見えない襲撃
「おいおい。お前飲み過ぎだろ」
高層ビルが都会の城塞としてあちこちに聳え立ち、それを彩るようにしてビル群の光が下方に跨る人々に生活の光を与えている。そして、1本の交差点には意識を保ち、もう一人の酔い潰れ、歩行すらも困難になっている友人を抱え、緋色を背景に止まる人型の標識を備えるその棒により、彼らは立ち止まり、片手を抱える男は意識が朦朧としている友人を呆れながらももう少しで彼の自宅に着くことを懸命に伝えようとしている。
「おい。そろそろ着くぞ。後で水でも飲んで寝ろよ」
「う〜ん......」
呂律も回らず、ただ曖昧な返事が送られ、仕方ないとばかりに少し溜息をつく。
その色が青に変わり、それと共に流れる音楽で渡るべき道が目の前に開かれ、彼らは前へ進もうとする。
「ゔ.......」
すると、片手を担がれている男は断末魔のようなか細くも野太いような声をあげる。
「どした?吐きそうか?」
男性が問いかけるが唸り声すらも見られない。
寝てしまったのかと思い、その男性は体を揺らしながら再度問いかけるが、やはりうんともすんとも反応はない。
「おい。起きろ。もう青だぞ」
しかし、酔い潰れた男は担がれている方とは逆の体の力が一気に抜けたのかだらんと宙ぶらりんの状態になり、片手を持たれていなければその場に倒れ込みそうな有様だ。
「おい!おい!」
みるみるうちにその腕も冷たくなっていくのがわかり、その命はもはや突きかけていることは明白であり、友人を呼び空虚な声が夜の街にただ響き渡っていた。
◆◇◆◇
彼女.....真田鈴の事件が終わってから早3日が経とうとしていた。結局あの化け猫は推定消滅で決着し、その当の本人の彼女はどうやらその事件のあった期間は記憶が一切なくなってしまっており、私たちもことや化け猫との関係性など具体的なことは何も掴めず、何よりも彼女の顔はぽっかりと穴が空いてしまったかのように気力のようなものがすっかりなくなってしまったような印象を受ける。
「何考えてんだ?この前のことか?」
聞き馴染みのある声が私を本来の世界に引き戻し、意識をその声の主へと向ける。
「あんたは気にならないの?彼女の記憶がないこと」
「別にない。あの依頼はすでに解決されたしな」
庵はリビングでちょうど私に顔を背けるような格好になりながら、あまり気にならない旨の発言をする。
私がこの問題に拘泥してるだけなのかな.....。
確かに庵の言うように女々しいぐらい引きずったところで依頼自体は解決され、母親である涼子さんもかなり満足はしている様子だった。
「でも、なんか彼女の表情見てると何かを失ってるような感じに見えちゃうのがね」
私はそう漏らし、これはおそらく庵から私の悩みに対しての答えのようなものが聞きたくて出てしまったのかもしれない。こいつの方が私よりもこんな経験何倍もしているだろうから。
「その精神的な話は医者の領域だ。私たちはそこは専門外のことだろ。専門外のやつが適当なことは言えないからな。私たちはただあのバケモノたちが関係する案件だけを扱う。それ以外はもはや逸脱行為。だから、お前もいい加減次の事件に備えて切り替えろ」
庵は両手に抱えたゴミ袋を息を荒くさせ、運びながら私に答える。
「あんた一人じゃ、大変でしょ?はい。持つよ」
私は片手を出し、そのゴミの一部を持ち、そのゴミを外に二人で捨てに行く。
私は頭の中が瀟酒していくような感覚がし、ようやくこのモヤモヤも取り除けそうになる。私は余りにも人の心に余計なエゴを持ち込みすぎたのかもしれない。庵の言うとおり、それは専門家が応じるべきことだ。私たちは依頼があった時にだけ、人の心に介入すればいい。これによって、また一つこの仕事に対する理解が深まった気がした。
「どうした?急にニヤニヤして。気色が悪いぞ」
「うるさい。あんたは黙って自分のゴミ運びなさいよ」
近くにあるゴミ置き場に出し、ぱっぱっと汚れを払い、家に帰ろうとした時、何やら後ろからタタタッと駆け足を唸らせながら、こちらに近づいてくる音がする。
「何っ!?」
私は本能的に駆け足に反応し、パッと振り返る。するとそこには目が大きく、髪は青色の可愛らしい10代ほどの女の子がおり、背中には何か包まれたようなものを背負っており、服装は黒い毛皮のような防寒着を上着にし、下には藍色のような袴に近いスカートを履き、どこか騎馬民族風を感じさせる。
「兄者!久しぶり!」
「おお!ドルジか!」
ドルジと呼ばれたその少女は兄者と呼ぶ庵と手を取り合い、再会を互いに欣喜雀躍し、私は状況の説明を求める。
「え、えっと。この子は?」
「こいつか?こいつはドルジって言って、私の妹だ。総じてレギオたちとも兄妹ってことになる」
また新しい兄妹.....ほんとにこいつは何人を兄妹にしてるんだろうかというほど見かけているが、ともかく私から見れば初めての女性の兄妹ということになる。
「もしかして、この人が新人の人?初めまして!ドルジって言います!何卒よろしくお願いします!」
「こ、こちらこそ」
元気溌剌な掛け声と態度に逆に私がしどろもどろになり、ぎこちない返事になってしまい、後から後悔が湧き上がる。
「にしても、どうした?突然尋ねてきたりして」
庵は割って入るように再会に至った経緯を聞き出す。
「実は兄者、私あることを小耳に挟みまして」
そう言って切り出されたのは新たな事件への不穏な扉へと私たちを誘うものだった。




