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蘭陵王伝 別記 第七章 黎陽の水脈  ⑦ 皇太后の誕辰

困難を乗り越え、婚儀を挙げた長恭と青蘭だったが、世の中には政略結婚だという噂が飛び交っていた

  ★  皇太后の誕辰  ★


 三月は、婁皇太后の誕辰の月であった。長恭たちの婚礼が終わった三月の下旬、婁皇太后は長嫡子高澄の息子たち文襄六兄弟を招いて誕辰の祝宴を開くこととした。

 高澄を父とする六兄弟は、成人前に父親を失ってしまったため、嫡流として皇子の冊封を受けているものの、皇位からは遠く朝廷での勢力は弱いものであった。婁氏は長恭の婚姻を好機として、兄弟の結束を図ろうとしているのだ。

 

 皇太后府に到着した長恭と青蘭は、かつての長恭の居所であった清輝閣に通された。中に入ると清輝閣は、婚儀前と変わりない設えである。

 誕辰の贈り物は、これでいいだろうか。青蘭は櫃の蓋を開けて雪人参を確認した。実家である鄭家の伝手で手に入れた貴重な生薬である。皇太后は質素を旨としているので、華美な贈り物は意に染まない。五十歳が近い皇太后にとって、雪人参は最も実用的な贈り物なのだ。

「緊張するわ。・・・義兄上方はまだ到着していないみたいね」

 誕辰の宴に招待されている兄弟と長恭との間には、幼きころより様々な因縁があったと聞いている。そんな兄弟に妃たちが加わるのだ。自分が歓迎されるはずもない。

「身内だけの宴だ。緊張することはない」

 青蘭の心配をよそに、長恭は穏やかな笑顔を返した。父親の屋敷にいたときは、さんざんいじめられたが、祖母に引き取られてからは、皇太后の愛孫である自分に諍いを仕掛けてくることはなくなった。

「兄弟の夫人たちは、みんな権門の令嬢よね」

 降将と商人を両親に持つ義妹を快く思わないはずだ。

 長恭は、兄弟の正夫人の出自と人となりを説明した。

「兄弟といても延宗以外とは、それほど親しい付き合いをしているわけではない。・・・長子である河南王孝瑜の妃の盧氏は、盧正山の娘で気の強い女子だ。二兄の広寧王妃の孫氏は、散騎常侍だった孫搴の娘だ。孝珩兄上と同じで絵画や音曲の才があり、口は悪い。三兄の妃の張氏は、張晏之の娘で姉が高陽王高湜の妃になっている。世子夫人という誇りに凝り固まった女子だ。三人の兄の妃たちは、結局のところ全員一癖も二癖もある女人達なのだ」

 長子である河南王高孝瑜以下、広寧王高孝珩、河間王高孝琬、そして弟である安德王高延宗、漁陽王高紹信など長恭以外は、みな王号を賜っている。自分は楽城県開国公の爵位を賜ったばかりだ。しかし、自分が兄弟達に劣っているとは思わない。散騎侍郎として職責を果たしてきた。北周との戦でも武功を立てている自分が、初陣もまだな延宗や紹信に劣っているはずもない。貶めるような発言があったら、決して言われっぱなしにはしない覚悟だ。一家の主として青蘭をそして自分を守って見せる。

 

 後苑に行くと、躑躅の花咲く睡蓮池沿いの露台には、皇太后の席を正面に誕辰の宴の席が設えてあった。中央に官妓たちの舞う場所を設け、その左右には三席づつが置かれていた。

 二人が露台に行くと、すでに来ていた延宗が近づいて来た。 

「兄上、義姉上、やっと主役が現れたな」

 延宗はニヤニヤしながら長恭を眺めている。延宗は、どこにいても延宗だ。青蘭の緊張が少しほぐれた。

「先日の婚儀には、来てくれて嬉しかったよ。また、遊びに来てくれ」

「僕が遊びに行くと、新婚の邪魔になるかと遠慮しているんだ」

 延宗は、おどけて首を左右に振った。

「いつでも大歓迎。好物の菓子を用意しておくわ」

 長恭と青蘭が並んで席に着くと、ほどなく河南王、広寧王の夫婦が現れた。


 長兄の河南王高孝瑜は、父高澄と側妃の宋氏の間に生まれた庶長子である。孝瑜の母の宋氏は、北魏の高官であった宋弁の孫で、もともと潁川王元武之の妃であった。高歓が権力を握ったとき、元武之が梁に逃れたために高澄に嫁して孝瑜を生んだのである。庶出とは言えその出自は決して低くない。

