迫る選択
「僕を迎えに来たんでしょ?安倍庵さん」
彼は振り向きざまに私の名を呼び、ニコッと微笑みを浮かべてくる。
「庵さんのことは夢に出てきたあの男の人から少しだけ聞いてたので」
「そうか。私も名が売れてきたな」
「ははは。あなたが来たことでかなり焦ってましたよ。おそらくそのことは必死に隠してたでしょうけど」
その男はペンダントが放った光によりその姿は跡形もなく消え去っている。あの男は夢の中に現れる実態のない幻影の一つであったのかもしれない。
無論、作り出されていた数々の虚構もこうして崩壊し、まっさらな空虚の世界が広がるのみになってしまっている。
「君は帰る気はあるの?元の世界へ」
私はそう投げかける。彼に本来の世界へ帰る気があるとすればもうとっくにこのようなところから脱出するために必死になって出口なりなんなりを探しているはずだ。
彼はそれをしない。怖いぐらいに冷静さを保っている。
かと言って、あの虚像の世界にしがみついて取り憑かれたような風でもない。もう諦めてしまっていると解釈した方が正しいのかもしれない。
「ねえ。庵さんはどう思う?」
「?.....何がだい?」
「僕は帰った方がいい?それともここに残るべき?頼まれたとか関係なしに庵さんの答えが聞きたいな」
彼はわからないのだろう。自分がどうするべきかが。
内では家族に対してあるべき自分を演じあげ、外でも必要最小限の自分を出すのみで自分の中にあるものがそれらに引き裂かれるようにして乖離を始めてしまった。
それが彼を現す最適な文となろう。彼は迷っているので決してないのだ。ただ、自分がどうするべきかがわからなくなってしまっているだけなのではないか。
自分の理想とする家族像がいざ手に入るとその相違にまた新たなギャップを感じ始めた。無機質に笑い、機械的に自分を肯定してくれる家族の存在に。
「君は......この世界から帰るべきだよ」
私の口から出た彼への答えはそれだった。それがこれからの彼にとって何よりも最善な選択であることだと私は感じていたからである。




