ボヤ騒ぎ
今私たちは家での僅かながらの休息を終え、ボヤ騒ぎが起きた現場の近くを訪れていた。周りは閑静な住宅街で放火は青いネットが何重も重ねられたゴミ袋に出火したものとされる。昼間でありながらこれほどまでに人の往来が少なければ夜になるともはや人が消え、犯人一人の独壇場となり、誰にも目撃されずに放火を起こすことなど大人が絵本を読むように容易いことだろう。
「こんなに真っ昼間に人がいないんじゃ、犯人の目撃情報を取る方が難しいだろうな」
私の心を見透かしたようにほぼ同じようなことを吐露する
庵はぐるっと周りを見渡す。
「防犯カメラはちょこちょこあるみたいだな。この場所からどの方角に逃げてもあのカメラに姿形が映らないことはまず不可能だろう」
「もしかしたら、ここら辺の土地勘に優れた人が犯人だったりするんじゃない?すぐ近くでも同じ事件が起きてるんだし」
土地勘に優れていれば防犯カメラの位置など犯人の掌の上だ。それに人通りだって把握していなければ誰にも見つからずに犯行を犯せる場所になんて辿り着かないだろうし
「仮にそうだったとしても1週間のうちに4件も放火を起こしているなら、顔見知りの誰かでも目撃情報の一つや二つは出てきそうなものだが、それすらも一切ない」
「まあ、確かに」
「それに土地勘があるなら、わざわざそれなりに防犯カメラもついている住宅街の近くに放火をする方がリスクがあるだろう」
「.......」
言われてみればそれなりに的を得た論理で私の推論はドサドサと瓦礫が崩れ落ちるように崩壊する。
「脇の甘い推理は控えた方がいいぞ」
きー!!!と脳内で悔しさが鳴響し、こいつの余計な一言に言い返せず、無言を貫いてしまう自身に残念無念でならず、歯で唇をギュッと噛み締めるような悔しさを滲ませる。
「まあ、そう悔しがるな。次行くぞ」
火に油を注ぐようにさらに煽りを投下してくるが、今は怒りを水に流し、仕事に徹することで心の安静を取り戻そうとした。
他の3件を起こった順に回ってみると1件目とは真逆の大通りに面した場所にある花壇からの出火やマンションでのバイク放火など標的となるものや放火の仕方はまるで別人がやったかとミスリードさせるような犯行だった。
「あんまり、犯人の手がかりに繋がりそうなものはなかったな〜」
「いや、現場を見た価値はそれなりにある。もしかしたら過去にこの近くで放火や失火での火災での事件や事故があった可能性もあるしな」
私たちは再び引き返して、元いた庵宅に戻ることにし
そこで過去の事件や事故の検索をかけることにした。
前にも勘十郎から聞いたようにあのバケモノの種類は多種多様であり、今回の事件はそのうちのどれに当てはまるのかを探って、犯人の正体に迫り、事件の惹起の原因を突き止める。
ようやく私もどのようにバケモノの正体を掴むかが青写真のようではあるが、この場合にはこれというこの仕事の手法にようやく体が慣れ出してきていた。
もはや定位置どころか縄張りのように私はリビングのソファー、庵はキッチン近くのテーブルで作業をしている。
当初はあまり分担作業を私に任せるのですら顔を歪ませ
門番が固く門を閉ざすように自分の世界だけで仕事を完結させていたが、最近になって少しは私にも作業の一端を与えてくれるようにはなっていた。
カーカーとカラスの鳴く声がもう日がすでに沈みかかり
夜に向けた準備を街全体に言い伝えている。
冬の夜は駆け足のようにやってくるものだが、夜を終えるまでの時間は瞠目なほどに遅鈍である。
私と庵がそれぞれ調べた内容を掛け合わせるとどうやらその昔にその地域で親子の無理心中があり、その後その棲家の家は悲しみの業火がその街の静黙を大破させ、喧騒へと一変させた。
このような概要が頭に入れば、自ずとその正体は無理心中に巻き込まれた子の怨念を消散することができず
今世に対してのぶつけ難い怒気となって今回の件に至ったのだろうと推測が立つ。
無理心中絡みとなるとこれはまた一筋縄では行かないだろうな....と予想される困難に心が肩を落とすが、そんなことばかり思って、仕事を投げ出すことはできない。
ガチャっと外界を隔てている扉を開き、出迎えるような冷風を体に浴びると同時に私の目の前には倍以上はある体格で兜巾や法衣を着込み、腕には草でできたような羽団扇
顔は赤ら顔で鼻は長く突き抜けながらも凛々しい顔立ちをした男が私の前に立ち塞がっている。
「うわぁ!!」
思わず足はよろけ、元いた世界に吸い込まれるように玄関の方に座り込んでしまう。
「あれ?シスもう来たのか?案外早かったな」
「兄上!お久しぶりですな!」
私を空気のように押し除け、その天狗男と手を取り合う様子は側から見れば実に滑稽に映る光景だろう。
「もしかして、この天狗男もあんたの弟?」
土が粘着したズボンなどをせっせとはたき落としながら
庵にそう尋ねると、鸚鵡返しのように天狗男も私の存在を庵に尋ねてみせた。
「兄上、この女性は?」
「ああ。新しく働くことになった私の助手の原田玲香だ」
「それはそれは。挨拶もせずご無礼を。私はシスと申します。どうぞお見知りおきを」
その風貌とは真逆の低姿勢の意外な様にポカンと呆気に取られてしまう。
「こちらこそ。よろしく」
まるで会社の重職の機嫌を伺うような滑稽な自分の仕草に
段々恥ずかしくなって、顔が紅潮するのを必死に隠蔽しようとする。
「何、いつまでも頭下げるようなことしてんだ。ほら。行くぞ」
相変わらずのこいつの私への突っかかりはさておき、突然合流したシスも加わり、昼間の道は闇がすっかり染み込み、人や自動車の闊歩の音が流れに流れている。
その昼間の記憶を掘り起こしながら、黒色に隠されたこの道をなぞるように移動し、放火現場へと再び踏み入れようとしていた。
最初の放火があった一件目を訪れるとやはり人影などなく、誰かが号令でも発したかのように消散しきっている
ただ、私たちが孤立したように配置されている。
「いいか。犯行時間は今から数えるともう後数分で起こっている。ここが最初の現場ということはこの近くに怨念の根源たる存在が現れるはずだ。それまで隠れられそうなところで待機するぞ」
御意とシスはその指示を肝に銘じ、私も二人に追随して
現場近くの苔が生え、古びた倉庫の裏側でその元凶が
顔を覗かせ、正体が浮き彫りになるのをじっと待っていた