 長兄の河南王の正妃である盧氏は、盧正山の娘で切れ長の目が美しい臈長けた美女である。琴の名手として知られていた。盧氏は、扇子を開くと口元を隠して河南王孝瑜に話しかけた。

「殿下、楽城公の夫人は、諸葛孔明夫人に似ているなどと噂されていたけれど、なかなかの美人だと思いませんか?」

 有名な醜女である諸葛孔明の夫人にたとえて、青蘭を貶めようとしたのである。

「そうだな、なかなかの美人だ」

「楽城公夫人は母親が商賈の出で、大層な嫁荷を持参したとのこと。開国公府の財は、よほどうるおったでしょうね。・・・それに、女子ながら学問をしていたらしいわ」

 この時代、商人の身分は低く、鄴で有数の豪商の鄭家でも決して高貴だとは言えないのだ。女子が顔をさらしてすことさえ憚るこの時代に、学問に勤しむことは、深窓の令嬢にはあるまじきことだった。

 高孝瑜は、値踏みするように青蘭を見た。高孝瑜は容貌魁偉であり、逞しさは並外れていた。しかしその態度は寛容で、文学を愛し文書を読むのに堪能であった。河南王妃盧氏は、不愉快そうに扇であおいだ。

「女子は、『女誡』を修める程度でいいのに、学者に師事するなんて、商才を磨くためかしら」

 儒学が尊重される朝廷にあって、商人は常に蔑まれる存在だった。 


 二兄の広寧王高孝珩は、父高澄と側妃の王氏の間に生まれた次男である。学問を好み経書と史書に通じて文章をよくしていた。鮮卑族の武将というよりは、文人としての方が名高かった。絵画の才能は特に秀でて、役所の壁に描いた蒼い鷹ノ図は、見る者が本物と勘違いするほどであったという。

 広寧王妃の孫氏は、高歓に臣従していた散騎常侍の孫搴の孫である。孫搴は、若くして国子助教になるほどの学者でもあったので、孫の孫氏も詩賦や絵画に精通して高雅な趣味を誇っていた。


 長兄と二兄が席に着くと、河間王が崔妃と連れ立って現れた。

 三兄である河間王高孝琬は、北魏の皇族である馮翊長公主所生の嫡子であり、六兄弟の中でも自分だけは他の庶子とは違うと奢る気持ちを隠そうとはしなかった。幼き頃は先頭に立って四弟の長恭を虐げていた。崔妃は、博陵崔氏の崔液の娘である。六兄弟の中でも自分は嫡男の妻である事を誇りに思い、傲慢な言動が目立つ女子であった。

 河間王は半年ばかり長恭より遅く生まれている。しかし、高澄が元一族との政治的な対立を恐れたため、長恭の出生が公にされず、孝琬は第三皇子とされてきた。荀翠蓉と長恭の親子が高家に引き取られると、本来第三子である長恭は、第四子と公表されたのである。

 この時代、長幼の序、正嫡の別は絶対だった。兄の孝琬と弟の長恭の確執は、荀翠容に対する長公主の嫉妬と相まって荀翠容が亡くなり祖母に引き取られるまで続いたのである。

「あの女子が、高長恭が娶った女子なの?絶世の美女だという噂だったのに、平凡な小娘だわ」

 崔妃は芍薬模様の団扇で、唇をおおった。

「噂なんて当てにならない。・・・聞くところによると、御祖母様の懿旨で婚姻が決まったと言うことだ。四弟は南朝との駆け引きで仕方なく娶らされてのであろう」

「まあ、長恭の気の毒なこと」

 崔妃は眉をひそめると、青蘭の方を見遣った。

 

