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「さて、どうしようかな?」
出発の準備を整え、コミュニティを出た私とキサラギは、何時ものようにサイコキネシスを用いた移動をせず、徒歩で少し歩き、手頃な廃墟の中に入った。
まだ、グリーンエリアからすら出てはいない。
私の問いに、キサラギは頷いて、荷物の中から地図を取り出す。
それは人間が遺した地図を複製した物に、点線でX軸とY軸の座標が記された物だ。
冒険者なら誰もが持っていて、けれども自分なりに色々と情報を書き込むので、同じ物は一つとしてないだろう。
「今わかってる範囲だと、エイリアンとマシンナーズが争う前線は、ここからこの範囲です」
地図の表面を、キサラギの指が撫でる。
彼女の指が示すのは、エイリアンの巣だと予測される飛行場から南西の位置。
前に偵察に出た時の前線よりも、少しだけ北。
膠着してると聞いたが、確かに前線の位置は大きく変化していない。
だがそれでも、やはりエイリアン側が不利なのだろう。
何かがあれば一気に状況が進む事だって、十分に考えられる。
依頼は引き受けた。
しかしどのようにそれを果たすかは、もう完全に任されてしまったので、闇雲に動く前にある程度の方針は必要だ。
そうじゃなければ、行く場所すら定まらない。
基地ではなく、わざわざ一度コミュニティを出て、こんな廃墟で相談してるのは、コミュニティの中と外では、空気が全く違うから。
これは冒険者をやらないと、……あぁ、軍に属してもわかるかもしれないが、コミュニティから一歩出ればそこは全く別の世界だ。
ほぼ安全なグリーンエリアであっても、コミュニティから一歩出れば、気持ちは自然と引き締まる。
私達の命が掛かった行動の方針は、安全で気の緩むコミュニティではなく、外で立てるべきだと、私とキサラギの考えは一致していた。
「前線は一度見てはおかなきゃならないと思う。けれどもマシンナーズの動きを鈍らせるなら、狙うのは前線じゃなくてその後ろが良い」
マシンナーズの強みは、サイキックと同じで知性がある事だ。
尤も、時にそれは弱みにもなり得る。
理由が不明な不都合が起きた時、例えばエイリアンなら、それを無視して目の前の敵を襲うだろう。
けれどもマシンナーズには考える知性があるから、その不都合が無視できない。
仮に後方から前線へと向かう増援が襲われ全滅したとして、エイリアンだったら前線への影響は僅かである。
もちろん増援がなくたった分の、戦力の足りなさによる影響は出るにしても、心理的な影響がある訳じゃないから。
だがマシンナーズの場合は後ろを警戒して前線で思うように戦えなくなる可能性があった。
AI、人工知能で動く機械兵はともかく、その指揮官であるマシンナーズには、その弱点がある筈だ。
ちなみにその弱点は、同じく知性のあるサイキックも同様で、寧ろ私達の方がそういった心理的な影響には弱いだろう。
何故ならサイキックが扱う超能力は精神、心で制御をしてるから。
訓練施設ではどんな状況でも同じように自分の力を扱えるようにって、制御の訓練を積まされるんだが、それでも動揺は超能力を不安定にする。
だからこそ、サイキックには敵よりも優れた目、状況を詳らかにして不測の事態を避ける、情報収集能力が必要不可欠なのだと、私は思っていた。
情報収集により敵の動きを察知、分析、予測できれば、不測の事態に陥る事はあり得ない。
先手を取って一方的に、こちらの有利な状況を相手に押し付けられる。
「サイキックの関与が疑われませんか?」
そのキサラギの問いは尤もだった。
エイリアンが前線よりも南に浸透して増援を襲う事は、皆無じゃないにしても難しかった。
すると疑いの目は他に向くが、ウッドがわざわざ勢力圏を出てマシンナーズを襲う可能性は、エイリアンの浸透よりも更に低い。
そうなると消去法でサイキックかグールだ。
グールはどこにでもいるから不意の遭遇戦は十分にあり得るが、より怪しまれるのはサイキックである。
「普通にやると間違いなく疑われるな」
アキラ司令はその心算だとはいえ、コミュニティの方針が定まった訳じゃないから、今回も前回と同じく、私達のやる事がマシンナーズにバレるのは拙い。
しかし決定的な証拠を掴ませなければ、関与を疑わせるのは、今回は寧ろありだと思う。
マシンナーズも可能であればエイリアンとサイキック、二つの種族を同時に相手にしたくはないだろうから、疑いだけで戦端を開こうとはしない筈。
それでもマシンナーズはサイキックの動きを警戒するようになるだろうから、エイリアンを攻める勢いは弱まるだろう。
時間を稼ぐという目的を達成する為には、割と有効な手段だった。
アキラ司令がマシンナーズに対する奇襲を計画してる場合は、連中の警戒心を煽る真似はなるべく控えた方が良いんだけれど……。
まぁ、マシンナーズにサイキックの関与を疑われない、普通じゃないやり方もあるにはあるが、それができるかどうかは、現場を詳しく見なきゃわからない。
無理そうだったら、基地に許可を取って疑われる事を前提で動くしかないか。
「取り敢えず、マシンナーズがどのルートで前線に増援を送ってるか、それを調べるところから始めようか」
私がキサラギの地図上の、これから向かおうと考えた地点を指差せば、彼女もそれに異論はないらしく、頷いた。