新たな魔物
人はそれぞれ多種多様なように各々が迎える新しい朝も人それぞれである。ある者は新たな仕事を迎え、ある者は頼れる人に協力を得ようとする。
そしてある者は彼らとは全く異なる特筆すべくもない平凡な日常を自らの世界で展開している。
「朝ご飯食べよ....」
椰子の木のように四方八方に飛ぶ黒髪を掻きながら
私は今日もいつも通りのモーニングルーティンを過ごす
「それにしてもこの前までバケモノと戦ってたなんて信じられないな....」
一人過ごすその部屋に独り言が流れる。
彼女は数日前の出来事.....ストーカー未遂事件がモヤモヤと頭に浮かぶ雲の中に情景が回帰されている。
「テレビでも見るか」
テーブルに乱雑に置いてある物入れやペットボトルなどを
かき分け、今にも落ちかけているリモコンを取り、
目の前の画面が明るくなる。
殺風景なスタジオを背景に男性のニュースキャスターが入ってきたニュースを伝えている。
「今日午前6時20分頃、X県Y区の住宅街にある駐車場に惨殺された男性の死体が近隣住民により発見され、警察に通報がありました.....」
「かなり物騒な事件.....」
短文ながら、この事件の惨さは染み染みと伝わり、一刻も早く犯人が捕まることを切に願った。
ピコッ
座っているソファーから通知を知らせる音声が届き、すぐに手に取る。
送り主は凛であり、久々の二人の休日が重なったこともあって、どこかに食べに行かないかと誘いがあった。
私はすぐに行くとだけ返信し、まだ若干心につっかえているストーカー事件の記憶を払拭したい気持ちを優先した。
私たちは駅前の広場で待ち合わせることにし、私はそこに到着すると、まだ凛の姿を確認できず、風雨にさらされた影響か少し錆びれて塗装が剥げている椅子に腰をかけ
待つことにする。
「.......」
スマホを見ながら、1分、また1分と進む時間を目で追いながら、暇な時間をポチポチとスマホをいじりながら潰す
「うわっ!!」
「キャ!!!」
私の肩にズシッと体重が乗り、それと同時に聞き覚えのある声が私の心臓を早まらせる。
「もう〜!びっくりした〜!」
「ごめん!ごめん!待った?」
ごめんと謝りながらもその顔はニヤニヤと罪意識は感じられず、いい歳して....呆れはしたが、今きたとこと報告した
「じゃあ、さっきの詫びとして今日はバンバン奢ってもらおうかな〜」
「え!?」
ごめんてば〜!と私の提案を取り下げようと必死に食い下がる凛に許しませ〜ん!とばかりに私は話を進める
まだこの前会ってから1週間ぐらいしか経っていないのに
凛とのこのあどけないやりとりの楽しさを沸々と感じる
今は凛と過ごすことを楽しもうかな.....。
未だ僅かに心の一室に滞在する事件への記憶を風化させるためにも.......
近くのレストランでランチを済ませた後、周りをぶらぶら歩き回り、ちょうど欲しかったフライパンなどもちゃっかり調達しながら、私たちは解散することにした。
気づけばもう夕日が地平線に沈み込み、ゆらゆらと蜃気楼のだるま夕日を発生させている。
電車に乗り込むと凛に今日の礼や楽しかったということをメールに打ち込むと1時間ほどはかかる帰りの電車で少し
溜まった疲労を解放させるため、俯き加減で休む用意をする。
今頃、あいつどうしてんのかな.......
ふと、あのガキこと庵の顔が思い浮かぶ。こんな時ですら
あいつの顔が頭の中に見えるなんて、私は早くも社畜に染まりかけていることを感知する。
電車が1駅、1駅止まるたび、夕日は彼方に消え、交代するように闇夜が支配し、乗客も一人、また一人と減り、
乗り込む人もほとんどいないに等しい。
車内に反響する音楽とそれに続くアナウンスを聞き、
次で降りなければならないことを気づき、荷物や疲れから
体は米俵を持ち上げるほどに重く感じる。
開かれたドアから降り、私以外にほとんど人はいないこの駅でコツコツと足音だけがその空間を埋めている。
ここから家までは歩いて10〜15分ほどだ。自然な光は完全に消え、人口の光のみが夜道を照らしている。
「.......?........」
トボトボと帰り道を進んでいる中、ふと違和感を感じる
あれ?......なんか影がおかしい......明らかに私を投影した影じゃない。
その影は私を大きく包囲し、心理的な圧迫感を与える
後ろなんか到底振り向けない。持っている大きな紙袋にギュッと力が入る。
微量に動く影から何やら長細いものがまるで手影絵のようにするすると出現する。
何かを理解するのにそう時間はかからなかった。
刀だ.....それもかなり鋭利な日本刀なようなもの。
それがちょうど私の影でいう首あたりに当てられている
檻に入れられた小鳥のようにこの影に支配され、動けない
徐々に徐々にその刀を持った影は高く掲げられる。
それは死刑囚が斬首刑となるのを待つかのような心境
振り下ろされた時が私の最後だ.......
助けて.....庵.....レギオ......
咄嗟に心の奥底でそう叫ぶ。恐怖で体が硬直した今、
二人の助けに縋るしかなかった。
キンッ!!と金属が重なる音が響く。影の方を見ると
確かに刀の影は先程と異なり、振り下ろされたいる格好だ
だけど、私の体には傷一つついていない。
それどころかその巨大な影がどんどんと後退していっているのがわかる。
「.......」
私は後ろを恐る恐る振り返る。しかしそこにいたのは私の想像していたレギオや庵の姿ではない。
後ろ姿から顔は見えないが、鼠色の袴や袴、頭には黒の竹笠のようなものを見に纏い、草履から見える足は抹茶のような緑色でとても人間ではないことは明白で、片手には
180はあるであろう背丈に匹敵する十文字槍を持つ。
その奥には脇腹を抑えながら、月の光で微かに照らされている刀を持つバケモノの姿が見える。
目は青く、開かれた口内からはサメのように尖っている歯を覗かせ、全身はまるで死んでいるかのような白さでその上から赤い着物のようなものを纏い、腕は丸太のように太く、しかもそれが4本も密生している。
私の前に立っている武士のような魔物は深々と被る笠の部分で見えていなかったその顔を少しこちらに傾け、その表情が確認できる。
足と同じ顔は緑色一色に覆われ、鼻は高く、目には鋭さが潜む。レギオとはまた違う歴戦の戦士という言葉がよく似合うような魔物だ。
4本刀のバケモノは抑えていた脇腹の痛みがほぐれたのか
体勢を整え、それに魔物も構えを示す。
月の真下で互いの無言の攻防は漂う空気がピンッと張り詰める音を奏でるような緊張感は円のように周りに波及し
それは肌身で私にも伝わっていた。