 最後に六弟の高紹信が到着すると、ほどなく婁皇太后が、秀児に手を取られながら現れた。

 華やかな長裙に外衣をまとっている妃たちに比べて、婁氏の海老茶色の衣装は商賈の老夫人よりも質素だ。六兄弟と夫人たちは一斉に立ち上がって祖母を迎えた。

「御祖母様、誕辰おめでとうございます」

 長子の孝瑜が代表して誕辰を寿ぐ言葉を述べると、婁氏の顔がほころんだ。

 今上帝の実母である婁氏の誕辰は、本来、皇帝主催で大々的に催されるはずであるが、今上帝高洋と婁皇太后氏との対立は根深く、朝廷挙げての誕辰の宴を催す声さえ出ないほどであった。

「我が誕辰の宴に、六兄弟が全員集まってくれて、祖母はうれしい。・・・今日は久しぶりの宴だ。先日、長恭が婚儀を挙げた。これを機会に兄弟で結束して、この国のために尽力して欲しい」

 婁氏に促されて、出席者たちは席に座った。

「そなたたちの顔を見ると、子恵(高澄の字)のことが思い出される。もし、子恵が存命であったら、そなたたちは苦労をしなかったであろうに・・・」

 長子の高澄が横死してから十年になる。当時の事を思い出したのか、婁氏の瞳には涙も光っている。もし、高澄が暗殺されなかったら、六兄弟の内の誰かが皇太子になっていたかもしれないのだ。

「御祖母様の気持ちを心に刻んで、我ら六兄弟結束し、国のために尽力します」

 長兄の孝瑜は、髭を蓄えた唇を強く噛みしめた。 

「皇太后の長寿を祝って献杯をしよう」

 孝琬がそう言うと、六兄弟と四人の夫人たちは笑顔で婁氏の長寿を寿いだ。


 出席者が、杯の酒を飲み干した時、宴席に露台に乱入してきた若い娘がいた。孝琬と同母妹の楽安公主である。制止しようとする衛士を振り払って、楽安公主が叫んだ。

「御祖母様、瑗児を招いてくれないなんて酷いわ」

 祖母お気に入りの楽安公主は、甘えるように婁氏をにらんだ。緋色の長裙に猩々紅の外衣をまとった楽安の衣装は、節約を旨とする宣訓宮では目に痛いほど派手派手しい。

「瑗児よ、そなたを忘れたわけではない。長恭が妻を娶り一家を立てたゆえ、各家の安寧を願って兄弟だけを招いたのだ」

 楽安公主は、すでに崔逹拏と婚儀を挙げている。しかし、高慢な楽安公主と権門の令息である崔逹拏との結婚生活は円満におさまるはずもなく、河間王府に滞在することが多かったのだ。

 内官が公主の席を用意すると、瑗児は不満を漏らしながらも席に着いた。

「御祖母様、誕辰おめでとうございます。末永い長寿を祈念します」

 楽安公主は祖母に一献を献ずると、身体を傾けて長恭の席をのぞいた。

 

 青蘭は楽安公主と目が合いそうになって、あわてて扇を開いた。そうだ、一昨年の重陽節の時宣訓宮で、男装した青蘭を『美童』と罵ったのは、まさしくこの楽安公主だった。男装した姿が、楽安の記憶に残っていると困ったことになる。

「兄弟たちが長恭の婚儀に駆けつけてくれて、祖母は嬉しく思うぞ。ここには夫人たちもいる。長恭、改めて兄弟に、妻の王青蘭を紹介したらどうだ」

 婁氏は、笑顔で勧めた。これを機会に孫嫁たちの親睦を図りたいという善意なのだろう。しかし、それは夫人たちの青蘭への妬みを助長することとなる。堂々としていなければと思いながらも、立ち上がった青蘭は唇を強くかんだ。


「王青蘭は、梁の王琳将軍の息女だ。縁があって御祖母様の懿旨により、婚儀を挙げた。鄴に来て日も浅い。何なりと教えてやってくれ」

 長恭の無難な紹介に、青蘭はほっとため息をついた。

「顔氏学堂で、そなたを見たという者があるのだが、顔之推とは面識があるのか?」

 半年以上通った事実を、否定はできない。

「顔之推殿は、中原一の学者。師と仰いでおります」

 青蘭ができるだけ当たり障りのない返答をすると、楽安公主が声を挙げた。

「あっ、思い出したわ。いつだかの観菊会で、兄上と一緒にいた男子は、お前ね?」

 やっぱり、思い出したか。ここで逃げるわけには行かない。青蘭は深く呼吸をすると、楽安公主の顔を正面から見た。

「いつぞやの観菊会でお目に掛かったのは、楽安公主でしたか」

「女子嫌いの兄上が、女子を娶ると言うから不思議だと思ったのよ。御祖母様、この女は、男の振りをして学堂に潜り込み、兄上を誘惑したのだわ。しおらしい顔をして実は腹黒い女子だったのよ」

