燃え上がる豪炎
人々は普段と何ら変わらない日常を時に刻み、また今日という日を終え、次の日に向かってひたすらに突き進む。
そのような中、ある者たちはその日常とは乖離した非日常を現在進行形で進んでいる。
「おい!もっと早く走れ!」
「わかってるってば!!」
庵との距離は人一人分離れ、運動会でのリレーのような様相を呈し、その中でもいつもの押し問答を繰り広げる。
「私だけならとっくに追いつきそうだったがな」
「はぁ!?あんた後で覚えときなさいよ!」
太腿の筋肉は悲鳴をあげ、向かい風が髪をたなびかせ、
息もゼエゼエと絶え絶えとなり、ただ走り続け、忘我の境に入っている。
「ねえ!これだけ走ってるけど、バケモノの行き先なんてわかるの?シスもここからじゃ見えなくなってるし!」
シスが上空に飛び立ってから、数分が経つがもはや今も昔も相変わらずの夜陰の空で黒炎や竜巻の片鱗は一つも顔を出していない。
「とりあえず目星をつけてるところはある!だから今はそこに向かうぞ!」
「目星?そこどこなの!」
体の水分は徐々に汗で体外に放出され、喉も砂漠のように枯れ果て、一声、一声をなんとか発している状況の中、
休息を求め、庵の目星という場所を聞き出す。
「あのバケモノの怨念の根源となった子供の生誕地だ!
あのバケモノの飛んでいった方向的からしてそこが最有力候補だ!」
バケモノの怨念の元の子供の生誕地.....すなわちそれはその子が無理心中による火災で亡くなった場所でもある。
今は団地が聳え、その子のかつての居場所は跡形もなく消え去っている。
「あそこだ!」
ようやく見えてきた団地は夜の更けていることもあり、
光もポツポツとついているぐらいでほとんどは寝静まり
自らの夢の世界に片足を下ろしている。
「はぁ.....はぁ......」
ようやく休息を得て、がっくりと膝に手をつき、息も切れ切れとなる。疲労から少しボヤけて見える視界の先は
団地がぐるりと周りを囲み、真ん中には住人共有の公園のようなものが整備されている。
「あれ?シスまだついてないのかな」
私たちの方が早くきてしまったことを不思議に思い、私は周りを確かめるように団地の公園の中へと闊歩する。
「もしかして、外したんじゃない?実は別のところで戦ってるとか」
「いや、復活しているなら私の予測ならここに来そうなものだが」
ライトが照らす団地のエントランス近くで気難しい思案顔を見せ、手を顎に当てて庵は考え込んでいるが、私はいち早く他の候補の土地に移ることに思考をずらしていた。
「やっぱり、他のところで戦ってるんだよ。体力もちょっと回復してきたし、次のとこ行こ」
しかし、まだ庵は俯き加減で納得がいっていない様子で
プライドの高さから仮説の過ちを認められずに意固地になっているとばかりに思い、未だ公園の中に入り込んでいる私は庵に次に行くことを再度促そうとする。
「やっぱり別の場所で戦ってるって.....」
「待て!......お前今なんて言った?」
カッと形相が一気に変わり、庵は私に食いつくようにして
先程の言葉の反復を要求する。
「え?だから別の場所で戦ってるんじゃないかなって」
「別の場所.....別の場所.....」
お経を唱えるようにブツブツとその言葉を何度も復唱し
体もそれに合わせるかのように周りをウロウロしている
「ねえ。どうしたの?そんなに唱えるようにして」
その時、私から見て庵が背を向けるようにしてピタッと硬直したように止まり、途端に大声を叫び、その声色から剣呑を知らせている。
「そこから離れろ!今すぐ!」
庵は私の手を思いっきり手繰り寄せ、公園の敷地内から庵方へと勢いよく、引き込まれる。
「ちょ!どうしたの?」
「後ろを見てみろ」
言われるがままに後ろを覗くとそこにドロドロとしたヘドロのようなものが私がいた場所の一面に放散され、それが
聚合し始め、足、体、顔とその形を取り戻し、その姿は
私たちが追っていたあの黒炎のバケモノだった。
「.......」
彷徨うようにふらつきながらも、ふとバケモノの上空から飛んできた球体状の物体の攻撃を軽々避け、その神出鬼没ぶりをまざまざと印象付ける。
「おい。隠れるぞ」
私の腕を引っ張り、団地の入り口あたりにある壁の中に隠れ、その間にバケモノが避け、空いた空間は空中からスッと舞い降りたシスが埋めるように降り立った。
バケモノは間髪入れず、シスに向かい、初戦では見せなかった体から噴出する黒い火炎放射のような技を浴びせ、
シスは羽団扇を構え、その攻撃をただただ受け止めている
「危なかったな。お前を引っ張ってなかったら今頃あの炎の塊をモロにくらってるところだ」
シスは仁王立ちをしたまま動かず、放射を受け止めているが、あれを生身で喰らえばとても原型を留めれるとは思えない。
「でも、どうしてわかったの?」
「お前が言った別の場所だよ。別の場所って言ったってそれが地上に限った話じゃない。空だって含まれる」
その視点は抜け落ちていた。私はてっきり別の場所の地上で戦っているものだと錯覚していた。
「あ、今私には抜け落ちた視点を見つけてるって思っただろ?お前とは見てる視点が違いすぎるからな」
「はぁ!?あんただって私の別の場所ってヒントがなければ中々辿り着けなかったくせに!」
「それは一つの契機に過ぎん。お前の言葉がなくても私ならいずれは見つけているはずだよ」
相変わらずの性格の悪さだが、そんなことに構っている場合ではない。シスのただ受け身を続ける状況は私の溜飲を下げる。
「それより、あれだけ攻撃喰らってちゃ、シスも耐えられなくなるんじゃ.....」
「心配ない。あいつはあえて今それをやってるんだ。バケモノを確実に倒すためにな」
確実に倒すため.....現状の光景からはその方策があるようには映らない。だけど、一応兄であるこいつが言うんであればおそらく大丈夫なのだろうと私も固唾を飲んでただ見守ることに徹する。
「そろそろか.....」
その言葉と共にシスは受け止めていた黒の火炎を羽団扇で押し返すようにし、その黒火炎はたちまちにしてバケモノの方へと逆流を始め、火炎は大波を形成し、バケモノの体全体を飲み込むように覆い被せられ、全身に火をつけられたように体中が容赦なく燃え上がる。
「.......」
黒の炎は散り散りとバケモノを蹂躙し続け、無言ながらもその火から逃れようと必死に踠く姿は怨念の生前の最後を表現しているようであり、憐憫の気持ちも湧いてくる。
だけれど、私は最初の女のバケモノの事件の時の庵の言葉を思い出す。この子の魂だって、おそらく望んでこんな所業をしたいなんて微塵も思っていないはずだ。
その苦しみから永訣するさせるためにはこれしか方法はない。
「ようやく自分に課せられた怨嗟から解放できるんだな」
庵のその表情は不治の病を得た子供が手術を経てようやく回復に向かう子に見せる眼差しのようなものが宿っている
バケモノはその場にバタッと倒れ込み、体は跡形もなく
空気に消え、団地にはいつもと大して変わらない静寂と
時間が再び繰り返されていた......




