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サイキックはコミュニティを築き、エイリアンは巣を作る。
マシンナーズは機械を集めて要塞を構築し、ウッドは山や森を拠点として、その周辺を自分達の勢力圏としていた。
しかし五つの種族の中で、グールだけは勢力圏らしい勢力圏がない。
或いはここが自分の縄張りだとか、そういった意識がないのかもしれないと思うくらいに。
グールはどこにでも湧くし、どこでも繁殖地にして卵を植え付ける。
一応、集まって行動する習性はあるけれど、平気で共食いを、それも頻繁に行う。
地下に住み着いたグールは、そうした共食いで食を得て、数を増やしているそうだ。
さて、グールには勢力圏と呼べるものがないけれど、それは連中がか弱い存在である事は意味しなかった。
確かに通常のグールは、エイリアンや機械兵と比べると、どうしても見劣りのする力しかない。
しぶとく力はあるけれど、敵と見定めた相手に突撃しては、引き裂いたり噛み付いたりするしか攻撃手段も持たないし。
行動が単純な敵は、対処も簡単である。
例えば私なら、空中に浮いてパイロキネシスで火を放つだけで、一方的に焼き尽くしてしまえるといった風に。
だがそれは、あくまで通常のグールの場合だ。
グールの恐ろしさは、とにかく数が多い事だった。
数が多ければ、進化、変異する数もまた多くなる。
そしてグールは、その数の比率でも進化、変異してる個体が多い種族だ。
いや、これは別にグールが特に進化、変異し易いって訳じゃなくて、地下街とかで共食いをしてるせいで、弱い通常の個体は数を減らし、強く進化、変異した個体が生き残ってるせいだとは思う。
「大当たりか」
キサラギの目を借りて、遠くからその光景を見ていた私は、思わずそう呟く。
倒壊した廃墟の地下から出てきたグールの数は二百を超える。
しかもその中に、明らかに進化、変異をしてるであろう個体が四体も混じってた。
まず3mを超える大柄な体躯のグールが2体いて、他の通常のグールを率いるかのように先頭を歩く。
これは恐らく通常のグールがそのまま進化した個体だろう。
次に球形の大きな肉の塊。
よく見ると、肉の塊の表面には足やら腕やらが無数にあって、それがワサワサと動いて移動をしているらしい。
また足やら腕以外にも、顔も沢山張り付いていて、その口から垂れ流す緑色の液体が、地に垂れてはじゅうじゅうと煙を上げてる。
これは間違いなく変異した個体だ。
最後の一体も変異した個体で、体長は6メートル程だろうか。
腕は四対、足は一対、合計で十本の四肢が生えてる。
いや、十本だから四肢っていうのは可笑しいんだが、他に表現がわからない。
身長ではなく体長と称したのは、その個体が二足歩行をしていないから。
そいつは十本の手足を地について、地面を這うように歩いてる。
あぁ、実に気味が悪い。
何が気持ち悪いって、グールの変異体は、どんなに変異をしてもその一部一部を見ると人のパーツであるとわかる事が、余計に気持ち悪さを助長するのだ。
最後の変異体の十本の手足の、八本は腕で足が二本とわかったのだって、その形があからさまに人の腕の物が多かった為だった。
見るも不快な集団だったが、……それでも間違いなくこの群れは当たりである。
何故なら、あれだけ育った変異した個体を含む群れは、エイリアンで言うところの大型にも匹敵する脅威だから。
一対一なら、そりゃあ大型のエイリアンの方がずっと手強いだろうが、群れ全体でとなると、ぶつかり合えば勝負はどちらに転ぶかわからない。
つまり私が、否、私とキサラギが協力しても、あの群れに手出しをすれば結末は無残な死だろう。
だがその脅威の矛先が私達でなくマシンナーズへと向けば、これは実に頼もしい存在だ。
奴らは大いに時間を稼ぎ、マシンナーズの勢力を削ってくれるに違いない。
『ちょっと、気が滅入りますね』
幾つものグールの群れを地下から追い出していると、ふとそんな愚痴をキサラギが溢す。
私はその事に少し安堵して……、でも同意する訳にはいかないから、苦笑いを浮かべた。
そりゃあそうだろう。
今、私達がやってるのは真っ当な戦いですらない、後ろ暗い破壊工作だ。
少しでもまともな感性をしていたら、厭う気持ちはあって当然である。
そして相手がキサラギにとって恨みのあるマシンナーズであっても、そういった気持ちが湧くのなら、彼女の感性は随分とまともで、激しい感情も収まりつつあるらしい。
だから私は安堵した。
私は冒険者として、それも一人で活動する事が長かったから、あらゆる手段を使うのが当たり前で、そういった感性は既に擦り切れてしまっているし。
『後もう少し、数ヵ所のグールを地上に追い出せば、それで切り上げて引き上げよう。そろそろ潮時だ』
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
昔の人間が使っていた諺だ。
何事も程々にするのが肝心って意味の言葉である。
もう暫くすると、マシンナーズもグールが一斉に暴れ出した事を不審に思って、監視の目を増やすかもしれない。
そうなると幾らキサラギの目があっても、逃げ隠れし続けるのが難しくなるだろう。
特にあの、空中を浮く監視の目、人間の遺した本に記された、ドローンという名のそれに似た小型の機械兵は、非常に厄介だ。
あんなものがいるなんて、マシンナーズの勢力圏に踏み込むまでまるで知らなかったが、アレが大量に出て来たら、私達でもその目から逃れ切れない可能性はあった。
もちろん小型の機械兵くらいは簡単に破壊できるけれども、それをしてしまうとそこに異常があると大声で報せるにも等しい。
その存在が知れた事も、今回の収穫の一つである。
『はい、急ぎましょう。後、もう少しですね』
キサラギのテレパシーに私は頷き、別のグールが潜む地下のある場所を目指して、移動を開始した。