 楽安公主は、青蘭を指さしてののしった。憧れの兄の夫人に収まったというだけで、敵愾心をかきたてられるのだ。男の振りをして皇子をたぶらかしたとなれば、皇族を謀る罪だ。

 ここで弱気になってはいけない。

「私は顔氏学堂に正式に入門した学生です。師父の指導により、学問に相応しい服装をしていたまで、決して師兄をだましたわけではない」

 青蘭の抗弁は、楽安の耳には届かなかった。そのとき、長恭が楽安を睨んで立ち上がった。

「楽安公主の言葉は、聞き捨てならん。公主は私が女子に騙されるような男子だと想うのか。王氏は学問に専心し、顔之推にも認められている。漢王朝では曹大家の例もある。それを誘惑だの腹黒いだの勘ぐるのは、見る目が曇っているからではないかな」

 妻に失望すると思った長恭が、妻を擁護するので公主は皇太后に助けを求めた。

「御祖母様、四兄上はこの女にすっかり騙されている。御祖母様の懿旨だって何かの策略を用いて出させたにちがいない」

 南朝から来た青蘭が憧れの長恭を射止めたことに、楽安公主は最初から敵意を持っていたのだ。楽安公主が、青蘭の男装を知っていたことには驚いたが、長恭と青蘭との四柱推命の結果を持ち出すわけにはいかない。

「瑗児よ何をさわいている。青蘭が、顔之推に師事したのは、教養を身につけるためだ。以前手簡の代筆をさせたときには、見事な文を書いていたぞ。私の見間違いか?」

 婁皇太后の厳しい言葉に、公主は唇をかんだ。これ以上祖母の怒りを買うことは、得策では無い。

「御祖母様、御静まりを・・・。瑗児は、慕っている兄が取られたような気持ちになって言葉が過ぎたのだ。屋敷に帰ったら兄として、厳しく妹に言い聞かせまする」

 孝琬は、立ち上がると丁寧に拱手した。やはり、婁氏は長恭を寵愛している。

「他の者ならいざ知らず、兄弟内でこのような、中傷の言葉は情けないことだ。・・・そなたたち兄弟は父親がおらぬ。私とていつまで力になれるか分からぬのだ。兄弟が協力していかねば、どの様にして力を発揮する。孝瑜は長子として、孝琬は嫡子として、兄弟をまとめて力を示して欲しい」 

 婁氏は、目に涙を溜めて蒼い空を見上げた。ああ、なぜ高澄はここにいないのであろう。嫡長子の高澄を失ってしまってから、高氏の天下への道は間違ってしまった気がする。

 婁氏のただならぬ気配に、孝瑜は立ち上がった。

「御祖母様、われわれ六兄弟は、力を合わせ御祖母様の教えを肝に銘じて、父上の志を継ぎ高家のため国のために尽くしまする」

 孝瑜が誓いの言葉を述べると、立ち上がった他の兄弟たちも口々に誓いを口にした。


 楽坊の官妓たちの故舞が披露され、各兄弟たちの誕辰の贈り物が披露された。中でも三兄の白玉の聖観音像が皇太后をとみに喜ばせた。酒が進むと、婁氏も生来の陽気さが出てくる。

「長恭よ、いつかの追儺の時に聞かせてくれた、琴の・・・」

「『春暁吟』ですか?」

「おおそうだ、その『春暁吟』を聞かせてくれ」

「それでは、青蘭と一緒に・・・」

 二台の琴が用意され、長恭と青蘭がその前に座った。かつて、青蘭が宣訓宮に軟禁され、それが許された初めての大晦日に、追儺の宴の時に二人で披露した曲である。もし、長恭の懇願と婁氏の許しがなかったら、二人は婚儀を挙げることもなかったに違いない。

