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一週間程の時間を掛け、私達が地下街、或いは商業施設の地下から追い出したグールの群れの数は合計で十四。
総数は三千を超えるだろう。
ただそれはあくまで私達が動かしたグールの数で、同類の大きな動きを察した他のグールも集まってくるだろうから、最終的にはどれ程の数が動くかはわからない。
多くのグールとマシンナーズが潰し合えば、人間性の結晶も発生し易くなる筈だ。
いや、今でも、エイリアンとマシンナーズが、或いはエイリアンとウッドが日々殺し合ってるから、どこかで人間性の結晶が誕生している可能性はあった。
探しに行きたいなぁって思うけれど、今はそれが許される状況じゃない。
私達以外にも、幾つもの冒険者のチームが、基地からの依頼で動いているだろう。
まぁ、流石に私達くらいに、敵対種族の勢力圏、ブラックエリアの深くへ行く羽目になった冒険者はいないと思うが……。
『後、2kmくらい移動すれば、エイリアンとマシンナーズが戦う、前線を確認できる筈です』
帰還ルートは、一先ず北東へ。
私達の工作が前線にどの程度の影響を及ぼしたのかを確認してから、効果が十分だったと判断すれば、コミュニティに帰還する。
もしも、それでも時間稼ぎに足りぬとなれば、もう少しばかり何らかの働きをしなきゃならない。
ただ……、どうやらその心配はなさそうだ。
遠くから銃声、機械兵の戦闘音が聞こえてきたのが、想定よりも随分と早い。
これはつまり、エイリアン側が前線を押し返している証拠だった。
いいやもしかすると、やり過ぎてしまった可能性すらあるか?
状況が膠着ではなく、エイリアンが前線を押し返しているとなると、マシンナーズが巣の攻略を諦めて戦闘を打ち切るかもしれない。
その場合でも、マシンナーズの勢力が拡張する事態は防げる上、マシンナーズ、エイリアン、ウッドの全ての勢力が傷付いて、サイキックのみが疲弊していないという最良の結果になるのだから、コミュニティとしての問題は特にないが、アキラ司令の思惑は外れる事になるだろう。
流石に、それで私達が責められるような事はないと思うけれども。
マシンナーズがどこまで巣の攻略に力を入れているか、どの時点で損切りをすると決めるのかは、ただの冒険者に過ぎない私に予測できる筈もないから。
『……前に見た時と、マシンナーズの戦い方が随分と変わってますね』
やがて、エイリアンとマシンナーズが戦う前線が、キサラギのESP能力の探知範囲に入り、その様子を把握した彼女は、そんな言葉を私に漏らす。
確かに、以前に見た時と、マシンナーズの戦い方は一変してる。
あの時は後方からの砲撃が降って来てる事もあったから、そもそも状況は違うのだが、機械兵は弾を惜しまず撒き散らしながら前進していた。
それはとても強引で、後方からの攻撃に、自分達が巻き込まれる事も厭わなかったくらいだ。
しかし今は、機械兵達は前に出ようとする様子がまるでなく、防御用の陣地を構築してそこに籠り、時間稼ぎに徹してる。
あぁ、前線が後退してたのは、この防御用の陣地を構築した場所までマシンナーズが下がったからか。
『戦いを諦めた訳じゃなさそうだが、時間を稼いで援軍待ちか』
前線に出てきたエイリアンが中型ばかりの為、マシンナーズの防御陣地は今のところは陥落する様子はない。
だが仮に大型が投入されれば、あの程度の防御陣地は破壊されてしまうだろう。
……でもそうしてないって事は、もうエイリアン側にも大型を前線に送るだけの余裕がないのかもしれなかった。
巣の付近には、護衛の為の大型が一体か、二体くらいはいるだろうが、ウッドとマシンナーズ、二つの勢力と戦っているエイリアンが、疲弊していない筈がないのだ。
幾らエイリアンが卵から孵って成体になるまでが早いとはいえ、戦力の補充が間に合うだけの時間はなかったから。
つまり、私達の仕事はもう十分だった。
どの勢力も、今は時間を欲してる。
マシンナーズは、勢力圏のグールを排除して、前線に援軍を届けられる時間を。
エイリアンは、減った個体数を増やす時間を。
サイキックは、この状況でどのように動くのかを決める時間を。
それぞれ欲してる。
エイリアンとマシンナーズの膠着状態は、このまま暫く続く。
やがては、マシンナーズが勢力圏内のグールを片付けて、援軍を前線に届けるだろうから、エイリアンの巣はやがて攻略されるだろう。
しかし流石にそれまでには、コミュニティがどう動くかの結論も出ている筈。
不測の事態があるとしたら、それこそ湧いて出た人間性の結晶をエイリアンが手に入れ、大型に進化するくらいか。
先程も言ったけれど、大型のエイリアンならあの防御陣地は破壊できる。
この戦いで死んだエイリアンやウッドの数を考えれば……、あぁ、そう言えば私も一人ばかりマシンナーズを吹き飛ばしたから、流出したであろう人間性の一部が結晶になって表れ、大型エイリアンの進化に足りる確率は、決して低くない。
だから状況がどう転ぶかは、まだまだわからないところはあるけれど、私達の依頼は達成されたと判断しよう。
「……キサラギ?」
私は基地への報告を頼もうとして振り返り、キサラギの様子がおかしい事に気付いた。
誰かと連絡を取り合ってる様子だけれど、顔色がみるみる悪くなっていく。
コミュニティの中ならともかく、遠く離れたこの場所で、テレパシーのやり取りをできる相手なんて、そんなに数は多くない。
私か、基地の支援担当者である、キホくらいのものだろう。
つまり彼女の顔色の悪さは、基地で、コミュニティで何か異変が起きた証左だ。
『サイリさん、基地から緊急の帰還要請です。コミュニティの西の海上に、超大型の機械兵が現れました。回収者を派遣するので、一刻も早く安全な場所に移動して欲しいとの事です』
あぁ、くそう。
私はキサラギからのテレパシーに、思わず舌打ちをしそうになる。
それは私達が、サイキックが一番弱い、とても大きな不測の事態だった。




