最終兵器の行方
ある時、地球全土を巻き込む大戦争が勃発した。
傍観することなど許されない。世界の国々は二つの勢力に分かれて争い、そして次々と滅んでいった。その最中に吸い尽くされていく資源。地球は荒れ果て、それでもまだ終わりは見えない。どちらかが負けを認めるか、または手を取り合うまでは。
「……この戦争を終わらせる。いいな!」
「はい!」「はい!」「はい!」
ある日、おれたち特殊部隊隊員十数名は上官に呼び出された。
ついにこの日が来たとおれは思った。目隠しをして連れて来られたこの軍事秘密基地に、最終兵器が眠っているに違いない。その存在はにわかに噂になっていたのだ。おれたちはそのパイロット。さすがに高揚を抑えきれない。それは上官も同じようだ。鼻から息を吐き、上官は声を張り上げた。
「君たちは厳しい訓練を乗り越えたエリート部隊だ!」
「はい!」「はい!」「はい!」
「あらゆる状況下でも敵を抹殺する、血も涙もない殺人マシーンだ!」
「はい!」「はい!」「はい!」
「命令に忠実で国のためにその命を捧げることは抵抗は一切ない!」
「はい!」「はい!」「はい!」
「この場所は極秘も極秘。足を踏み入れることができたことを名誉だと思え!」
「はい! 光栄であります!」「はい! 光栄であります!」「はい! 光栄であります!」
「では、これより各々、最終兵器に搭乗してもらう!」
「はい! ありがとうございます!」「はい! ありがとうございます!」「はい! ありがとうございます!」
「よし! では急げ! 世界情勢は刻々と変化している!」
「はい!」「はい!」「はい!」
「扉が開くぞ! さあ見えるだろう! ここにあるのが我が国が総力を挙げて作り上げた最終兵器だ!」
「はい! 素晴らしいです!」「はい! 素晴らしいです!」「はい! 素晴ら、え」
「どうだ。美しいだろう」
「はい!」「はい!」「え、いや、え?」
「なんだ? そこの君、何か言いたいことがあるのか?」
そう言われ、おれはきゅっと縮こまった。周りの視線が痛い。紛れもなくエリート部隊の一員であるが、何を隠そう、おれはこの中で一番出来が悪いのだ。
上官の命令は絶対。返事は肯定のみ。それが鉄則だ。だが、上官の合図に轟音を響かせて開いた扉の向こうにあった物を目の当たりにした時、おれは言わずにはいられなかった。
「いや、あの、え? これってミサイルですよね?」
「そうだ。これらが敵国の首都に落ちたら最後。この戦争は終結を迎えるだろう。その威力は従来の核爆弾の3000倍と言われている」
「終わり……それって、自分たちもですよね?」
「自分たちも……? 何だ? まさか軍人が死を恐れるとでも言うのか?」
「いや、でもその、巨大ロボットか何かだと思ってたんですよ」
「は?」
「いや、最終兵器に乗れと言われたからてっきり……あの、それで死ぬことは覚悟の上ですが、でもミサイルって、我々が乗る意味があるんですか? 今はどれもコンピューター制御ですよね?」
「ある。これは特別頑丈に作られているので、相手の迎撃ミサイル数発程度なら耐えられる。ただ、その衝撃で軌道が変わる恐れがある。敵軍の電波妨害装置のせいで、こちらから制御することは無理だ。だから君らが操縦桿で内部から操作し、正しい位置で着弾するよう導いてほしいわけだ」
「ああ、理由があるんですね。でも、それにしても我々を使わなくても――」
と、おれが言った瞬間、隣に立っていた奴に肩をぶつけられ、睨まれた。『我々』などと一括りにするなという意味だろう。しかし、やはり我々でなくてもいいのではないだろうか。我々はたとえ十人の敵兵士を一人で相手しても殲滅することは容易なのだ。敵国に潜入さえしてしまえば、警備をかいくぐり、大統領の寝首を掻く自身もある。他にもテロや民衆を扇動し、内部から混乱に陥れるなど――
「他にも理由はある。人身供物だ。神に捧げ、作戦の成功率を上げるのだ」
「いや、やっぱり前時代的じゃないですか!」
おれはまた殴られた。
「口を挟むな。拒否しても、この場所を目にした以上死んでもらうことになる。それで彼以外に拒否する者は? 任務に賛成の者は一歩前に出ろ」
全員、同時に一歩前に出た。おれも遅れて前に出る。そうだ。やる気がないわけではない。ただちょっと思っていたものと違い、取り乱しただけだ。おれは死など恐れないし、任務自体は光栄に思っているのだ。
上官は頷き、敬礼した。そして、全員がミサイルに搭乗した。
ミサイルの中は窓がない上に狭かった。そして、なぜか常に腰を浮かせ尻を突き上げる体勢でいなければならず、快適とは言い難いが、快適に作ってもしょうがないとおれは思い直した。緊張をほぐそうと、ふーっと息を吐いた瞬間、内部スピーカーから上官の声が聴こえた。
『吐かないように注意せよ』
「打ち上げ時にかかるGですよね? 大丈夫です。我々は鍛えていますから」
『いや、このミサイルは高速回転しながら飛ぶからだ』
「なぜ!?」
『そういうものだからだ。また、吐いても故障するわけではないが、見てわかる通り操縦桿が木製で、これはご神木を切って作られている。くれぐれも失礼がないように、汚さず優しく握るように』
「また前時代的な面が……いや、ご神木を切ること自体が、罰当た――」
『ではカウントを始める。五、四、三、二、一……発射!』
凄まじい振動で胃が肛門から捻り出されそうだった。だが無事、軍事秘密基地、その開かれた発射口から我々を乗せたミサイルは大空に向けて放たれた。狙いは敵国の首都。……だったのだが。
『どうだね。気分は』
「さいあく! です!」
『そうか。それはそうと違和感を覚えてはいないかね?』
「いわ! かん!?」
『やはり鈍いな。そういう訓練を受けてきたからでもあるが』
「まわって! いるからですよ!」
『そうか。それで今、君たちは敵国ではなく上へ、つまり宇宙に向かっている』
「はああ!?」
『実は相手側から和平の申し出があり、上層部はそれを受け入れた』
「ならあ! なぜ!」
『最終兵器の破棄が条件だ。むろん、相手も破棄している。平和な時代には必要ないということだ。馬鹿げた威力のミサイルも殺人部隊も。文句はあるまい。国のために殉ずるんだ。まあ、君はなぜか感情を残したままのようだが』
「あああああああああ!」
『長年の争いで疲弊しきっていたが、これから戦争も差別もない世界を作る。戦争に関連する言葉を口にすることを禁じ、学校でも教えない。その存在を消し去るのだ。よって、君らの存在も誰にも知られることはないが、それも平和のためだ。それじゃ、通信終わり』
こうして我々、最終兵器は地球を飛び出した。
ミサイルはやがて推進力を失い、宇宙空間で停止、地球の周りを漂い続けた。おれは魂と呼ぶべきものか、死後に残留思念となり、また同じ境遇であるミサイルと同化して、地球を見下ろし、待ち続けた。
いつか、戦争を知らない世代が宇宙に飛び立ち、接触するその日まで。あるいは隕石が降ってきて、押してくれることを。この身をもって戦争の痛みを教えてやるのだ……。