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庵の行方

夜半とは異なり、その鬱蒼とした林は姿を鮮明に表し、全体の構造を隈なく把握することができる。

早朝ということもあり、近くでは小学生ぐらいの子や高齢者などが利用していることが見て取れ、昨夜死闘があったこの危地は少し灰色の曇り空の朝旦では生活の中の一地域として浸透している。


「ここで先生はいなくなったと?」


「はい。確か、この細道をまっすぐ行って振り返った時にはもういなくなってて.....」


「悲鳴とか相手が攫う前の足音とかはなかった感じですか?」


「全然。ほんとに神隠しみたいに消えてしまって」


しかし、今客観的にこの場を俯瞰して見てみると不思議だ。確かに周りは小さな林を形成して、幼稚園児がかくれんぼをするぐらいならこれほど最適な場所はないだろうけれど、高校生が音もなく人を攫って、しかもその後に姿もろとも元からいなかったかのようにするにはほぼ不可能と言っていい。


「その真田さんって人の尾行を先生と一緒にやってたんですよね?」


寡黙を貫いていた石原さんは藪から棒に発言し、私はそれに相槌を打つ。


「だとすると、ここら辺の地理に精通している可能性がありますし、一旦、近所の人たちに写真を見せて情報を得る方がいいのでは?」


私はその意見には氷解し、古賀さんもそれがいいとばかりに早速近所に人々に話を聞くことにする。

それにまだ、彼女が本格的にあの化け猫や庵の消息不明との関連性は明確ではなく、涼子さんの依頼も彼女に悟られないように行動しなければならず、中々難渋ではあるが、これも仕事だ。と腹を括らなければならない。


「おばあちゃん。ちょっといいですかい?」


「なんじゃね?」


「ちょっとこの人について聞きたいんだけど、知ってます?」


涼子さんに提供された制服姿を映し出したその写真を通りかかった白髪を生やした70ほどのおばあちゃんに話を聞く。


「ん〜。見たことないねぇ〜」


「そうですか。お手数おかけしました」


少し猫背気味になった小さな背中を向けながら去っていき、私たちは次に個人まりと展開している酒売りの店に入り、そこの体格の良い中年の男性に再び写真を顕示する。


しかし、そこでも異口同音の言葉が並べられ、その後も近所の人々を訪ね歩き、彼女のことを聞き出したが、有力な情報は得られずじまいで彼女に近づくどころかさらに遠のいていくような感覚に襲われ、懊悩が支配する。


「もしかしたら、この真田さんは先生たちの尾行に気づかぬふりをして、あえて自らの通い路を外れて、ここに誘い出したと考える方が合理的なのでは?」


私の大学時代の先生のようにその手を右往左往させながら、自らの論を展開する古賀さんはそうだ!と握り拳を平手に打ちつけ、その頭にはピコンと電球が浮かんだように見える。


「古賀さん、何か思いついたんですか?」


石原さんは瞠目した表情で古賀さんにその閃きを尋ね、

その眼界は私を捉え、莞爾として笑い、暗に私にその案の実行を促進させる眼差しであった......









その光景はある一つの事象を除けば、おおよそ先日と全く同じと言っていいほどのもので、先日の再現といっても差し支えはなかった。電車の窓から見える赫赫たる夕陽が車内を彩り、ちょうど降り口のドアの付近から漏れ出した閃光により私が再び追っている彼女の顔はカーテンになって隠れてしまっている。


なぜ私がまたしても昨日と同じような行動をとっているのかというと........これは朝の捜索の中で古賀さんの提案により実行されることになった一計だった。

それは彼女が私たちを誘導していると仮定すればそれは例え気づいていたとしても見て見ぬふりをしているということでそれを逆手にとって、昨日と同じ場所に彼女を追い詰めて、袋小路にする作戦だった。石原さんは妙案!流石古賀さんですね!と典型的なリップサービスのような言葉をかけ、私は不安ながらも他に良い対案が浮かばず、結局逡巡しながらもそれを承諾した。


「.......」


太陽光がビルの影に逃げ、覗かせる相変わらずの仏頂面にスマホをかざしながらも凄艶な表情に見え隠れる腹の中の思案は推し量れず、面妖ぶりが伝わってくる。

彼女はその表情には表していないが、おそらく私の顔は認識していると見られ、もう一度あの公園に誘き出すようなことをするかは一か八かの掛けではあるが、とにかく試してみないことには始まらない。


昨日よりも雑多に人が行き交う人々の肩をするりと慣れたように避け、彼女もその波に入り込み、私もそれをかき分けていく。


ガヤガヤとそれぞれの会話や行き交いが矢合戦のように舞う中で彼女のその婀娜な雰囲気が私に彼女を見失わせない

ことは幸いだった。


あの子って一体どんな子なんだろう......


不意にそう思い起こされる感情は昨日まではただの依頼対象でしかなかった彼女が今では私も事件の当事者の立場になり、昨夜のことがありながらも悠然といつもの仕草を続けている様子は私にそのような疑念を抱かせる。


私はとにかく今はそのような疑念を持つことを自制し、ただ庵の行方や化け猫との関係を有している可能性がある彼女を追い、依頼の遂行ということも並行して解決する方向に持っていくことに注力することを自らに課すことを決意していた。








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