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化け猫とイモリ

常闇に対峙する二匹の獣畜は正反対の性質を示し、一方はその毛を剣山の如く逆立たせ、もう一方は風脚に揺らされる衣服をスッと片手で抑え、泰然自若振りを見せつける。


私は少し捻挫気味の足をなんとか引き摺りながら、近くの太いの木の影に身を隠す。あのイモリから発せされる闊達な雰囲気はレギオたちに見出せるものと同様の性質のような気がした。


「グルルル!」


喉を太鼓のように打ち鳴らし、自らを強く見せようと威嚇を加えるが、イモリは動じるどころか逆に左手の人差し指をくいくいと動かし、攻撃を仕向けさせるような挑発を行う。


「シャァァァァ!!!」


その挑発は効果覿面であり、眼に真っ赤な鮮血を浮かび上がらせ、鼻息は荒くなり、白銀に光るその爪は化け猫の興奮の烈しさを如実に表している。


その跳躍はイモリの頭上目掛けて躍如し、鉤爪を剃り立て、致命傷を与えんと躍起になる。


「ジャァァァ!!!」


しかし、本来であればその爪を喰らえば骨深くまで侵入し、金切り声をあげそうなところだが、イモリは飄々とその攻撃を受け止め、逆に化け猫はその悍ましいほどの喚呼を轟かせ、腕を抑えながら、後退りし、その抑えている部分の指の間から何やら液状のようなものがポタポタと垂れている様子が伺える。


あの色は......血だ。


水溜まりのようにその場に蓄積され、土と混ざり合って、汚濁な色となっているが、もがき苦しむ化け猫の腕は隠しきれないほどに腐食し、その毛は黒白の色を失い、皮膚はドロドロに爛れ、剥がれ落ちるように皮が辛うじて断崖絶壁にしがみつくようにぶら下がっている。


あのイモリは特にこれと言った攻撃を加えていない。

それにも関わらずあの化け猫はあれほどの艱難を見せている。一体どんな技を浴びせているのだろう。


「グルルル!......」


化け猫はキッと鋭鋒な閃光の目付をイモリに向け、それに対して、イモリも足を引き、構える姿勢を取ったが、その隙をつき、化け猫は疾風な足取りで一瞬のうちに韜晦する。


イモリはそれを見るとふぅ〜。と体の態勢を楽にし、私を見つけるとザッザッと散らばる落ち葉を踏み鳴らす音と共にこちらに歩み寄る。


「あなたが、原田玲香さんですか?」


「はぇ?.....ああ!そうです!私です!それ」


イモリが発した声の余りのイメージとの乖離に戸惑い、情けない声を出してしまう。


「あはは!あにさんからつい最近新人の人が入ったって聞いてましたので」


「あにさんって.....もしかして庵のこと?」


「ええ。そうです。あ!自己紹介が遅れてましたね。私の名は玄翠と申します。以後よろしく」


「こちらこそ」


その見た目からはおおよそどこか子供っぽい可愛らしい声を想像していたが、予想斜め上の激渋な声帯には度肝を抜かされ、これは慣れるまでに少し時間がかかりそうだ。


「それで、あにさんはどちらに?」


そうだ.....忽然と庵は行方をくらまし、あの口煩い口調すらも聞こえずに今もその姿を消してしまっている。


「あの化け猫に襲われる前に突然、いなくなって」


「突然?何か音とかあにさんの助けを求めるような声とかは聞こえなかったですか?」


「全然。振り向いた時にはもういなくなってて.....」


完全に私の不注意だ......後悔の念が私に重くのしかかる。


「大丈夫ですよ!私がもう少し早く来れていれば良かったんです。そう自分を責めないでください。きっとあの調子のあにさんで無事ですよ!」


その渋い口調で私を励まし、玄翠はとにかく今は今後の対策を練ることを提案する。


「音もなくいなくなったのならきっとあのネコが関わっているはずです。おそらく、あのネコの能力か何かを使った別の誰かがあにさんをさらったのやも」


別の誰か.......あ!っと私は一人の人物の顔が脳裏に浮揚する。


「多分、庵を攫ったのは真田鈴って子だよ」


「真田鈴?」


「うん。庵と私にその子の母親から調査依頼みたいなのを頼まれて、彼女を尾行したら、庵もいなくなって、あの化け猫にも襲われた状態だし」


あの短時間でこの林の公園の中から消息を絶ったこともそうだし、あの化け猫に彼女が襲われたような様子も見られない。だとすると可能性はあの化け猫と彼女が何か共謀関係にあるということだろう。


「玲香さん、私はあのネコの行方を引き続き追います。あなたは今は家に帰って、安静にしていてください。その後にあにさんと面識あるあの警察に連絡して共に対処するがよろしいと思います」


彼の従容なる弁口から出る意見に私も賛意を示し、ひとまず私は自分の家に帰り、その痛んだ足などを保養させることにした。


玄翠は私を送り届けると力走して、その姿は数分で煙のように消えてしまう。マンションのエントランスに入ると同時にサーッと地面を強く打ち付けるような小糠雨となり、妙に清澄に思える雨滴には玄翠や今も行方しれずの庵がそこから見える雨の雫の中に映り込むように見え、私の彼らへの心痛が反映されているようであった。


横槍を挟むようにエレベーターの到着が報せられ、早々と私は乗り込み、自分の階のボタンを押し、明日の行動要綱を練り上げる。とにかくまずは古賀さんたちに協力を促して、探し出すしかない。ジンジンと痛みが唸る足首を気にしながら、開いたエレベーターから飛び出した。







「原田さん!こっちです!」


車の窓を開け、自らの居場所を知らせるのは他でもなく古賀さんで運転席には石原さんが座り、ハンドルを握っている。私は早朝に警視庁に電話をかけ、二人に代わると事情を説明し、私よりも焦燥な様子で急いで車を出して私を迎えに行くと勇足になり、そして今に至っている。


「すいません!古賀さん。こんな朝早く」


「いえいえ!それより先生がいなくなったってホントですか?」


「はい。今も行方知れずで......。あいつの弟が今東奔西走してるみたいなんですけど」


「なら、急いで乗ってください。とりあえず該当しそうな場所は全あたりましょう!」


私は後部座席に乗り込み、まずは私たちが受けた依頼やその相談者、そして本件の対象である娘の真田鈴のことなどの概要を説明し、最初にいなくなった場所.....あの林の公園に向かうことに決定した。


まだ昨日の甘雨の足跡があちらこちらに残り、その跡を消すかのように進む車はただひたすらに少年を追って奔りつづけていた。






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