 二台の幽玄な琴の調べは、悲しみを乗り越えて婚儀に至った二人の縁を表すように春の空気を震わせた。


  ★  他人の眼差し  ★


 宣訓宮の南門を出て馬車の中に乗り込むと、青蘭は壁際に身を寄せた。

 きっと嫌みを言われるにちがいないと覚悟はしていたが、容姿や出自、学堂に在学したことをあれほど攻められるとは思わなかった。長恭や皇太后は擁護してくれたが、青蘭の心の傷は血を流したままだ。

「青蘭、大丈夫か?」

 長恭は青蘭の肩に手を置いた。

「師兄、私の味方をして、・・・ますます皆の噂の的になる」

 長恭が青蘭を擁護すればするほど、青蘭への風当たりは強くなるのだ。馬車が建春門を出て戚里に入った。

「君は、なぜそんなに他人の目を気にするのだ」

「なぜって、都の皆が・・・私のような平凡な女子は師兄にふさわしくないと噂している」

 青蘭は力なく壁により掛かった。婚儀が決まって以来、青蘭はどれほどの雑音に悩まされてきたのか。

「すまない、・・・三兄夫妻と楽安とは、幼き頃より確執がつづいてきた。君はそのとばっちりを受けたのだ。君のせいじゃない」

「私が、権門の令嬢で絶世の美女だったら何にもいわれない。身分も容姿も師兄に相応しくないから批判されるのだわ」

 馬車は、戚里をぬけて中陽門街を南に走った。長恭はしおれた花のように下を向く青蘭の髪を優しくなでた。

「それは誤解だ。もし私が朝廷で権力を握ったら、公主だって何も言ってこない。私の力が弱いから、難癖をつけてくるのだ」

 青蘭の意志的な眉目に深い影がさしている。

「相応しくないなどと、他人には言わせない」

 長恭は青蘭の額から鼻筋を指でなぞったみる。吸い寄せられるように、唇をふさいだ。青蘭は薄目を開けて、長恭の秀麗な眉目を盗み見た。師兄は美しすぎる。他の男だったら、噂にもならないのに・・。

「ほら、君はよそ見が激しいから、心が乱れるのだ。他人が何を言っても、私だけを見て私の言葉だけを信じて欲しい。私が君に相応しいように、君も私に相応しいのだ」

 長恭は壁にもたれている青蘭を抱きよせた。


「今日は、いい天気だ。・・・気晴らしに、漳水の河畔に行ってみよう」

 城門を出ると、馬車は草原を南に走った。喬木が茂る林で、長恭は馬車をとめた。

 初夏の爽やかな風が吹き渡り、若葉をさらさらと鳴らした。

「いい場所があるんだ」

 灌木の林を抜けると、草が刈られた広場に出る。ここは以前長恭と一緒に剣術の稽古に汗を流した場所だ。目の前には河原が広がり、漳水には清冽な流水が流れている。

 長恭は縹色の外衣を草地にしくと、腰を下ろした。

「座って、目を閉じてみろ、河の音を聞くんだ」

 長恭の横に座ると、青蘭は目をつぶった。耳を澄ます。サラサラというせせらぎの音の中に鳥の鳴き声が聞こえる。初夏の風は、まだ若い新緑の葉をサワサワとひるがえす。遠くでは、山鳩の鳴き声が低く響く。

 横になったている長恭に袖を引かれて青蘭が横様に倒れると、すかさず長恭が青嵐を抱き取った。

「横になって、地面の音も聞くんだ」 

 こんな蒼空の下で・・・。

「誰かに見られたら・・・」 

「我々は、れっきとした夫婦だ。何も疚しいことはない」

 長恭は、真面目な顔でそう言うと、青蘭の頭の下に腕を差し入れた。

「目を閉じて、耳を澄ましてみて・・・河のせせらぎや鳥の声、風のそよぎが聞こえる。人は自然の中で生かされている」 

 人間は大自然の中で生かされている。人の噂など、些細なことなのだ。

 長恭は青蘭の身体を抱き寄せた。こんなか細い肩で、世の非難を一身に受けてきたのか。長恭は、腕に力を込めると耳元でささやいた。

「君は、私が守る。他の誰にもきずつけさせない」


王青蘭は、高長恭の妻として相応しくないという中傷に、反論した長恭の言葉で、青蘭は長恭の愛情を確認することができた。

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