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槍と刀

その二つの影は再び相見え、一方は大きな巨体から放たれる鼻息から興奮している様子が見受けられ、もう一方は

静寂の衣を纏い、微動だにしない落ち着きが見える。


バケモノは間髪入れずにその4本のうち2本の刀を振り下ろすが、勘十郎はいとも簡単に槍で受け止め、それを予期していたのか残った2本の刀が勘十郎のガラ空きになった左半分を襲う。


キッと光る目がそれを捉え、勘十郎は僅かな力を込め、抑えている2本の刀を押し出し、そのまま宙で1回転を見せ

加えられた攻撃を完璧に避け、舞った体をマットがあるかのように優しく着地する。


「すご.....」


2度目とはいえ、その様式美を備えた華麗さは今一度見ても魅了されるものがある。


「あいつは全然本領なんか発揮してないぞ。お前はその一部を見せてもらってるだけだ」


相変わらず無駄な言葉が多いこいつのことは置いといて、

戦況に目を転じても一心不乱に4駆り出される本の刀の乱舞は全て1本の槍の前にいなされてしまい、流石に疲れを感じたのか、その刀の動きは大幅に鈍っている。


その一瞬の隙を逃さず、勘十郎は遅延するその腕を狙い

強烈な突きを入れる。


「グゥゥァァ!!」


雄叫びをあげる魔物の声は私たちの鼓膜を突き破ろうかというもので庵も咄嗟に冷えてちょっぴり赤くなっている指で塞いでいる。


すかさずその晒された腹部の部分を槍は容赦なく一線の下斬られ、血のようなものは全く見えないが、その切り傷には真っ黒でブラックホールのようなものが確認できる


「ゥゥ!!」


その傷や声色からも激痛を伴うことがわかり、勘十郎は気にも止めず、自らの攻撃を続ける。残りの腕にも突きや斬りつけるという技を加え、痛みからその場に刀はカランカランと金属とアスファルトの重なる音と共に刀は溶けるようにその場から消えていった。


「そろそろトドメだな」


庵の寝入るような声はおそらく勘十郎の耳には届いていないはずだが、その言葉とほぼ同時に後ろに数歩後退し、

左足は少し前に突き出され、槍は背中にピタッとくっつくように構えられ、その瞳はガッチリと標的としてのバケモノを射程内に入れている。


勘十郎の周りには一種のオーラのような目には見えない覇気が湧き出るような錯覚に陥り、吹いていた風ですらその声を止まらせるほどのものがあり、バケモノもその覇気に縛り付けられ、身動きが取れないような状況となり、ただ

それを受け入れるだけとなる。


その出来事は一瞬だった。瞬きをした隙に勘十郎の槍は

バケモノの胸のあたりを直撃し、バケモノはもはや声も発することもできず、その体は泡沫のようになり、音もなく

四方八方に飛び散るようにして爆散していった。


「お疲れ」


庵は真っ先に駆けつけ、少年らしい小さな手を掲げ、

勘十郎も戦前の柔和な顔を取り戻し、イェーイ!というようにハイタッチで手を重ねた。


私もそれを見ると少しホッコリした温かさが心に灯り

勘十郎は私を見ると怪我はなかったですか?と優しく声をかけ、大丈夫とそれに返した。


「よし。事件もとりあえずこれで一件落着したし、あいつを待たせてある家に帰るか」


あいつ?.....庵、誰かを家に待たせてるのか。


「あいつって?」


「ん?それは帰ってのお楽しみだよ」


そう言って、ニヤニヤと少し不敵な笑みを浮かべ、私と勘十郎は目をビー玉のように丸くして違いを見た。

勘十郎もどうやら誰が待っているか知らないようだ。





そう遠くはないところでバケモノを倒したことで時間もまだ出発してから、1時間ちょっとしか経っておらず、あっという間に庵の家に帰りつく。


家を囲む壁から覗き込む感じ、確かに家の電気が漏れており、確実に誰かが居を構えているのがわかる。


「勘十郎、お前が一番驚くと思うぞ」


「私がですか?」


服のポケットから家の鍵を取り出し、玄関のドアを開ける時にはサプライズへの興奮からなのか慌てた勢いで鍵が中々はまらない場面もありながら、開き、電気が明るさを保ち、出る前の同じ世界を維持し続けていた。


「帰ったぞ〜」


その声に反応するように奥の方からトタトタと騒がしいリズムを鳴らしながら、言っていたあいつがリビングの中で出迎えている。


「お帰り!兄さん.......って勘十郎じゃん!!」


「レギオか!!久しぶりだな!!」


二人の視界が互いを捉えると同時に一目散に抱擁を見せ、

勘十郎の背中の向こう側から見えるレギオは兄弟との再会を一心不乱に喜ぶ末っ子のような気質を披露している。


「兄さん!勘十郎が来るなら来るって言っといてくださいよ」


「ハハハ。楽しみは後で取っておいた方がいいだろ」


そして戦勝祝いのような形で私も加えて庵がうどんを作ったやろうと言い出し、私は鑑定士のように庵の料理の技量を疑ったが、お前に心配される腕じゃないよとばかりに

気にせず、台所に向かった。


「姉さん。そんな心配してなくても大丈夫ですよ!兄さんは俺たちの中じゃ2番目に料理上手いんですから」


「え?そうなの?」


「多分、そんなに時間かからないと思いますから座って待ってましょう」


庵がキッチンでバンドが演奏を奏でるような忙しない音が聞こえてくるのを傍にレギオや勘十郎の会話の中に紛れ込む。


どうやら二人や残り4人の弟や妹はざっと2ヶ月近くあっておらず、あの喜びようはそういうことだったのかと改めて腑に落ちる。そして私はさらにこの兄弟・姉妹たち....

ひいては庵のルーツのようなものをここで知ることになった。


庵には両親がおらず、養護施設で育ち、そこからこの歳で独り立ちをして、皆や私....それにどうやら私の前に前任者の方が居たらしい.....と出会って、今に至る歴史があった


確かにこの大きな家にあいつ一人だけなのは出会った時から不思議には思ってたけど、そういうことだったのか。

あいつも結構苦労してるんだな.....


「できたぞ〜」


その声と共に出来立てのうどんの香りが空気の川によって流れ着き、完全にその匂いの虜になってしまう。

4人分で運ばれてきたそのうどんはちょうどいいネギや天かすを含み、程よく上昇する湯気も冷えた頬を着実に温めてくれていた。


いただきますという掛け声は合唱のように重なり、その太麺を勢いよく口に含むと美味が口いっぱいに広がり近くのソファーでフーフーと一生懸命冷やしながら、ゆっくり食べる庵の腕前に喫驚する。


「ん?うまいか?私のうどんは」


「まあ....及第点ってところ」


コンベアのように次々と放り込む私を見て、わざと近づきながら味の確認をしてくる庵に対し、本心をベールで隠しながら、その煽りに動揺していない素振りを見せる。


レギオと勘十郎はすぐに食べ終わってしまい、満たされたお腹を抑えながら、ソファーに体を預ける。


「上手いなら上手いとはっきり認めた方がいいぞ〜」


「はいはい。黙って食べなさいよ」


軽口を叩き合ういつものルーティンはあいも変わらず続き、私は残りのうどんをかき込むようにして冷えた体と

空いた腹を満遍なく満たすことを行い、今日という波瀾万丈な1日の終わりに近づきつつあった。








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