた言わばスパイがちょうど帰ってきてね」
「スパイ?サラってそんな知り合いいたの?」
「違うぞ。それはサラの分身と言ったようなところだ」
斜めから話に侵入してきた庵は私が想像する人間のようなサラとは別人のスパイの存在を否定する。
「そうそう。兄様の言う通り私の分身みたいな存在なの。今から見せてあげる」
パッと手を叩くとサラの後ろに広がっている影はみるみるうちに形状を変化させ、蛇のような生き物に化け、私たちの前に現れる。
「一応この子に彼女の張り込みをさせてたの。実は朝は迎えに行っててね。そこでこの子からの情報で昨日私たちを襲ったあのバケモノが戻ってくるのが見えたらしいんだけど、その直後に体が砂みたいに溶けていったらしいの」
やはり、あのバケモノがこの予言の事件に関わっていたんだ。そしてそのバケモノの消滅によりサラはそれにより予言能力の虚像を確信したと言う。
再び手をパッと叩くと洗濯機に入れられた衣類のようにたちまちに回転して、サラの背後の影へと身を隠していった。
「だから、古賀さんに責任ふっかけるみたいなふざけたこともできたってわけ」
今思えば古賀さんとサラのやり取りは実に滑稽なものだったが、それほどの自信がその裏に隠れていたことを示している。
「よし。とりあえず大方終わったし、私たちも帰るか」
庵の合図と共にテンションを上げるサラがオー!と掛け声のように反応し、今日の夕飯の話をし始める。
サラは私をその輪の中に手繰り寄せ、皆でなんか食べようよ!と昨日から続く曇り空とは相対的な笑顔を振り向ける。
こうして私は庵とその兄妹たちとの各々の出会いを果たし、長い長い序章を終え、また新たな日常へと足を踏み入れることになっていった.......




