槍の勘十郎
肌に触れる冷たい風は建物や車などに容赦なく吹きつけ
またその風はパタパタと袴が擦れる音を誘発し、月の光は
互いの武器を誇示するように輝きを与えている。
「.......」
ザッ....ザッっとバケモノが間合いをとるすり足は緊張を増幅させ、それに対し、魔物はぴくりとも動かない。
「グラァァァァァ!!」
咆哮をゴングとし、サッと風を切るような速さで一挙に距離が詰められるとその4本の刀全てを魔物の方に振り下ろす。体格差は倍以上あり、攻撃をもろに喰らえばその体は
雲散霧消してしまうだろう。
魔物は十文字槍を横に持ち、4本の刀は虚しくも全てその十文字槍に吸収されるように見事に受け止められてしまう
「!!」
流石に想定外だったのか、バケモノの顔が歪みを見せ、
その隙を逃さず、魔物は受け止めていたものを押し除け
十文字槍を振るわせ、バケモノはその覇気に後退りする
その武芸には華麗さも備わり、側から見ている私からは
演舞を鑑賞しているような錯覚に陥らせる。
「......」
しかし、一面に霧がもやもやと立ち込め、その先のことはカーテン状になり、窺い知れない。
私は霧を払い除けながら状況を確認しようとしたが、
その途中で再び辺りはさっぱりと晴れてしまい、そこにはバケモノの姿は跡形もなくなり、私と魔物だけが点在しているだけだった。
魔物は私の方に身体をクルッと向け、距離を縮めてくる
「あなたが兄が言っていた原田玲香さんですか?」
丁寧な口調で発せられる少し太い声に私ははい。とか細く答える。
「私は名を勘十郎と言います。以後お見知り置きを」
下げられる頭に釣られるように私もこちらこそと頭を下げ、事情を聞くとどうやら事件に忙殺された兄こと庵に変わって、遣わされたと説明があった。
「てことは.....レギオと同じ庵の弟?」
「レギオと会っていましたか。ええ。私もあいつと同じで
兄の義理の弟になった身分でして」
その風貌から計り知れない柔和な雰囲気を漂わせる勘十郎に次第に先の戦闘での緊張が氷解していくのがわかる。
「それと兄からの言伝を預かっておりますので」
「言伝?」
「ええ。とりあえず明日兄の家に向かうことと迎えは私が参るというものを伝えるように言われました」
言伝を聞く感じ、あいつはあのバケモノの正体か目的かをある程度把握しているように思う。勘十郎を真っ先に私のところに送ったのがその証拠だ。
「あと、一ついい?」
「なんでしょうか?」
突然の質問に驚いたのか目を丸くしている勘十郎に続け様に私が不思議に思ったことを伝えてみる。
「そういや、今日庵には私が出かけるなんてれんらくしてないけど、どうして私の居場所がわかったの?」
すると勘十郎はな〜んだ!そんなことですかとばかりに
手を振り、微笑を起こしている。
「実は我々は少し変わった能力のようなものが全員にありまして」
「変わった能力?」
「ええ。我々は何かさっきのようなバケモノがどこかで現れると微量ではあるんですが、気配を感じることができるんです。幸い玲香さんはそう遠くはない場所にいたものですから間に合ったというわけです」
そんな能力あったんだ.....レギオが私を助けてくれた時も
おそらくその能力を使ってバケモノの場所を察知したんだろう。
「今日はもう夜も更けてきてますし、はやくかえってお休みになった方がいい。私がとりあえず護衛として家までお送りしますよ」
まだあのバケモノはどこに潜んでいるとも限らない。
その恐怖感はまだ払拭しきれていない今は勘十郎の進言に従うことにしよう。
そこから私たちは数十分して家に辿り着き、勘十郎はと言うとレギオが大浦律と名乗る人間体になったように彼の場合は内藤貞宗と称しているらしく、口に髭を蓄え、堀は深い中年男性の見た目をし、袴の部分はコート状に変化している。
「じゃあ。私はこの辺で。明日またここに迎えにくるので
ゆっくり休んでください」
「うん。わざわざありがとう。勘十郎....じゃなくてそれだと内藤さんか。そっちもしっかり休んで」
確かにそうですな!と重低音の声で笑って見せ、ではと言い終わらないうちに走り去っていった。
私も早く帰って休も.....明日からまた仕事が始まると思うとどよ〜とする淀んだ気持ちが湧き出てくるがそんなジタバタしても明日の朝はやってくる。ゴソゴソとバックの中にある鍵を探し、ガチャっと開かれたドアの中に入ることで私は今日という日をようやく終わりを迎えていた。
ピピピというアラームと共に新しい1日の1ページが捲られ、それは慌ただしいという文字から始まる。
顔を洗い、歯を磨いた後には適当にコンビニで調達していたパンを頬張り、空腹をある程度誤魔化すと、軽い化粧を整え、前にあいつに言われた言葉脳裏をよぎり、念入りに
髪をとき、ボサボサ具合をなんとか隠蔽しようとする
「よしっ」
玄関についている鏡で服装などをチェックし、扉を開け
空から降り注ぐ眩い光が私を出迎えてくれる。
昨日勘十郎と解散したところに行くとすでに勘十郎....ではなくて内藤貞宗の姿がそこにあり、私を見ると待ってましたと言わんばかりに駆け寄ってくる。
「おはようございます。兄も待ちくたびれていることでしょうし、早速いきましょうか」
もはやあいつの家に行く手順も慣れたもので、ここまで歩いてきた勘十郎にはバスに乗った経験があまりないという話から私が手取り足取り教えてあげるほどになっている。
「先程は色々教えていただいてありがとうございます。兄の家には何度も言ってますけど、こういう行き方があったんですね」
「いいの!いいの!昨日助けてもらったんだし」
どこかのチビと違って、弟の方はレギオもそうだが、礼儀を弁え、何故か私も誇りに思えてくる。
「そろそろ着きそうですね」
流石にここまで来ると勘十郎にとっても見慣れた光景のようで、庵の自宅がすぐそばだと言うことを認識している
ピンポーンとインターホンの音が鳴り、その向こうから
開いてるぞと機械越の声がこちらに届く。
「兄!」
「勘十郎!」
室内に入ると勘十郎はそれなりに大きい身体を中腰にし、向かってくる庵と抱き寄せ合い、兄弟間の仲の良さは端的に伝わってくる。
「わざわざご苦労だったな。こいつの迎えにまで行かせて」
「いやいや!兄の頼みですからな」
まあ、座れとソファーに座るよう私たちに庵は促し
目の前に置かれているリビング用のテーブルの上には
紙やファイルなどが乱雑に置かれている。
それを精一杯掻き分けて、取り出した1枚の紙が私に手渡される。そこには見るも無惨なる誰かが斬り殺されたような写真が克明に映し出されていた。




