生意気少年
私...原田玲香は数年勤めていた出版社を辞め、新たな道に進むため、親友の櫻井凛から勧められた安倍庵という人物いる自宅に足を運んだ。
本も出版しているというから私はてっきり、大学の教授や
弁護士などのような身なりをした40〜50代の中年ぐらいの男性を想像していた。
「息子ってあんた.....安倍庵って私だけど」
目の前には自らを安倍庵などと名乗るこの少年がいた。
私はてっきりこの子は安倍庵さんの息子さんだと思い込んでいたが、この子はそれをキッパリと否定してみせた
その子は年齢は10歳か11歳ほどの小学生に見え、さらさらの黒髪とぱっちりとした目を持ち、背丈はおそらく130前半ぐらいと思われ、164センチの私の半分程度しかない
「あんまり、大人を揶揄っちゃダメだよ〜。ほんとは君違うでしょ〜?」
だいぶ年上の私に接した時のタメ口や安倍庵と名乗っているのは私を揶揄っているのだと解釈し、私は少し挑発するようにこの子に対してそういうことはやめるように暗に諭した。
「失礼なやつだな。私は正真正銘の安倍庵だがね。雇用主に対してそんな挑発めいたことを言うとは。全く君は常識というものがまるでないね」
「な!.....君こそ年上の私に対して敬語がない非常識なお子様じゃないですか〜?」
私は負けないようにと意固地になりながら、この無礼な子供に自らの腹立たしい気持ちをそのままぶつけた。
「あんた、前職は何してたの?」
庵は急に私の前の職業を聞き出し、私ははっきりと出版社だと答えてやった。
「だったら、私のことぐらいは知ってそうだが。下調べも甘いな」
あ〜!本当に腹立つガキ!と私はイライラしながら売り言葉に買い言葉で答えた。
「あなたがそう思い込んでるだけじゃない?実はあなたは井の中の蛙だったりして」
すると庵は私を見てクスクス笑い始めた。
「自らの見識の狭さを他人になすりつけるとはこれはこれは立派な大人ですな〜」
ニヤニヤしながらそう言ってくる庵に歯痒い思いをしながらも、ここまで来てさらには小馬鹿にされたからには引き下がるわけにはいかないというプライドが働いた。
「まあいいや。こっちも今人手不足ではあったしな。
不本意ではあるが、あんたをうちに採用することにしよう」
不本意という言葉が引っ掛かりはするが私はあっさりと
新たな職に巡り合うことができた。
ただ、一緒に仕事をするこいつだけは気に食わないけど!
「えっと....名前は玲香とか言ったか?とりあえず私についてきてくれ。今日から早速仕事だぞ」
庵が私を先導し、それについていくとある一室の中に入り
そこには無数の本や雑誌のようなものがあり、部屋の中央部分には机があり、そこに何か資料のようなものが散乱している。こういう整理整頓がきちんとできていないところはやっぱりガキだな。と私は心の中で吐き捨てた。
「とりあえずこれを見てくれ」
私の前に突き出されたのは束になった薄い資料のようなもので私は少しため息を吐きながら、近くにあった個人用のソファーに腰掛けてそれを読み始めた。
「これ、ストーカー事件?」
その資料を一通り目を通した私の印象はそういうものだった。全ての被害者の相談内容は仕事の帰りや買い物帰りに何か視線のようなものを感じたり、足音がしたりというようなもので統一的だった。
「もう一度、よく見てみろ」
庵は口調を強くして私に言い、ムッとしながらもう一度凝視するとあることに気づいた。
「これ、男女関係なく狙われてるじゃん」
「ほう。一回の指摘で気づくとは案外やるな」
庵から珍しく褒め言葉をもらい、少しばかり嬉しい気持ちに覆われた。
「フフン!そうでしょ!」
「おいおい。それぐらいで調子には乗るなよ〜」
このガキ。上げて落とすやり方しやがって。
それにしても、なんで男女問わずに被害が出てるんだろう
思い過ごしと片付けるにしては見たところ10人ほど同じ現象に出くわしている。それに被害にあっている場所もその周辺に限られている。
「これってどういうこと?ただのストーカー事件とは片付けられないし」
「それを解決するのが私たちの仕事ってわけだ。どうやら
相談人たちが気配や影らしきものを見た時刻はおよそ
19〜20時の夜の時間帯だ」
わざわざこいつに相談してくるってことは警察とかもおそらくあまり真剣に動いてくれてないってことが推測できる
だけど、私は一つ気になることがあった
「ねえ。でもこれ気配や影は見えたり、感じたりしてはいるけど、それ自体は見てないってことでしょ。どうやってそのストーカーもどきの正体を探るつもり?」
私がストーカーもどきを見つける方法を尋ねると庵は私の方をジッと見つめていた。
「な...何?」
「いや、ちょうどお前にぴったりの仕事があってな」
「ピッタリな仕事?」
〜翌日〜
「はぁ〜。あのガキ」
私は今ストーカーもどきの被害が多くあった現場近くの通りを歩いている。街灯がポツポツとあり、かろうじてその灯が道を照らしているがあたりはすでに真っ暗だ。
あいつの言っていた私のピッタリな仕事.....
それは私をそのストーカーもどきを誘き寄せるための囮とすること。その場ではあんたがやれよ!と思い、それを伝えたが、被害者に子供はいないしと言う理由で一蹴し、
さらにはボーナスを付け加えると言う甘い言葉に私はまんまと乗ってしまった。
「まあ、いいや!あいつから搾り取るだけ搾り取ってキッパリやめてやるか!」
誰もいない路地で一人そう呟きながら歩みを少しずつ進めていった。
「.......」
5分ほど歩いたところだろうか。特に何か気配があるわけでもなく、私はなーんだ。もしかしたらほんとに気の迷いとかが気配と勘違いしたんだろうと楽観的な思考が浮かんでいた。
そう思っていた矢先、ほんの一歩さらに前に進むと何か背中から悍ましい気配や視線のようなものを私自身が浴びているのがひしひしと伝わってきていた。
私は少し早歩きになり、庵から言われていた通りの指示に従うようにして歩き始めていた。